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ワースはイギリスの上流階級に参加し、華美な生活を送った。彼の犯罪指揮ぶりは円熟の極みに達し、名前も顔も明かさず、言葉一つ発する事なく数多の犯罪を指揮する。犯罪ネットワークの中核、暗黒街の犯罪王と彼はなった。スコットランドヤードは何かがいる事は分かっていても、ワースの影も踏めない。
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執念の名探偵ピンカートンが大西洋を渡ってワースの店に入ってきた。ワースは生まれて初めて恐怖する。
「絶対偶然じゃない……! 奴は俺様を地の果てまで追い詰める気だ! ねぐらを知られた以上、ここにはいられない!」
ワースは店を放棄し、イギリスに逃げる。ピンカートンは地団駄踏んだ。
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「あの時のジャンパーか? 丁度いい、今度こそ捕まえて、これまでの借りを返させてもらおう!」
ピンカートン探偵だった。流石のワースも名探偵には分が悪い。
「ええい! しつこい男だ。何故あいつは俺様を認識できる!?」
ワースはイギリスに逃げ、ピンカートンを撒いた。
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ワースのビジネスは銀行強盗にまで拡大した。逮捕されても当然のように脱獄する。どころか、有望と見込んだ囚人の脱獄を手伝い、相棒にしてしまう始末。
金庫室まで地下トンネルを掘って強奪するなど、大胆な犯罪を重ねるワース。しかしそんな彼の影を捉えた男が。
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こうしてワースはギャング達の親玉となり、犯罪をビジネス化した。その辣腕ぶりはカリスマ性を帯びる。また、彼は犯罪はやっても決して嘘はつかず、身内が捉えられれば利害損得抜きで奪還に動いたため、仲間達は彼を強く信頼する。逆説的だけど暗黒街でこそ信用が大事。危ない橋を渡るのだから。
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ワースはジャンパーを辞めた。どのみち戦争にも終わりが見えてきた頃
名前と顔のない男ワースは裏社会を生きるのに有利だけど、裏を返すとマトモな道は歩めない。彼はニューヨークでスリを始める。ワースはやがて自分でスリをやるより、スリを教えたり、多数のスリを指揮する方が割りに合う事に気づく
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「恥知らずどもをひっ捕らえろ!」
腕利きの賞金稼ぎや探偵社がジャンパーを捕まえる。ただの脱走兵よりジャンパーは憎まれており、最悪処刑があり得た。中でもピンカートン探偵は名うての追跡者で、ジャンパーを次々捕まえ、やがて彼はワースを追う。
「ちっ、厄介な奴に目をつけられた!」
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ワースはバウンティ・ジャンパーになった。志願すると見せかけて報奨金を受け取ったら逃亡し、また別の連隊に志願を繰り返す。ただでさえ誰だか分からない人間で、しかも戦死した事になっているワースを誰も捉えられない。
当時こうしたジャンパーはとても多く、南北両軍が激怒していた。
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親も兄弟も親戚もなく、地縁もなければ出自も不明のワースは誰だか分からない人間で、彼は誤って戦死者に自分が入れられている事を知る。ワースはニヤリと笑った。
「こいつはいい。俺はこの世から消えてしまったらしいぞ!」
ワースは密かに病院を去り、名前と顔のない人間となる。
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17歳の頃、南北戦争が始まった。
ドイツ生まれのユダヤ人であるワースにアメリカに対する愛国心などないし、郷土がどこにもないのだから郷土愛もない。ただ、志願する事によって得られる報奨金目当てに年齢を偽って北軍に志願した。
しかし緒戦で彼は負傷し、後送される。
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ワースはドイツのどこかの貧しいユダヤ人の子として生まれた。
ワースが5歳の頃、両親は彼を連れてアメリカに引っ越す。父親は職を得たものの、ワースは何を思ったか10歳の頃に家出をして1人で生き始める。親から切り離され、都会に埋もれると、誰も彼の出自を知る者はいなくなった。
