エリザ(@elizabeth_munh)さんの人気ツイート(リツイート順)

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彼らは国王エドワード7世のお気に入りの別荘であるサンドリガム・ハウスの警護や管理、維持・運営のために集められた部隊で、軍隊というよりはシーズン中、イギリス王に仕える別荘の使用人団だった。 twitter.com/elizabeth_munh…
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「新年明けましておめでとう!」 「えっ、いやまだ明けてないけど……」 なんて事になったら混乱するけど、18世紀半ばまでのイングランドでは新年が他所の国どころか連合王国内のスコットランドとすら異なり、何かと混乱の種となっていた。 1752年まで彼らにとって新年とは、3月25日を指した。
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パイロットがインジェクションスイッチを押したところ、何をどうしたか機体の下部に搭載された増加燃料槽が切り離され、勢いよく地面に叩きつけられる。 衝撃で燃料は燃え上がり、スーパーセイバーに搭載されていたマーク28水爆を激しく炙った。 「緊急事態! 基地がぶっ飛ぶぞ!!」
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お昼のTIPS。 ナポレオン没落を決定づけた最後の戦いがワーテルローの戦い。歴史趣味でこの戦いの名を知らぬ者はいない。 同時にこの戦いはイギリス・フランス二大強国の最終決戦であり、イギリス優位が決定。名実ともにイギリスは世界最大の大国となり、パックス・ブリタニカが実現した。
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おはよう。今朝のTIPS。 フランスと言えばヨーロッパの中心国の一つで、ヨーロッパ文化の主たる国。 しかし英語圏では嫌悪を買ってる国でもあり、しばしば皮肉の対象になる。その表れが『サレンダーモンキー』。
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「ホワイトスター社も熱心なようだし、タイタニックはいい船に仕上がるわ。何より、オリンピック号に就役からずっと付き添ってるわたしをタイタニックに回すくらいだしね」 えへん、と胸張るジェソップ。ホワイトスター社はオリンピック号から大いに進歩したタイタニック号に万全の体制を布いていた。
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時代と共にイギリスではハンティングが贅沢になった。 というのも、動物を養ってた森が農地の拡大や商船、軍艦の作り過ぎ、その他建材や燃料として消滅して行ったから。 かつて、森が豊富だった頃はハンティングは誰でも出来たし、森は自由に使えたけど、制限がかかってくる。
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川が氷結し、海まで凍り付くと、河川輸送に関わる人達は失業した。 「何かやらんと冬を過ごせんぞ」 こうして始まったのが、テムズ川の大霜市。 凍結したテムズ川は見方を変えればロンドンの一等地に突如として広大な誰のものでもない土地が降って湧いたとも見ることが出来る。
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しかしスコットランド衛兵隊が到着すると警察は驚愕した。 「マキシム重機関銃です! 蜂の巣にしてやりましょう!」 「やり過ぎだ! こんなもの頼んでない!」 「後から13ポンド野戦砲もきます!」 「市街戦をやる気か!?」 「そのつもりですが……」
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イングランドチームは猛批判に晒された。その時、火葬協会の一員でジャーナリストで風刺化のブルックスは天啓を受けたように閃き、記事を書く。 『イングランドのクリケット死す。遺体は火葬され、灰はオーストラリアに運ばれる模様』 このブラックユーモアは大ウケし、ブルックスは歴史に名を残した
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広島型原爆の10倍の破壊力を持つマーク6核爆弾が三つ保管されたイグルーに突っ込んで大爆発を起こし、燃える航空燃料のシャワーを爆弾に浴びせかけたのだった。 マーク6爆弾は8000ポンドの高性能爆弾の起爆を種火として核分裂を起こす。 一基でも爆発すれば連鎖的に残り二つも爆発するだろう。
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ヘンリー・パーシーは中世後期のイギリスでも高名な騎士で、ホットスパーの異名で知られる。 スパーとは拍車を意味し、熱き拍車、即ち拍車が冷めることなき臨戦体制に常にあった事を褒め称えられての異名だった。 しかしそのファミリーヒストリーは壮絶な鮮血に彩られている。
