エリザ(@elizabeth_munh)さんの人気ツイート(新しい順)

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最早火葬を知らぬイギリス人は一人もいなくなり、火葬への切り替えが公に議論される。わずか3年後には初めての火葬が行われた。ジョークを通じて大衆を動かしたのね。 さて、一方火葬された事にされたイングランドのクリケットチームもユーモアなら負けてない。
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イングランドチームは猛批判に晒された。その時、火葬協会の一員でジャーナリストで風刺化のブルックスは天啓を受けたように閃き、記事を書く。 『イングランドのクリケット死す。遺体は火葬され、灰はオーストラリアに運ばれる模様』 このブラックユーモアは大ウケし、ブルックスは歴史に名を残した
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過密状態にあるロンドンでは墓の敷地も削らねばならなかった。さもなくば、生者が住む場所は更に限られる事になる。腐敗した遺体は病原菌にもなるし、『死後の医療』として焼いてしまう方がいいとトンプソンは考える。 しかしこうした合理的な考えはキリスト教と真っ向からぶつかった。
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ヘンリー・トンプソンは泌尿器科の医師で、尿結石に悩むナポレオン3世やレオポルト1世に非常に頼られた。 優れた医師であるトンプソンは公衆衛生にも関心があり、そのためにある改善が必要だと提言する。 即ち、伝統的な土葬から火葬への切り替えだった。
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当時、戦争は徹頭徹尾男の仕事で、女ができるのは男を戦争に駆り立てる事だったし、発案者が高位の軍人である事からも明らかな通り、それは社会からの要請でもあった。 捨て駒とも言える。実際、傷痍軍人や英雄に白い羽根を手渡した女達は惨めな道化になるしかなかったのだから。
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白い羽根運動は嫌悪を集め、参加者達はイカれた女だと囁かれる。 こうした狂った女から身を守るために政府が発行したのが先に挙げたメダルで、従軍した事、あるいは、国内で国家に奉仕している事を証明したメダルで、これがなければマトモに表を歩く事をできないほど白い羽根運動は加熱していた。
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焦点となった村が文字通り地上から消滅する程の激戦となった戦いの生き残りからすれば、白い羽根運動の滑稽さ無様さは明らかだった。こんな例が頻出する。ある軍人は白い羽根を渡された時、無言で隻腕を晒して追い払った。ある軍人に至っては、ヴィクトリア十字章受章の途中での事だった。
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とは言え運動はすぐに嫌悪感をもって迎えられた。戦争に疲れて一時的に休暇を与えられた兵士と、未志願者の区別がつく訳ない。アーネスト・アトキンスと言う兵士は休暇中に白い羽根を渡されて激怒し、その場で女性を平手打ちにした。 『お前はパッシェンデールを経験したのか!?』
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中々美しい意匠をしたシルバーのメダルだけど、第一次世界大戦期においてこのメダルは多くの男性が安全なはずの銃後の郷里で身を守るのに必要な盾だった。これ無しに外を出歩けば、耐え難い恥辱を与えられた このメダルは、国家に貢献した事を示すものであり、即ち、後ろめたい事が無いことの証だった
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バンタム大隊は名前だけを残し、事実上普通の部隊となって戦争を終えた しかし自ら望んで大戦に参加し現実が悲惨であることに気づいてなお戦い続けた彼らの勇気は大きい 最も背の低い下士官は144センチだったみたい。今より栄養状態が悪いとは言え、背の高い人を見返したい気持ちもあったでしょうね
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戦死した兵士の代わりに補充で背の高い兵士が入れられる事が増え、バンタム大隊は徐々に他の部隊と見分けがつかなくなる。 最終的に軍高官達は『小さな勇者』達にもっと相応しい仕事があると気づき、地下トンネル掘削部隊や戦車部隊など、体の小ささが役立つ部隊に元々のメンバーも異動する。
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『ビグラント議員とバーケンヘッドのバンタム大隊、結成さる』 と新聞紙は報道し、きっかけになった男はBBBと刻まれたエナメルバッジを受け取った。 バンタム大隊は期待通り、命知らずの勇戦敢闘を繰り返す。とは言え勇気だけで戦える戦争ではなく、バンタム大隊は消耗してきた。
