#青天ナビ#御用金 とは、財政難に陥った幕府や藩が資金を補うため、町民や農民に臨時で納めさせた金銀です。本来は利子付きで返済されるべき借上金ですが、実際は返済されないことがほとんどでした。 #青天を衝け #第2回 #栄一踊る
#青天ナビ】 土方のセリフにあった「神妙に縛(ばく)につけ」とは、“おとなしく捕まれ”という意味です。 #青天を衝け
#青天ナビ】 千代亡き後、母代わりとなった姉・歌子の強い責任感がプレッシャーとなったのか、遊び癖が抜けなかった篤二。世話役の穂積夫妻に見とがめられ、誘惑の多い都会から遠ざける意味もあり、熊本の第五高等中学校に入学することになりました。 #青天を衝け
#青天ナビ#橋公御行状記略(きょうこうごぎょうじょうきりゃく)とは、#慶喜 がいかに優れ、将軍にふさわしい人であるかが書かれている、いわば推薦書。#平岡円四郎 が書いた内容を #橋本左内 が編集したものです。 #青天を衝け
#青天ナビ#東京日日新聞 は東京初の日刊紙。#郵便報知新聞 は、前島密の立案で創刊した新聞。福地源一郎も栗本鋤雲も、記者のトップである主筆をそれぞれ務め、やがて福地は社長に、栗本は編集主任へ出世します。2社はしばしば熱い論戦を展開しました。 #青天を衝け
#青天ナビ#アレクサンダー・シーボルト は長崎で鳴滝塾を開いたものの、国外追放となった医師・シーボルトの長男。幕末には在日英国公使の通訳を務めました。その後、明治に変わっても日本に居住し続け、新政府のお雇い外国人となりました。 #青天を衝け
#青天ナビ】 喜作は、栄一の勧めで大蔵省に出仕し、郷里の経験を買われて蚕糸の担当になります。政府の方針により、ヨーロッパの優れた製糸技術を学ぶためにイタリア、スイス、フランスに派遣され、視察を行いました。 #青天を衝け
#青天ナビ#順動丸(じゅんどうまる) は、幕府がイギリスから15万ドルで購入した蒸気輸送船。元の名はジンギー号で、この名前に似せて、松平春嶽が順動丸と名付けたのだとか。勝麟太郎(勝海舟)が愛用し、徳川家茂や坂本龍馬もこの船に乗りました。 #青天を衝け
#青天ナビ】 パリ編で、たくさんの反響をいただいたVFX技術。大河ドラマでは、数多くのシーンで活用されています。 これまでの放送をVFX技術とともに振り返っていきます! まずは、第1回~第3回。 お蚕ダンスからスタートします! movie-a.nhk.or.jp/sns/aBQ/qm498x… #青天を衝け #VFXbreakdown
#青天ナビ#栗本鋤雲 は、借款問題や幕府の権威回復のため、急きょフランスに渡ります。栗本は箱館奉行所に勤務していたころにカションと親交があり、フランス語や西洋事情を学んだ根っからの親仏派であるため、幕府とフランスの間を取り持つことを期待されました。 #青天を衝け
#青天ナビ】 大隈重信は、議会開設を求めるなど急進的な主張を行い、自由民権運動に頭を悩ませる岩倉や伊藤らと関係が悪化。伊藤の説得にも耳を貸さず、政府を追放されます。一方で政府は、国民の批判を避けるため、10年後の国会開設を約束。この政治方針転換が明治十四年の政変です。 #青天を衝け
#青天ナビ】 前島来輔(密) は、現在の静岡県磐田市にあった #遠州中泉奉行所 の初代奉行を務めていました。奉行として地域の行政に当たったほか、旧幕臣をはじめ困窮する人々のために「中泉救院」を設置して救済に尽力しました。 #青天を衝け