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前も話したけどクリスマスの原型は冬至の祭りにある。一番古いのだとミスラ神の祝いの日とも言われてるけど、ローマ神話にも同様の祭りがあって、農耕の神サトゥルヌスを祝うサトゥルナリアがそれ。 このお祭りの際は皆が同じ被り物をして、身分をごちゃ混ぜにした。
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お昼のTIPS。 何かとフランスをライバル視するイギリスだけど、食事方面でもそれは変わらない。 17世紀、フランスには食の革命が起き、美食文化が広がった。 その最中、長足の進歩を遂げたのがソースで、メイン料理とは別個に調理される複雑な代物になった。
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ワースはドイツのどこかの貧しいユダヤ人の子として生まれた。 ワースが5歳の頃、両親は彼を連れてアメリカに引っ越す。父親は職を得たものの、ワースは何を思ったか10歳の頃に家出をして1人で生き始める。親から切り離され、都会に埋もれると、誰も彼の出自を知る者はいなくなった。
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勇気あるチャレンジャーは地平線の彼方に置き去りにされ、馬主は半年間、恥辱のあまりに引き篭もるほどとなる あまりの強さとオケイリーの態度の悪さゆえ、現役時代はレースの機会そのものに恵まれなかったエクリプスだけど、現役を退くと忽ち脚光を浴びる 文句なしの最強馬との種付け依頼が殺到した
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日本でも売名目的の立候補者は数多い。しかし、もし選ばれたとして、真面目に政治家をやれる性根の人がその中にどれだけいるか。 徒手空拳で天命と民意に従い、結果を出して燃え尽きたドラモンド氏はハートリプールの伝説になった。 しかしそんなドラモンド氏にも心残りが一つ。
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パルマンティエは職場である医院の畑で個人的にじゃがいもを栽培し、患者に栄養をつける安価な薬代わりとして処方していたものの、反対運動が巻き起こり、お陰様でパルマンティエは出世が妨げられた。しかしそれで折れるパルマンティエではない 「じゃがいもは名医より大勢の人を救う食べ物なんだ!」
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パルマンティエ同様、科学的見地からじゃがいもを擁護する人たちがたちまち賛同する。中にはアメリカ建国の父の1人であるベンジャミン・フランクリンもいた。 しかしコロンブス交換以来250年間、毒とみなされていた偏見はその程度では覆らない。
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イギリス史に悪い意味で名を残す卑劣な暗殺者、同胞殺しとしてわたし達は彼らを記憶していた事でしょう。 大英帝国の暗部を請け負う覚悟だった彼らは、幸運にもその刃を敵にのみ向けることが出来た。
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事の発端は大戦直後まで遡る。レーケンヒースは大戦中からイギリスの主要な基地として機能しており、アメリカ空軍の爆撃機もここから飛び立った。 やがて冷戦が始まるとイギリスはレーケンヒースを在欧アメリカ空軍(USAE)に譲り渡す。アメリカはB-47ストラトジェット戦略爆撃機を配備した。
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連ツイするほど落とし込めてないけど、19世紀のイギリスの貴族達はどうも然程知識や教養に秀でてる訳ではなく、酷いのになると外国の教養どころかシェイクスピアも観た事がないのもいたみたいね。
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お昼のTIPS。 ヴェルダン要塞攻防戦の際、包囲下にあったフランスの堡塁から救援要請を届けるために放たれ、司令部にたどり着くと同時に息絶えた伝書鳩がレジオン・ド・ヌール勲章を受賞した話は有名だと思う 同じように懸命に戦った動物のため、イギリスには専用の章がある。それがディッキンメダル
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ワースはバウンティ・ジャンパーになった。志願すると見せかけて報奨金を受け取ったら逃亡し、また別の連隊に志願を繰り返す。ただでさえ誰だか分からない人間で、しかも戦死した事になっているワースを誰も捉えられない。 当時こうしたジャンパーはとても多く、南北両軍が激怒していた。
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「この馬からはカネの匂いがする。去勢なんぞしたら台無しだ。調教師なら斡旋してやる。カネがないなら貸してやる。  いいか、絶対に去勢するな」 こうしてイングランドいちの荒馬調教師がエクリプスに派遣された。しかしその調教師を以てしてもエクリプスは御し難い荒馬だった。