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人痘に関して。
メアリーが自分の子供に人痘を施して以来、イギリスで人体実験が行われ、人痘は普及する事になる。まずは恩赦を餌に志願した死刑囚に試された。やり口が中々荒っぽい。その後は孤児に試され、彼らが無事だった事から普及し、国王の子供にも人痘が接種されるようになる。
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こうしてイギリス初の予防接種が行われ、メアリーの娘はしばらく軽度の発熱をしたものの、抗体を獲得した。
メアリーは近隣の人達にも人痘を紹介し、希望者には接種させる。伝統的な医師達は反発したものの、実際効果が出ているのを見ると黙らざるを得ず、瀉血と下剤を併用する条件で許可した。
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メアリーは密かにトルコにいた頃からの主治医であるメイトランド医師を呼び寄せた。彼女は自分がやろうとしている事がどれだけ社会的に危険なのかを知っていたので、手紙は万一開封された場合に備えて非常に婉曲的な表現だったものの、要は人痘を娘に接種するよう書かれた。
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1721年、イギリスに帰還したメアリーはまたしても天然痘が流行しているのを知り、家族と共に家に閉じこもった。息子はともかく娘はまだ人痘を摂取していない。しかしここはトルコではないから人痘が接種できる環境でもない。
とは言え娘を無防備なままでいさせる事に彼女は耐えられなかった。
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人痘と言う予防接種だった。天然痘に一度罹った者は2度とかからない事はよく知られており、アジアでは比較的毒性の弱い天然痘を接種する事で天然痘を予防することが行われていた。
メアリーは幼い息子にこの方法を試す。息子は少しの間発熱したものの、無事で天然痘の抗体を獲得した。
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「いたずらに瀉血と下剤を施しても衰弱するばかりだわ。どうにかしないと……」
そんなある時、メアリーはトルコ大使である夫に帯同してトルコに赴く。そこでメアリーは衝撃的な光景を目にした。天然痘患者の膿を採取し、健康な人達の皮膚に植え付けている。
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天然痘の流行だった。最愛の弟が罹患して亡くなり、彼女の親しい友人も亡くなった。メアリー自身も罹患し、何とか生き延びたものの、彼女はまつ毛を全て失い、弱視となった。天然痘の恐怖をメアリーは正しく認識し、それに対する医療がおまじないレベルなのを知った。
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イギリス史に悪い意味で名を残す卑劣な暗殺者、同胞殺しとしてわたし達は彼らを記憶していた事でしょう。
大英帝国の暗部を請け負う覚悟だった彼らは、幸運にもその刃を敵にのみ向けることが出来た。
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やがて戦況がイギリス優位に傾くとドイツの侵攻の可能性は低下し、秘密軍は解散する。彼らはSASなど特殊部隊に挙って志願し、誰より勇敢に戦い、戦死者も数多出たものの、英雄になった。
しかしもし、彼らが本来の役割を果たしていたならば。
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彼らは秘密厳守を命じられると同時に、一般の軍隊に参加することを禁じられた。このような汚い任務に従事する事を選択し、専門訓練を受けた秘密軍はイギリス最後の切り札だった。
故に彼らは表向き、臆病者と見做され、臆病者の白い羽を贈られる。もちろんぐっと我慢し、誰も何も言い返さなかった。
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即ち、口を割るかも知れない無辜のイギリス人を予防的に殺せという事。
このような部隊が行動を始めた場合、間違いなく地元の人達は危険にさらされる。怒ったドイツ軍は市民の殺戮を始めるでしょう。正にそれが狙い。ドイツの凶暴性を引き出し、市民を戦争に巻き込む。イギリス全土に混乱と不信を。
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彼らは王立工兵隊が作った地下秘密基地に潜み、一般のイギリス人に紛れて暗殺や破壊工作を繰り返すことに特化して訓練を施された
イギリス人のドイツ協力者を殺害する事すら任務に含まれていたし、ドイツが上陸するまで決して開封するなど言われた命令書には秘密部隊の存在を知る者を消せと書いていた
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イギリス全土の沿岸部の街から特に優秀と思われる志願者3500人を選抜して結成されたこの部隊の役割は、本土上陸を果たしたドイツ軍を相手に後方攪乱を行う事だった。
すなわち、暗殺。一人一人が何の援護もなくひたすらドイツ兵や軍高官を殺して周り、混乱を齎すのが役割。
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1940年、ダンケルク撤退の大成功は萎えかけていたイギリスの戦意を再び燃え上がらせたものの、1人でも多く兵士を返すため、重火器や車両の類は全て放棄してきたイギリスは素手も同然だった。
その上でドイツの本土侵攻の可能性が高まる。イギリスは悲愴な本土決戦の覚悟を固めた。
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終戦までマルベリー港は機能し、臨時の港は250万の大軍とその補給物資を大陸に送り続ける連合軍最大の港となる。
奇想兵器スレスレだけど、その実態は戦争の決定力たるに相応しい、正に戦略兵器。
ドイツの移動要塞ラーテなんて可愛いもの。
移動港ほど恐ろしいものはないでしょう。
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上陸作戦の2日目からマルベリーAとマルベリーBの二つの移動港は組み立てを開始した。ドイツ軍は唖然とする。
「奴ら、港を持ってきやがった!?」
天然の良港カレーは要塞化していたものの、上陸に適さないノルマンディは手薄。返り討ちにするはずが、マルベリーが稼働すると怒涛の勢いで敵が増える
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作っている人達も自分が何を作っているのか知らなかった。ドイツのスパイはマルベリーの各ブロックの情報を掴んでいたものの、まさか港をまるごと移動させるとは夢にも思わず、計画は完全に秘密を保ったまま実行の日を迎える。
1944年、ノルマンディ上陸作戦が始まった。
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さりとて船が接岸出来るくらい十分な深さを持つ優良な港はハリネズミのように要塞化されており、これを力攻めにするのはかなりの困難が予想される。そこで出たアイデアこそが、移動する港だった。
「防波堤、桟橋、道路を分割し、曳航して現地で合体させて臨時の港とする」