以前、東京新聞の夕刊に「広河隆一の名を欠いた報道写真史はどうだろう」等と書かれたコラムが掲載され、驚いた。広河氏による性暴力やハラスメントで夢を断たれた人たちが、作ることができたかもしれない「報道写真史」には思いが至らないのか、と。
元スタッフやボランティアなどから数々の性暴力やハラスメントの告発を受け、検証委員会の報告が出されてなお、「何をもって性暴力というのか」と開き直る氏が伝える「私のウクライナ」とは。無反省なまま、展示のために学生含むボランティアスタッフをまた募集していたのか。 okinawatimes.co.jp/articles/-/982…
日本の難民認定の問題は、0.7%という非常に低い認定率だけではありません。審査期間(待機期間)は平均4年4カ月、裁判になれば10年以上の月日がかかることも。命の危険から逃れてきた人たちがどんな壁に突き当たってしまうのか、石川えりさんの解説です▶youtube.com/watch?v=XUPWUW… #d4p
「ここはロマの場所ではない」「物を盗むなよ」という声を浴びせられたとき、彼女は「あなたたちと同じ人間だ」と言い返したーーウクライナでもマイノリティとして生きてきた、ロマの人々を取材しました。続編も準備中です。 d4p.world/news/17482/
広河隆一氏に対し、多くの女性たちが性暴力、ハラスメントを受けたと告発しました。当の広河氏は自身の加害、暴力性に無自覚な投稿を繰り返し、被害者を二重、三重に踏みにじってきました。ここで大使館が「お墨付き」を与えることで、ウクライナのことがより伝わるとは思いません。 twitter.com/UKRinJPN/statu…
ポーランドで様々なムーブメントに携わる人たちにお話を伺い、改めて思う。誰かをスケープゴート扱いして煽りたてることは、これまでも使い古されてきた手法。そしてその矛先はたいてい、社会的なマイノリティ性を持った人たちに向けられる。だからその文脈を追認するような投票行動はしたくない。
選挙権がない、つまり直接選ぶ権利がない上に、駅前に行けば拡声器からまき散らされるヘイトを浴びて地獄をみなければならない人たちが、この社会でともに、生きている。
ヘイトクライムで実刑判決を受けたり、ヘイトデモを制限された人物たちが、「この手があった」とばかりに「選挙運動」という建前でヘイトを繰り返している現実。何度でも言うけれど、「言論の自由」は「差別の自由」ではない。選挙を「抜け道」扱いするヘイトを、いつまで放置するのか。対策は急務。
次の参院選後、カレンダー上は約3年、国政選挙が実施されないことになる。本来「選挙のために政治をしている」はずではないけれど、実質「ここで下手を打てば選挙に響く」という足かせがききにくくなる。だから参院選後、曖昧にしていたものを次々押し通してくる可能性もある。入管法政府案も。
「政権は性的マイノリティやジェンダー問題、フェミニストをスケープゴートとしてやり玉にあげ、『そうした連中を野放ししておくと、“家族”が破壊される』と叫ぶのです。この傾向は特に真新しいものではなく、他国でもよく目にする光景です」。そう、米国でも、日本でも。 d4p.world/news/17438/
判事が書き添えた「今後は、避妊具の使用や同性愛行為、同性婚などの合法性を認めた過去の判例を見直すべき」に背筋が凍った。当たり前の自己決定と人権のために長年積み重ねられてきたものを、丸ごとひっくり返して粉々にするような言葉。 bbc.com/japanese/61929…
安田浩一さんが日本の排外主義について「外国人実習生が作った"国産野菜"を口にし、実習生が縫製した"日本製"の服を身に着け、外国人労働者が組み立てた"国産車"を乗り回しながら、外国人は日本に来るなと訴えている」と端的に語っていた。「日本の収容施設では、人権は施設の門前で立ち止まる」とも。
沖縄慰霊の日。沖縄ご出身の方に教えて頂いた、「ちむぐりさ」という言葉を改めて心に刻みたいと思う。「ちむぐりさ」は、「肝苦りさ」と書く。単純にかわいそう、たいへんね、という意味ではなく、「あなたが悲しいと、私も悲しい」という共感の言葉なんだ、と。 d4p.world/news/5312/
