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「100回逃げて、100回来なくても、101回目も必ず逃げて」。釜石市唐丹町の津波記憶石に刻まれた言葉です。警報、注意報が出ている地域の皆さま、どうかご安全に。
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なぜ日本の死亡率が低いのかという趣旨の質問を海外から受け、「お宅とうちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ」と答えた、と麻生氏。科学的分析ではなく精神論で語ることも問題だし、他国の人々を見下す態度に問題意識を抱かない人が大臣であることも深刻。
digital.asahi.com/articles/ASN64…
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大切だと思ったので、改めて。私も「写真家がなぜ政治に発言?」と時折聞かれる。今、似たような言葉が溢れている。「歌手がなぜ」「俳優がなぜ」と。そもそも、政治的発言をタブー視すること自体が、とても”政治性”を帯びたものだということに気づきたい。 #検察庁法改正案に抗議します
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8月15日。アウシュビッツでの収容を生き延び、35年間アウシュビッツ・ミュージアムの館長を務めたカジミエシュ・スモレンさんが残した言葉を、改めて思い返してみる。彼は今を生きる若い世代にこう、語りかけていたそう。「君たちに戦争責任はない。でも、それを繰り返さない責任はある」。
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やるべきことをやれていない政治責任の問題を、「今の憲法に欠陥があるからだ」とすり替えてはいけない。 twitter.com/YahooNewsTopic…
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「技能実習生が来日できず労働力が足りない」という時点で、「技能実習」というのが建前にすぎないことが浮き彫りになっている。
mainichi.jp/articles/20200…
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DaiGo氏の動画、「辛口」云々の問題にすり替えないでほしい。生産性で命の価値をはかる、優生思想に直結する発言。「たかが言葉」と見過ごしていくことが、やがて巨大な暴力につながっていくのだと、アウシュビッツでガイドの方が教えてくれたことがある。それを今、思い返している。
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声をあげた人たちに対して、「何も分かってないくせに」「芸能人には関係ない話」と嘲笑が目的化しているような声も。問題を紐解いていく「冷静」さは必要かもしれないけれど、「冷笑」で社会がよくなるわけではないよね。
#検察庁法改正案に抗議します
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世帯主の口座に、家族の給付金がまとめて振り込まれることになるよう。全ての家族が”円満”であれば、機能するのかもしれない。でも、その世帯主がDVや虐待の”加害者”になっていしまっているのなら、給付金がその口座に集中することで、余計に支配関係を強めてしまう。
www3.nhk.or.jp/news/html/2020…
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「100回逃げて、100回来なくても、101回目も必ず逃げて」。釜石市唐丹町の津波記憶石に刻まれた言葉。津波に限らず、あらゆる災害にいえることのはず。今日、この言葉を改めて心に刻もう。
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ネット上にはすでに「犯人は在日」「日本人じゃないに決まってる」という声が。犯人の出自がどうあれ、属性をことさらに強調し、凶悪性と結びつけて語ることが、社会の中でどのような影響をもたらしてしまうか、誰を脅かすのかを考えてほしい。「正義感」で拡散しそうになった人も、一度立ち止まって。
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「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」と茂木氏。認識していない、というよりも、聞くつもりがない、ということでは。国葬反対の声をあげる人は「国民」扱いしないのか。
mainichi.jp/articles/20220…
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ヘイトや差別を吐き散らしてきた人物を政権の要職に起用することは、差別問題など考慮するに値しない、というメッセージになってしまうし、もっといえば、その差別やヘイトの矛先を向けられている人たちの命を「二の次」扱いするようなこと。「杉田氏でなければならない」理由は何なのか。
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「100回逃げて、100回来なくても、101回目も必ず逃げて」。釜石市唐丹町の津波記憶石に刻まれた言葉です。津波に限らず、あらゆる災害にいえることのはず。大雨に見舞われている地域の皆さん、どうかご安全に。
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ほんの先日まで「誹謗中傷は人の命を奪うほど深刻な問題」と伝えていたメディアで、「嫌いな女優ランキング」といった「ここに叩いていいターゲットがいる」と旗振りするような特集が組まれる。「それが読者にウケる」と思われているなら、「求めてません」の意思を示すことも大切なんだろうな。
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次の総理は、責任を「痛感」ではなく「果たす」人、記者会見を一問一答の儀式にしない人、不都合な公文書の破棄を認めない人、贔屓する身内をどんどん拡大して”お花見”に呼び込まない人がいい、と思う。
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国葬について「もう決まったことだから」「まだ反対してるの?」「空気よみなよ」といった言葉が飛び交う。「決まったことだから」と無批判に権力側の決定を受け入れ、思考を止めてしまうことこそ、民主主義を機能不全にすることでは。硬直した「空気」にはむしろ抗いたい、と思う。
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日本ではまだ、「批判の仕方」だけではなく、「批判」そのものが「場を壊す」「空気を読めていない」とタブー視、嫌悪されがちだと思う。だけど社会をよくするために、批判は欠かせないもの。この数カ月、少しずつだけど支援策が改善されてきたのも、声があがったから。 #検察庁法改正法案に抗議します
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「批判したから加害が起きた」と結びつける言動が後を絶たない。脅迫や差別扇動があってはならないのはもちろんですが、一概に「批判」を否定することこそ、民主主義社会の否定です。
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牛久の入管施設で2014年、カメルーン人男性が体調不良訴えるも放置され亡くなった事件。床の上を転げ回るほどもがき苦しんでいるにも関わらず、職員は監視カメラで様子を観察しながらも適切な処置をしなかったとされる。検証を求めます。この日本社会で起きていること。
mainichi.jp/articles/20190…
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「ねえ、戦争が始まるとね、僕たちはチェスの駒なんだ。チェスは駒ばかりが傷ついていく。駒を動かす人は決して、傷つかない」
イラク戦争を経験した友人の言葉。これを繰り返さないために、憲法を考えるのだと思う。
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「写真家がなぜ政治に発言?」と時折聞かれる。似たような言葉が溢れている。「ミュージシャンがなぜ」「俳優がなぜ」と。そもそも、政治的発言をタブー視すること自体が、とても”政治性”を帯びたものだということに気づきたい。
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座り込みの現場に来て、わざわざ嘲笑うような発信をする人物が問題であることはもちろんのこと、後ろからカメラを構えてついていき、そうした態度に「お墨付き」を与え、煽りに加担するメディアも、その暴力性を自覚する必要があると思う。