#青天ナビ#新納刑部 は薩摩藩の家老で、薩摩藩遣英使節団の団長として #五代友厚 と共にイギリスへ留学。欧州を歴訪し、ブリュッセルでモンブラン伯爵と商社の設立契約を結び、パリ万博への薩摩藩の参加についての協議なども行い、帰国しました。 #青天を衝け
#青天ナビ】 敬三は、東京帝国大学(現在の東京大学)を卒業し、横浜正金銀行に就職。翌年にロンドン支店勤務となり、3年間イギリスに在住します。銀行で働くかたわら、学問への道を忘れられず、現地の博物館や美術館巡りも積極的に行ったそうです。 #青天を衝け
#青天ナビ】 古希を迎えた栄一。各事業が軌道にのり、後継者も育っていることから、自らがいつまでも責任ある地位にしがみつくべきではないと考え、実業界のほとんどの職を辞任します。 #青天を衝け
#青天ナビ】 伊藤博文、井上馨の仲介で、大久保利通と木戸孝允や板垣退助の極秘会議が大阪でもたれました。目的は木戸、板垣の政府復帰。それに向け、大久保は大阪の五代邸に約2か月間滞在します。2人は時を忘れて囲碁を打ち、作戦会議をするなど、特別な時間を過ごしました。 #青天を衝け
#青天ナビ#改正掛(かいせいがかり)とは、民部省に設置された特別な部署。各部署の垣根を超えて優秀な人材を集め、自由に企画立案し、行政の制度改革を行いました。現在でいうシンクタンクのような組織だといえます。 #青天を衝け
#青天ナビ#武蔵国 は、現在の埼玉県あたりのことをいいます。 #青天を衝け #第1回 #栄一目覚める
#青天ナビ#養育院 は東京の貧しい人や病気の人、両親を失った子どもなどを保護する施設。福祉事業の原点ともいえる施設です。寛政の改革で老中 松平定信が江戸の貧民救済資金として貯えた七分積金を生かすべく、東京府知事 大久保一翁が立案。運営の舵取り役に栄一が選ばれました。 #青天を衝け
#青天ナビ#ポール・ブリュナ は、フランスの製糸技術者です。生糸検査技師として来日し、富岡製糸場の建設や、工場に導入する機械設備の管理を指揮しました。自国フランスから技師や工女も連れてきて、日本の殖産業の発展に貢献しました。 #青天を衝け
#青天ナビ】 岩崎弥太郎から宴席の招待を受けた栄一。弥太郎は、未来の実業はどうあるべきか?と切り出します。合本か、一人の才覚者による経営か、2人の激論が交わされました。共に手を組み日本の実業界を変えようと考えていた弥太郎は、栄一の思わぬ反論にあい、交渉は決裂します。 #青天を衝け
#青天ナビ】 1874年、政府の強引な中央集権化に反対した佐賀士族らが起こした #佐賀の乱。征韓論で大久保や岩倉に敗れ下野した江藤新平は、不平士族説得のため帰郷しますが、逆にリーダーに祭り上げられます。しかし大久保が全権を握る政府軍が鎮圧。江藤は捕まり、斬首となりました。 #青天を衝け
こんばんは、#青天ナビ です。 新政府で、本格的に仕事を始めた栄一。 栄一は、新たな国づくりのため、特命チーム“改正掛(かいせいがかり)”を立ち上げます。 そして、惇忠との再会も…。 このあと夜8時から、ぜひご覧ください。 #青天を衝け
#青天ナビ#蚕卵紙(さんらんし)とは、蚕が卵を産み付けた紙のこと。幕末から明治にかけて、日本の主要な輸出品でした。蚕卵紙の生産は長野、埼玉、群馬など北関東に多く、その生産、販売に関する者は富のある農家でした。 #青天を衝け
#青天ナビ】 英・仏・蘭・米の四国連合艦隊と長州藩の戦いは、下関戦争とも呼ばれています。連合軍は、3日間で砲台を破壊して占拠し、長州藩は敗れました。これにより、長州藩は攘夷を諦め、開国、倒幕へと政策を転換していきます。 #青天を衝け