被告のコメントがあまりに身勝手であることはもちろんのこと、明らかなヘイトクライムを、検察の論告でただ「嫌悪感」「偏見」と表現し、「差別」という言葉さえ用いなかったことも問題。公権力の消極姿勢こそが、差別に”お墨付き”を与え、助長する。 buzzfeed.com/jp/kotahatachi…
実は今回の滞在中、残念ながら中東出身者に関してド直球の差別発言を繰り返す人に出会ってしまったのだけれど、彼が自信満々に語るとき、ハンガリー・オルバン首相の、移民・難民を排斥する言葉を度々引用していた。政治家の差別言動は市政のレイシズムに"お墨付き"を与え、勢いづかせる。日本でも。
日本を含め、多くの国がウクライナ難民受入に動く中、二つの国の間で「ボールのように」蹴りあわれて犠牲となり、道具のように扱われた移民、難民の人たちがいることもぜひ、知ってほしい。出自による「命の線引き」を固定化する前に。少し長い記事ですが、ぜひ。 d4p.world/news/17395/
国側はのいう婚姻制度の目的は「一人の男性と一人の女性が子どもを産み、育てながら共同生活を送る関係に法的保護を与えること」であり、同性婚は該当しない、と。私たちは「生産性」のために生きているのではないし、人権は「生産性」の対価として与えられるものではない。 digital.asahi.com/articles/ASQ6N…
時折「選挙に行ったってなにも変わらないでしょ」と、投票に行く方が"ダサい"かのような「呪いの言葉」をまき散らす大人がいるけれど、その冷笑こそ社会にとって何らもたらさない、むしろ変化を阻むものでしかないと思う。
昨年、入管法政府案が審議入りした時、「もう止められない」と諦めに近い声も一部あった中で、多くの人が「おかしい」と声をあげなければ、見送りはありえなかったはず。行動を起こしても、社会は劇的には変わらないかもしれないけれど、一歩ずつ前進させることはできる。投票も、その一部だと思う。
「私たちの置かれた状況は、なぜウクライナほどの関心を集めないのでしょうか?信じる宗教が違うからでしょうか?私たちの目の色が違うからなのでしょうか?」 多くの人々が過酷な避難生活を続けるシリア北東部で出会った人の言葉。明日は世界難民の日。 d4p.world/news/17250/
ウクライナ出身でワルシャワ在住のゲイの男性にインタビューさせてもらった。ウクライナでマイノリティーとして生きてきた困難を語ってくれた後、「東京ではパートナーシップ制度ができるんだよね?ニュースで見たよ」と嬉しそうに話してくれた。社会の変化は国をこえて、誰かの力になるのだな、と。
ウィシュマさんがスリランカで、何を大切にし、どんな人たちと共に生きたのか。ご実家や、慣れ親しんだ場所での取材、ぜひ見て頂けたら。名古屋入管関係者「不起訴」の報に、妹さんたちはもちろん、スリランカで待ち続けている母のスリヤラタさんさんのことが気がかりです。 youtube.com/watch?v=FogjQe…
ウィシュマさんのこと、「たかがDVで」という残念なコメントが溢れる。例えば米国では、DV被害に遭った他国の女性が、被害が深刻であり、国籍国に保護の受け皿が十分にないことで、難民認定されたケースも。DVは命に関わる問題。入管庁の報告書は、DVの基礎知識さえ欠く杜撰で女性差別的なものだった。
写真は昨年10月、スリランカのウィシュマさんのご実家で。亡くなった直後の新聞を泣きながら眺めていた母のスリヤラタさん。その様子を察してか、寝室にいた86歳になる祖母のミリさんが、そっと歩み寄り、まるで小さな少女を愛おしむように、しわだらけの手で優しくスリヤラタさんの頭をなでた。
ワルシャワで、ウクライナから避難したロマの人々を支援する方にお話を伺う。ご自身もロマルーツの方。知人に「差別?この社会で感じたことないけれど」と言われ、実際に差別される側とそうではない側で、社会の見え方があまりに違う、と話していた。気づかずにいられるマジョリティの「特権」。