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こうして身長145センチから159センチの男性を集めたバンタム大隊が結成される。 バンタムとは小型のチャボを指し、闘鶏にも使われた獰猛な鳥で、ボクシングのバンタム級の由来にもなってる。 イギリス中から比較的身長の低い男達が志願し、バンタム大隊は二つできた。
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男はかなりの勇者で、最終的に排除されるまで兵士6人をのした。 「どうだ! 身長が低いからって舐めるなよ!」 このニュースは話題となり、地元議員のビグラントは感動する。そもそも低身長の男達は背の低さを活かして炭鉱労働をやってて、ハードワークに慣れてる。
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イギリス政府は志願者を募るために条件を満たしてるにも関わらず志願しない男性を臆病者と罵らせる白い羽根運動をやってた。志願しない男性は男ではないと社会的批判に晒される。 そんな訳で戦意ある男性がバーケンヘッドの採用事務所で暴れる。 「意地でもどかんぞ! 腕づくで来い!」
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第一次世界大戦が始まった当初、イギリスは志願制を取っていたけど、兵士になれるのは比較的背が高く、体格のいい男性に限られていた。具体的には160センチ。 これは160センチ未満の男性達の自尊心を大きく傷付けることになる。 「背が低いからって臆病者扱いは我慢ならん!」
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スティルルームとは聞き慣れない言葉だと思う。 薬品の調合を行う蒸留室をスティルルームと言い、ここで働くメイドをスティルメイドと言った。家事一般が女性の仕事とされた時代、家庭医療は女性の職分であり、そのための専用の部屋も裕福な家庭にはあったのね。
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誰からもお菓子貰えないから問答無用で悪戯するかな。 みんなの家のお庭にミントをばら撒き、タケノコを植えよう。
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ヴィクトリア朝時代のイギリスでは教育需要が高まった。政府としても帝国を支える労働者の質を高めるため、教育を推奨して学校に補助金を出す。 しかし教師がそもそも希少なので、特に貧しい現場では字も読めない無学者が無意味な体罰で子供を躾けるようなところも出る。
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日記文学の書き手の事をダイアリストと言い、その作品は読み物として面白いだけだなく、しばしば歴史の重要な証言者にもなる。日本だと清少納言、紫式部、江戸時代なら朝日重章が有名ね。身分の高い人ばかりでなく、本来なら歴史に埋もれていたような人が後世、脚光を浴びたりする。 twitter.com/elizabeth_munh…
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コレラ撲滅の基礎となった医師をジョン・スノウと言い、疫学の父と称されるんだけど、この人は少し変わったところがある。 完全禁酒主義者でかつ菜食主義者。修行僧のように真面目な人だったのね。
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いつもありがとうジョゼフ・フーシェ。ヤバいと思った人から直感的に距離を取るのは正解だわ。それで後悔したことが無い。
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ナポレオン戦争が終結すると、イギリスでは大戦の犠牲者の慰霊碑を建てようと言う計画が持ち上がった。 ロンドンでの計画に触発されてスコットランド首都エディンバラでも同様の計画が持ち上がる。スコットランドの上流階級はロンドンに対抗意識を燃やした。
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時代と共にイギリスではハンティングが贅沢になった。 というのも、動物を養ってた森が農地の拡大や商船、軍艦の作り過ぎ、その他建材や燃料として消滅して行ったから。 かつて、森が豊富だった頃はハンティングは誰でも出来たし、森は自由に使えたけど、制限がかかってくる。
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イギリスの貴族たちは権威を示すため、また、地元に雇用をもたらしたり、政治的な会合のために豪壮華麗なカントリーハウスを建てた。 しかし中にはとんでもない変わり者もいる。それが第五代ポートランド公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュ。 彼は地下に住んだ。 twitter.com/elizabeth_munh…