トラウマを経験した人は、理想や計画通りに現実がうまくいかないときに受け入れられないことが多い。 大きなショックを受けやすく、自分を責めて、なにが悪かったのかを考え続ける。 曖昧な状況にいると、落ち着きがなくなり、耐えられないことがある。
繊細な人やトラウマを経験している人は、曲がったことや間違ったことと判断した事柄に対して許せない気持ちになることが多い。 傷ついた経験から、あらゆる不正に敏感になり、善悪を白黒で判断しがちになる。
#毒親 は、二面性を持っています。 外では、世間体を気にして人の反応を伺いながら、良い人を演じます。 しかし、家では、何か怯えてイライラしており、怒りのスイッチが入ると、鬼の形相になります。 子供は、親の身勝手な行動に振り回されて、心身ともにくたくたに疲れて生きる気力を奪われます。
家庭の中で居場所がない子は、いつも安心できず、その場しのぎをしながら過ごしている。 家族が笑ったり楽しんだりしていても、仲間に入れず遠くから見ているよう感覚で過ごす。 本当の自分は、家族に馴染めず、笑えない、何をしてても楽しいと思えない毎日で、いつも不安や場違いな気持ちを感じる。
複雑なトラウマから発生した全身の症状を持つ人は、毎日だましだまし生きています。 体が鉛のように重たいとか、ヘドロにまみれて気持ち悪いなど…。 心が折れてしまった人は、生きながらに死んだような感覚になり、何年も真っ暗ななかで生きて、絶望や無力感、焦燥感のなかに沈み込みます。
繊細すぎる人は、危険や生命の危機を察知しやすく、些細なことでも心身が緊張して、過緊張による体調不良を引き起こしやすい。 そのような場合は、心身の力を抜くことが大事だが、繊細な人にとっては、リラックスして楽になる方法が分からず、ずっと力が入ったまま日常を過ごしていることが多い。
毒親の元で育った子どもは、優しさが感じられる場所がなく、いつも孤独で寂しくて、誰にも何も話せない、理解してもらえないのが辛いです。 そのため、自分で優しい世界を作り出します。 例えば、他人が挨拶をしてくれることに優しさを感じ、犬や猫、綺麗な花を見つけると温かい気持ちに包まれます。
#親を捨ててもいいですか 虐待をするような有害な親の場合は、早く捨てることで、その親の呪縛から解放されます。 親を捨てるという自発的な行為が、自分を見い出すためのエネルギーになり、自我を強くします。 親から酷い目に遭わされた人は、不快な状況に留まり続けるべきではありません。
心身が繊細すぎる人は、社会では弱者の立場に立たされることが多い。 刺激に弱くて、飲み会など頻繁に参加できず、お酒も多く飲めず、大声で話し続けることを楽しいと思えないことを強靭な肉体を持つ人たちは理解してくれない。 それに合わせられない人は、気力や根性がない人と理解されてしまう。
子どもの頃から、とてもつらい毎日を送ってきた人は、これ以上苦しみたくないから、誰にも見つからない場所で休みたいと思います。 外の世界は危険なので、誰にも見つからない場所に隠れて、自分の中を深く掘り下げていき、その中に閉じこもることで、精神の崩壊を防ごうとします。
青年期に挫折する子どもの多くは、人と関わることが苦手で、真面目に努力しても報われないことや、社会の不条理な経験をしている。 生きづらいことには様々な原因がありますが、家庭環境や育ちが人生にどうしようもなく影響することを知ったときに諦めが生まれる。
家庭環境が悪い子どもは、幼い頃から生きていく上での不平等さやどうしようもなさを感じながら日々をやりくりしています。 心の中はなんで自分が苦しい思いをしないといけないのか、悔しい、やり切れない、誰にも助けを求められない、フェアじゃないと思い、必死に考えながら切り抜けようとします。
深い闇を持つ人は、子どもの頃から、居場所を探して、ずっと彷徨っていて、見つかったとしても怖くて、また壁を作ってしまう。 自分を受け入れてくれる暖かさに慣れていないから、いつも怖くなる。 それに、いつか消えてしまうという不安が、過去よりも強くなってきて心が荒れる。