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同意に基づく警察行為。 twitter.com/elizabeth_munh…
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裁判所は納得した。こうしてストラットン兄弟は有罪となり、絞首刑となる。
この一件はイギリスで初めて科学捜査法が導入され、成功を収めた事件となった。
今時は指紋法も古臭いけど、まだまだ現役のやり方。犯罪は高度化しても指紋は変えられぬ。
自白に頼らぬ確たる証拠に警察は一歩進んだのね。
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「……指紋は二つとして同じものがなく、人間の鑑定書とでもいうべきです。お疑いでしたら、皆様、親指を。ここにあるデータベースのどれひとつとして一致するものはないと断言します。
正に、容疑者の指紋がこのデータベースのどれとも一致しなかったが故に、我々は真実に辿り着けたのです」
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「破廉恥な!?」
流石にこんなのに乗る検察でも弁護団でもなく、ガーソン博士は放り出された。
反論の手を失った弁護団に対し、検察は指紋鑑定の第一人者コリンズ刑事を証人に出し、コリンズ刑事は8万ものデータベースをもとに話し出す。
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しかし事態は思わぬ事から進展する。
まず、ガーソン博士は指紋の専門家ではなく人体測定の専門家であり、その反論には信憑性が乏しかった。
そしてガーソン博士は裏で弁護団と検察に密かに接触を持ち、どちらがより自分にお金を払ったかで証言を翻す事を仄めかしていた事が明らかになる。
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警察は指紋法が科学的に立証された捜査法であることから説明をしなければならなかった。しかし専門家には専門家と、弁護側もその論拠を崩しに来る。コリンズ刑事の教師でもあったガーソン博士が証人となって立ちはだかった。
睨み合う検察と弁護団。
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しかし問題は指紋法が当時、最新の捜査方法だという事だった。裁判所はこのやり方で犯罪者を裁いたことがない。知見もない。
弁護側は当然そこを突く。状況証拠は真っ黒でも、確たる証拠は指紋を除けばないのだから。
「そもそもその、指紋法とやらは確かなのですか?」
警察は苦境に立たされた。
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「ストラットン兄弟に犯罪履歴はありません。そして現場には覆面に使ったと思しきストッキングが。状況は完璧に真っ黒です! 後は、指紋を採取するだけ!」
警察はストラットン兄弟を猛追し、拘束。指紋を採取する。金庫に残された指紋と2人のそれは一致した。現代ならそのまま有罪間違いなし。
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早朝から2人の男が店から走り出していた証言がたちまち集まる。その1人は男が悪名高いチンピラのアルフレッド・ストラットンであると証言した。警察はストラットンのガールフレンドに聴取し、ストラットン兄弟が彼女からストッキングを事前に入手していた事、突然大金を持って家に帰ったことを証言する
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「なるほど、つまり容疑者は犯罪履歴なしという事だな」
指紋鑑定の第一人者、コリンズ警部は闘志を新たにする。
「まったくの素人にできる犯行じゃない。犯罪履歴はなくてもその周辺にいた奴らに絞れ。目撃証言を取るぞ!」
こうして操作チームは気持ちを切り替え走り出した。
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1780年ごろに指紋は一人一人違うのではないかと言われてから100年以上経過し、ついにロンドン警視庁は最新の捜査法として指紋鑑定を導入していた。きっかけの一つは日本の拇印だったと言うから面白い。
しかし現実は甘くない。徹夜を重ねて8万もの指紋全てをチェックしても該当者なし。
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状況証拠や目撃証言で絞り込む事は出来る。しかし確たる証拠というのならもう自白に頼るしかなく、中世来、拷問が頻繁に用いられていた由縁だった。しかし『同意の下の警察行為』を掲げるロンドン警視庁に拷問の権限はない。
「なら……あの手で行くか」
しかし彼らには切り札があった。