この北の地では寒さに適応できないやつは死ぬしかない。幸い人は寒さに抗い、暖をとる技術を生み出した。だからオレたちは「ここ」で「生きている」。だが、色の無い中にも、秋の色っていうのは意外に多い。北方だからこそあるものもある。オレたちは…「雪の匂い」を知っている。
ここまで来ると自然による殺意を感じる。
「素股信用金娘」に腹抱えて笑ってしまい、「これどこにあるんだよ」と思って調べたらそのすぐ向かいにある店の名前がさらにその上を行く頭の悪さで呼吸困難になった。ノーガード戦法か何か?
ここが玉座ですって? ここはお墓よ、あなたと私の…。
これアレだ。山の中で遭ったら「もー、だから『気をつけてね』って言ったじゃないかあ」って満面の笑み浮かべながら襲ってくるタイプのヤツだ。
「京都で大雪が降ってるようだな」 「雪が降るとどうなる?」 「知らんのか」 「貴船神社と金閣寺に行くカメラマンが増える」
・徴兵保険の話 ある川沿いの民家に残るブリキ板には「徴兵保険」なる文字が書いてある。かつて日本には徴兵保険という民間保険があり、入っておくと被保険者の徴兵時に保険金が下りた。これはその当時の看板というわけだが、つまりは少なくとも70年は経過しているというわけで…。 110/365 #斜陽暦
年中無休で入場料は大人600円(安すぎィ!) 学校ということで入場を「登校」と呼び、入場券はシール、パンフもノート型になっている。主に室戸の海の生物や定置網にかかったウミガメを展示し、地域活動拠点施設も兼ねているので家庭科室で料理教室を開催したり、椎名地区の住民の集会にも使われる。
そら古事記の頃から「九州にクマソという反抗的な男がいました。ヤマトタケルと言う若者はクマソを討つため、叔母に服を借り女装してクマソの宴会に出ました。気に入られたヤマトタケルはクマソに寝床へ呼ばれた(意味深)ところで尻から剣を刺して倒しました」とか書いてる国だからね。仕方ないね。
「山陰と山陽間を結ぶ高速道路の名前が『陰陽道』じゃないのはおかしい」と114514回は言ってる。
毎年、有明に命かけてるヲタクの端くれとして、この「夏コミが開かれなかった世界」のビッグサイトはなんとしても見ておきたかった。あの世を「十万億土」と言うことがあるが、十万億土はいつも燃えるような夕焼けが広がっているのだという。今なら、成仏できない人間の気持ちがわかるような気がした。
暦ってもんを誰が決めたかはしらねェ。オレたちは運動会は5~6月にする。10月には冬タイヤにする。そして…真冬は暖房をガンガン焚いた部屋で半袖でアイスを食う…。一歩外に出りゃ-10℃なのにな…。ジョニィ、LESSON1。『妙な期待はするな』
東北・北海道には、動詞を「〜ささる」と活用するだけで「わざとじゃない。間違ってやっちゃったんだよ不可抗力でそうなっちゃったんだ。いやマジですまん」的ニュアンスを加えられるという日本人の心と相性がいい方言語彙があるので、全日本人が使うべきだと主張している。(例:ごめん押ささった!)
引っ越しに伴って、役所行ったらすごい見覚えのある画風のパンフレットがあって私はとてもとても嬉しくなりました。
長崎県や九州地方はお墓の文字を金色に塗る風習がある。これが見たくて長崎まで来たようなものよ! はかいしキラキラきんようび✨🪦✨
・軍服のある廃校 北海道の雪原まっただ中に残る廃校。戦後すぐに満州から引き揚げた人々が、原野を開拓して起こした分校が始まり。昭和中期に閉校になった後は開拓記念館として農機具や満州時代の品を展示していたが、長い年月放置され、展示品も廊下も崩れ去りつつある。記憶はこうして消えていく。
四国(というより高知県)は川や池の水があまりに蒼くてだんだん沈みたくなってくる。
この時期、北海道の山野にはルピナスという花が局所的に咲く。だがこの花は本来北海道に自生せず、明治以降、北海道へ入殖した人々が植えたものの生き残り。つまり今、この花が咲いている山野はかつて人がいたはずの土地なのだ。そういう意味で、私にとってルピナスは北海道の廃村の象徴だ。
絶対やべーやつに見えるけど普通にいいやつだったタイプの妖怪やん(好物)
アサガオの花には多様な色があるが、本来黄の色素は作らない。現代科学でも遺伝子操作で無理やり再現して創るしかなかった。そんな代物を江戸時代の人は作り出し、栽培していたのだから、そこにかける試行錯誤、変異の研究熱は計り知れない。現代科学が一番進んでるなんて畏れ多くて言えないぜ…。
秋といえば、廃校になった木造校舎をそのまま再利用した園芸店・カフェ「丘の上のつるばらや」さんが理想の憩い空間で楽しかった。広島県福山市の細い山道を進んだ集落の丘にあり、観葉植物の販売のほか、自家製ジャムや地元農産品を使ったカフェも営業されている。穏やかな秋の日にあう場所だった。
「子どもの頃に戻りたい」という言葉があるが、あれは正確には「子どもに戻りたい」のではなく「子どもの頃の時間に戻りたい」だと思う。私はあんな貧弱な身体でかつさまざまな制限を加えられ、なおそれに抗うすべもない子どもという存在になんて二度と戻りたくない。魂の牢獄だったよあんなものは。
サカナクションの山口一郎氏のToDoリスト
やたら看板に書いてある「壇蜜の部屋」がどうしても気になり、意を決して「入園」してみたが…確かに『壇蜜の部屋』だった。それにしても、陽も落ちかけた山沿いで、こんなの泣くわ本当…。
日本は災害大国と言われるが、こうしてみると、現代において地震や火事、台風、津波の対策は盛んに行われている一方で、水害対策は治水治山事業がメインで、個人や家庭レベルでの対策は昔に比較すると小さくなっている気がしなくもないなあたしかになあ。なんて思っていた。