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翌朝厩舎にやってきたアビンドン伯爵は驚愕する。
「な、何だ!? POTOOOOOOOO!? そんな名前をつけた覚えはないぞ!?」
馬丁の少年は不思議そうな目でアビンドン伯爵を見た。
「旦那様の指示通り、POT 8 O(ポテ エイト オー)と書きましたが……」
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仔馬の愛らしさにアビンドン伯爵は微笑み、仮に『ポテト』と名付けることにして馬丁に指示した。
「この馬はポテトだ。厩舎にそう書いて、しっかり世話をしてくれ」
ところが馬丁は字の読み書きがあまり得意ではない。
「P……O……T……。ええと、ああもういいや、ポテトだろ? これで分かるさ」
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イギリス貴族の例に漏れずアビンドン伯爵は競馬狂いで、同世代に於ける隔絶した最強馬であるエクリプス号に悩まされていたものの、エクリプスが種牡馬入りすると、血相変えて種付けを依頼した。
「エクリプスの子ならば、さぞ強い馬になるだろう。にしてもエクリプスの子とは思えない可愛さだな」
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普段わたしたちが目にするカラスをクロウと言うけど、大型のワタリガラスをレイヴンと言う。見ての通り大きくて目つきが鋭いね。
イギリスの観光名所、ロンドン塔ではこのレイヴンを6羽、飼育する伝統がある。 twitter.com/elizabeth_munh…
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こうしてじゃがいもは毒物から貧民のパンに、そして、フランス料理の定番として定着し、ヨーロッパ料理の基礎の一つである高貴な野菜になる。
今やその高カロリーは嫌われる事が多い。しかし貧しい頃、どれだけ多くの人の命をじゃがいもが救ってきたか。
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こうして下賤な野菜とされたじゃがいもはフランス料理に定着し、料理大国フランスが大々的に採用した事で、諸国もそれに倣ってじゃがいもを使うようになる。
やがてフランス革命が起こり、国王と密接だったためにパルマンティエは王党派と目され、命の危険にさらされる。
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1787年、パルマンティエは廃兵院(傷痍軍人のための名誉ある施設)で一大イベントを催す。
「じゃがいも尽くしです! じゃがいもにどれだけの事ができるか、ぜひ、ご賞味を!」
前菜からデザートまで全てじゃがいものフルコースだった。パルマンティエの技量はそれを可能とする域にあった。
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しかしパルマンティエは実のところ、警備に意図的に穴を開けていた。
「ありがたい物だと思わせれば、より普及するだろうし、まして、危険なものとは思うまい」
このやり方はじゃがいも先進国であるプロイセンの模倣だった。
「盗まれる度、じゃがいものファンが増えるのさ」
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「じゃがいもをくれ!」
パリ市民がじゃがいもに殺到する。じゃがいもを栽培してたパルマンティエの畑にも押すな押すなで人々が押し寄せた。
「ええい! 下民め! 貴重なじゃがいもを渡すものかよ!」
パルマンティエは厳重な警備を敷いて畑を守る。
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王家自らじゃがいもを食べ始めた。貧民が仕方なく食べてたじゃがいもは、にわかに王族のテーブルに載る。王妃マリー・アントワネットはじゃがいもの花を髪飾りにあしらう。
流行の中心である王家がじゃがいもを積極的に受け入れたので、フランスはじゃがいもブームに。
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後にフランス革命で断頭台の露と消えるルイ16世はパルマンティエを猛烈に応援した。
「気候変動で不作が激しい! どうかフランスのためになってくれ。余が出来ることは全てやろう!」
こうしてフランスは国家を挙げてじゃがいもを普及させる事に。
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「毒物を勧めるか!」
と言う人にパルマンティエは言い返した。
「科学はじゃがいもの安全を証明している! 国王陛下も禁止されていない! あなたはなぜ国王よりも王様ぶるのか!」
そして当の国王もパルマンティエに熱い視線を注ぐ。
「貧民をも満腹させられるのか!?」
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滅多に人を褒めないので有名な哲学者ヴォルテールは手放しでパルマンティエを賞賛した。
「貴殿の如き栄光は純粋で、人類を愛する全ての人々の賞賛に値するものであります」
パルマンティエは全く無私の心でじゃがいもの普及に努めた。
「地位も年金も要らん。じゃがいもは人々を救う」
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「芋学者が!」
とエリート層はパルマンティエを馬鹿にする。しかし熱心で、しかも見返りを求めず、ただじゃがいもの普及に努める彼の姿にやがて大勢が絆されていった。
「凡人は華やかな悪党を持ち上げる。しかし、パルマンティエ氏は飽くまで純粋で、等しく人類のために身を捧げている……」
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パルマンティエはじゃがいもに関する論文を著し、パリの医学会に送りつける。
「あなた方はご存知ないだろうが、地方では既にじゃがいもはありふれている。貧者のパンは伊達ではない。無視するのも大概にして頂きたい」
医学会はこれを認め、遂にじゃがいもは公認の食べ物になった。