トラウマに遭った人が それ以降も頻繁に被害に遭いやすい一つの理由は、 トラウマを負うほどの被害に遭った人は、 体に恐怖が埋め込まれ、姿勢、目線、声、表情に 恐怖心が現れるようになります。 加害者はその人の恐怖心をかぎ分け、 弱って跳ね返す力のない個体を見抜いて ターゲットを選びます。
愛情不足で育つ子供は、小さい時から寂しくて、元気がなく、その不足感を何かに依存して埋め合わせます。 元気がないというのは、その子の性格や体力など人生に重大な影響を与えます。 勉強や運動に集中して取り組むことが出来ず、将来の夢に対しても、自分にはできないと思い込むようになります。
複雑にトラウマがある人は、苦しい時に、そばにいてくれる人がいたらと思います。 自分のことを分かってもらえて、話をきちんと聞いてくれて、共感的な態度で聞いてくれる人を探しています。 しかし、人に期待しても裏切られるばかりで、いつもひとりで悲しみ、不安、苦痛に耐えています。
トラウマや発達障害がある人は、不安が強く、この社会で他者とともに安心・安全を感じることが難しい。 些細なことでも、警戒心が過剰になり、筋肉は硬直して、心臓の鼓動が速くなる。 自分で自分を調整できず、気分が落ち込んだり、感情的になったりして、自信を失い、無気力になることも多い。
叩いたり、怒鳴ったり、いきなり何をしてくるのか分からない親の元で育った子は、気を抜けず、危険から身を守る人生になり、自分ではどうすることもできない親のことで思い悩み、虚しくなる。 自分の家族とは違う仲の良い家族に憧れ、家族に幻想を抱く一方で、家族について批判的に考える場合もある。
慢性トラウマがあり、解離が強い人は、あたかも正常化のように見せて日常生活をこなします。 休みの日は、エネルギーが切れた状態になり、ベッドから起き上がるのを困難ですが、 仕事のときは、体のスイッチがONになり、一心不乱に頑張れて、優秀な成績を収めます。 過剰適応のあとは燃え尽きます。
夫婦の仲が悪く、面前DVを見ている子どもは、親の怒りを和らげようとか、居心地のいい家を作ろうと奮闘します。 トラウマを抱えて敏感な子ほど、家族を支えようとします。 しかし、いくら頑張っても、親に脅かされる日々が続くと、精神疾患になり、家族に幻想を抱く部分と、憎む部分に分裂します。
人間社会では、よい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあると言われます。 しかし、人のことを良く思い、家族や社会を良い方向にしようと頑張ってきた人が、不条理な目に遭わされて、ずっと報われなかったら、心がすさんで、恨みつらみになり、家族や社会が鬼を目覚めさせます。
毒親は、自分の感情だけで子どもに怒ったり、酷い態度をとったりする。 子どもがどんな気持ちでいるのか、何を考えているのか、子どもの立場に寄り添うことなく、常に自分の快・不快や感情をベースにして日常を過ごす。 そういうことが原因となって、子どもは親の愛情や思いやりを感じれなくなる。
複雑なトラウマを経験している人は、些細なことでも生命の危機や危険を感じてしまい、交感神経や背側迷走神経が過活動になっていることが多い。 トラウマからの回復には、安心・安全な環境作りから、長い時間をかけて自分で安心・安全な感覚を味わい、育てていけるようにする必要がある。
心身が繊細な人は、最悪の事態が起こることを恐れて、防衛しようとすることが多い。 自分で管理できないことや、あらかじめ想定できないことを嫌い、安全な環境に身を置こうとする。 何かが生じた時のショックに、心身が持ちこたえることができないかもしれないため、防護しようとする力が働く。
複雑なトラウマを負うと、痛みが体に刻まれてしまうために、軟弱になり、石橋を叩いて渡るような人生になる人もいて、他者の干渉や外界のストレスが苦手です。 脅かされることが続くと、性格は慎重になり、引っ込み思案で、大人しくて、外に出る勇気がなかなか持てず、生きる力が奪われていく。