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ただの都市から大都市に脱皮し、火災と無縁でなくなった街を密かに守り続けた英雄は、今も組織や体制を通じて世界中の人達を炎から守っている。
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「当然だろ。ブレイドウッド隊長だぜ? 死んだって、炎は怯えて近づかないに決まってるさ……」
ブレイドウッドの構築した体制は近代消防組織の先駆けとなり、やがて諸国がこれを模倣する。根っからのファイアファイターは、消防の父となった。
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一方、生涯を通じて炎と戦い続けたブレイドウッドの葬儀が火災後執り行われ、ロンドン中のありとあらゆる人達が葬列に並んだ。その長さは2.4キロに達する。
火災の中心にいたにも関わらず、その遺体は瓦礫で守られ、炎に晒される事はなく、安らかな表情をたたえていた。
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「閉鎖空間における煙は非常に危険だ。場合によっては一呼吸で死に至る。もし取り巻かれたら姿勢を低くして、なるべく低いところの空気を吸え。
1人で飛び込むな。常に2人以上で行動しろ。鎮火したと思って迂闊に近づくな。火種を得るや燃え盛る事もある。
炎は適切に戦えば怖くない」
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こうして市当局と消防ポンプ隊は防災に向けて協調し合う。エジンバラの消火栓は45から97に一年で増加。更に翌年以降、99基がそれに続いた。もう水には困らない。
また建築と火災の専門家であるブレイドウッドは勇気と根性に任せた従来の消火を否定し、消防に科学を持ち込む。
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調査委員会はブレイドウッドの献策を受け入れていたならば、今回の火災は未然に防げた可能性があると結論。民衆は掌を返し、果敢に消火に挑み、2人の殉職者を出したブレイドウッド達消防ポンプ隊は英雄となる。火災の際の指揮系統も移譲された。
「消火は日頃の積み重ねです。どうか防災にご協力を」
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査問に呼び出されるブレイドウッドだけど、調査の結果、責任がないことが明らかになる。
「市当局はブレイドウッド氏に事を任せるより民間保険会社を頼みとし、ブレイドウッド氏には必要な権限も与えられず、また、氏がたびたび行っていた献策は握りつぶされ、装備はお座なりなものだった……」
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エジンバラは四日間炎上した。後にも先にもない大火災でエジンバラ大火災と呼ばれる歴史的な火災は歴史的な遺跡や史跡、政府施設、その他民間の長屋を焼き尽くす。損害は膨大なものとなった。
「消防ポンプ隊は何をしていたんだ!?」
ブレイドウッド達は批判に晒された。
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結局、消火にかかれたのはその1時間後で、既に建物全体が激しく炎上し、風に乗った炎があちこちに飛び火した。
「火災は初期消火に失敗した時点で敗北は確定……。あとはどれだけ被害を減らせるかだ!」
ブレイドウッド達は燃え広がる炎に後退を重ねつつ、消火を繰り返す。民間保険会社も加勢に来た
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とは言え、装備も訓練も不十分であり、迅速な消火に必要な消火栓の数はエジンバラの大きさに比してあまりにも貧弱だった。生まれたての消防ポンプ隊は市からも効果を疑問視される。
結成から僅か2ヶ月後、エジンバラを大火災が襲った。
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つまり経年劣化が激しく、密集していて、おまけに管理者不在で燃えても誰も消火する義務を持たない建物だらけにエジンバラ中央部はなる。
「これは……。まずくないか?」
実際、ボヤ騒ぎは日常で、消火は民間の有志頼みだった。いつか大変な事になるかもしれない……
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不潔で地価が高くて狭苦しい旧市街から余裕のある人たちは郊外に移り出し、旧市街は徐々に活力ある新市街に取って代わられるようになる。
管理者不在の建物が増えた。当時、消防は家主と契約した保険会社がその義務を負う。彼らは営利企業なので、放置された廃屋など消化する義務はない。
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ブレイドウッドは家具職人にして建築家の父の元に生まれ、ハイスクールを卒業すると、測量士としての教育を受けつつ、父の会社で見習いとして働く。
しかし建築を学ぶにつれ、彼の興味は如何に炎が燃え広がるのか、また煙の脅威とは如何なるものなのかに移っていく。
これには理由があった。
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こうしてオケリーは最後の最後に彼の最大の財産をばら撒いて亡くなり、最強の競走馬、エクリプスの血はあちこちにばらけた。
彼は間違いなく悪人だった。ただ、一流の博徒だった。
自分のお金はともかく、幸運を親族に継がせる気はなかったのね。
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「エクリプスの子供で甘い汁吸う権利があるのは、エクリプスに張った俺だけだ。地獄にカネは持っていけんから、同じ事したけりゃ自己判断でカネを張れ。
さて、地獄行きか。エクリプス。お前も性格悪かったから地獄かもな。もしそうならあの世でも儲けさせてくれ!」
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「競馬が大好きなのに、当の競馬で名を成した者はお気に召さんとは、なかなか複雑なご心境で」
オケイリーは近代サラブレッドの祖となるエクリプスの馬主でありつつ、最後まで上流階級に受け入れられる事なく死んだ。
今際の際、彼は言い残す。
「遺族にカネはやる。しかしウマは全部売れ」
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アイルランドの貧農出身のオケイリーは、イギリスの名門貴族達からどうか種付けをと懇願されるようになった。
オケイリーは名士となる。しかしイギリスのジョッキークラブは意地でもオケイリーを正会員とは認めない。どう考えたって生まれも卑しく、また、立身出世も賭場でのものではないか。
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勇気あるチャレンジャーは地平線の彼方に置き去りにされ、馬主は半年間、恥辱のあまりに引き篭もるほどとなる
あまりの強さとオケイリーの態度の悪さゆえ、現役時代はレースの機会そのものに恵まれなかったエクリプスだけど、現役を退くと忽ち脚光を浴びる
文句なしの最強馬との種付け依頼が殺到した
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オケイリーのもと、エクリプスは文字通り孤独な勝利を重ねた。エクリプスが強すぎて誰もマッチしたがらない。単独でレースを走るエクリプス。
「エクリプス何するものぞ!」
と言う強気のオーナーもいたにはいたけど、オケイリーは親指を逆さに命じる。
「殺せ。エクリプス」