エリザ(@elizabeth_munh)さんの人気ツイート(新しい順)

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日本でも売名目的の立候補者は数多い。しかし、もし選ばれたとして、真面目に政治家をやれる性根の人がその中にどれだけいるか。 徒手空拳で天命と民意に従い、結果を出して燃え尽きたドラモンド氏はハートリプールの伝説になった。 しかしそんなドラモンド氏にも心残りが一つ。
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再度の市長選も、再々どの市長選も彼は勝ち抜き、ハートリプールの人達はドラモンド市長を敬愛する。 「ネタで投票したけど、案外いい市長なんでびっくりした」 ドラモンド市長は11年に渡ってハートリプールの市政を司る名市長となる。
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猿市長と彼を侮る市議会議員達との仲は悪かったものの、やがてドラモンド氏は市長として板につき、限られた予算で治安良化を進めるため、抜き打ちで特定の地域に対して集中的にコストを投じる事を繰り返すなど、ユニークな政策を取り、また、世界的ヨットレースの誘致にも成功。 見る目が変わる。
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「猿の事は忘れて下さい。私は通りにいる普通の人間で、支持母体を持ちません。だからこそ、皆の意見に耳を傾ける事ができます」 ドラモンド氏はずぶの素人で政治のアマチュアだった。立候補の動機はおふざけだった。ただ、伸びる意志はあった。彼は半年で修士号6つを取得する。
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しかしドラモンド氏は僅差ながら、何と市長に当選してしまう。市民も、周囲も、そして当人も困惑した。あからさまなネタキャラが。しかしドラモンド氏は困惑から立ち直ると、着ぐるみを脱いで勉強を始めた。 「選ばれたんだ。おふざけは抜きだ」
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降って沸いた公選首長選にハートリプールはちょっとしたお祭り騒ぎで、いたずら者が着ぐるみ着たまま市長選に打って出た。ハートリプールユナイテッドfcもナイスジョークと支援する。 「公約は、給食にバナナを提供する事です!」 当たり前だけど誰も真面目にとらなかった。
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「市長選に出てPRしよう」 折りしも時のイングランドは左派、労働党の改革により、直接選挙による首長選が住民投票によって各地に採択されてた。 即ち、従来イングランドでは市長とは名誉職であり、最も在任歴の長い議員が務めてたけど、これを公選制とする。
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こうして吊るされた猿ことハンガス氏はハートリプールの伝説となり、地元のサッカーチームのマスコットキャラになる。 ハートリプールユナイテッドfcはそこそこレベルのチームで、全国大会にはとんと縁がない。 着ぐるみの中の人、ステュアート・ドラモンドは一計を思いついた。
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ハートリプールの人たちは猿を見た事は勿論、フランス人を見た事もなかったので、猿とフランス人の見分けが付かなかった。 それでも自国がフランスと戦争してたのは知ってたので、ハートリプールの人たちは猿をフランス人とと思い込み、スパイだと裁判にかけて絞首刑にかけた。
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イングランド北部、ハートリプールにはとある伝説がある。 ナポレオン戦争の最中、難破してここに流れ着いたフランス軍艦には猿が飼われてて、水兵たちの慰みとして水兵服がその猿には着せられていた。 猿一匹を残して全滅した船をハートリプールの人達は発見する。
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世界一有名な富豪家と言えばロスチャイルド家。 元はドイツ系なんだけど、ナポレオン戦争の最中、英仏に振り回されるドイツは物流が混乱し、時の当主はイギリスに移住。 水を得た魚のように金融家としての能力を発揮し、たちまちイギリスいちの富豪に成り上がった。
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昨日に引き続き、もう一人、エリザをご紹介。 エリザ・アリシア・リンチはアイルランドの産まれ。後に女神ユノ(ローマ神話の結婚の女神。ギリシア神話のヘラに相当)に例えられるほどの美人だった。
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歴史の中では普通の人達が突然、英雄の役割を果たす事がある。 周囲のために自己犠牲を選んだエヤム村は『疫病の村』と称され、全イングランドにその名を知られる気高い精神を今でも讃えられている。
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それでもエヤム村はペストを乗り切り、村は放棄される事はなかった。 「神よ、感謝します。我々が気高く試練を克服する勇気を持てた事を」 誰一人黒死病の恐怖に駆られて逃げ出す事なく、ダービーシャーはペスト禍に晒される事はなかった。 疑いなくそれは350人の英雄のおかげだった。
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「我々の村から広げてはならない。たとえそれで我々が全滅しても」 エヤム村は最終的に350人いた村人のうち、260人が感染死すると言う甚大な被害を受けた。たった14ヶ月の事だった。その中には、モンペッソン牧師と共にペスト患者の看護に回っていた奥さんすら含まれていた。
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村の決断に感銘を受けた近隣の大貴族デヴォンシャー公爵が支援物資を送り、また、窮状に同情した周囲の村も食糧を送る。それらは全て境界線で留め置かれ、人がいなくなってから村人が受け取った。 金銭が絡む場合はコインを水で洗い、酢で浸した穴に入れて支払いをした。
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「俺はここの生まれだ。ここで死ぬ方がよっぽどいい。みんな、そうしようぜ!」 こうしてエヤム村は前例がない、自主隔離体制に入った事を周囲の村や領主に通告し、誰も入らないように境界線の石を並べ、彼らは村の中で孤独にペストと闘い始めた。
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(全能の神に身を委ねます) 二人が言うべき事を言った後、村人達は静まり、やがて声が挙がる。 「牧師様に頼まれちゃ、断れねぇな」 一人がそう言うと、たちまち続いた。 「ペストは村の責任だ。シェフィールドの連中や周りの村は関係ねぇ。ここで始末をつけようぜ」
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看護の甲斐なく、仕立て屋は僅か一週間で苦悶の末に亡くなり、次々と村を奇病が襲う。人々を凍り付かせたのは死体の皮膚が黒く変色した事だった 「ペストだ! 黒死病がやってきた!」 時は1655年。ロンドンでペストが大流行していた頃 仕立て屋が取り寄せた反物にペストを宿したノミが湧いていた。
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村の仕立て屋はロンドンから取り寄せた反物を受領した時、それが湿っていて、異臭がするのに違和感を覚えた。 「オイオイ、管理はしっかりしてくれよ……。これで上等の服を仕立てるんだから。仕方ない。暖炉で乾かすか……」 しかし程なく仕立て屋は体調不良に悩まされるようになる。
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歴史の中では、普通の人達がある日、思いがけず英雄になる事がある。 イングランド中央部、ダービーシャーの美しい村エヤムは17世紀、全イングランドに語り継がれる働きをした。
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ローラ・モンテス。本名、エリザベス・ロザンナ・ギルバートは19世紀前半のアイルランド生まれのダンサー。また愛人。 母親はアイルランドの郷士(貴族ではないがそれに準ずる身分)の庶子で、イギリス軍の士官と結婚し、共に任地であるインドに赴く。 しかし風土病であるコレラで父は急逝。
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イギリスに於ける女子教育の熱が高まったのは19世紀からと言われてる。しかし18世紀中頃、女性は慎み深く男性に慮るべきとした風潮に反旗を翻した女性たちもいた。 そうした女性達のサークルが、ブルーストッキング・ソサエティ。
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「そのノートは燃やしなさい。それから、この事は誰にも言わない事。聖書に誓いなさい」 こうしてオーバーロード作戦はクロスワードパズルが発端であわや頓挫するところだったのが実行に移された。 人の口に戸板は立てられぬ。最大級のプロテクトをしても、運用してるのは結局、人間だからね。