エリザ(@elizabeth_munh)さんの人気ツイート(新しい順)

351
1866年、二隻の船が血眼でロンドン目指して航海していた。船員は水夫一人に至るまで必死で、何としても引き離してやろう。何としても追い抜いてやろうとデッドヒートを繰り広げる。 「船乗りの意地にかけても、絶対に負けん! 世界最速は俺のものだ!」 話のきっかけは200年前に遡る。
352
「もし24時間、海峡に霧が立ち込めれば、歴史を変えてみせる」 とはイギリス上陸を遂に果たせなかったナポレオンの言で、上陸されたら後がないイギリスはフランス艦隊を24時間365日監視し、動きがあればすぐに潰しにかかった。 しかしそんなイギリスもフランス軍の上陸を許した事がある。
353
ガンファイア(銃撃戦)と言うと中々勇ましい光景を想像するけど、その名を冠したカクテルがイギリスにはある。紅茶とラム酒のブレンドで、見た目お茶に見えるけど度数が中々高い。 1890年ごろに作られたと言われていて、その名前からも明らかな通り、軍隊に由来する。
354
Twitterはすぐ炎上するから話題は避けないとならない。 燃えない平和的な話題。つまり、政治、経済、宗教、ジェンダー、コロナ、野球、サッカー、芸能の話をみんなでしましょう。
355
安価で、誰にでも開かれている一方、クローズドな側面も持ち、ありとあらゆる話題が集中し、過激な議論や罵り合いが身分の高低を問わず日々繰り返される。 コーヒーハウスは17世紀から18世紀のヨーロッパの思想醸成の場として機能し、革命派の温床にもなった。 いつでも、こうした場は魅力的ね。
356
また、紅茶ブームが始まるとコーヒーの人気も衰え、熱狂的だったコーヒーブームも18世紀終わり頃にはすっかりと収束する。 再度、カフェが開かれるけど、それは女性でも安心して訪れることのできる優雅な雰囲気のお店で、かつてのわい雑なコーヒーハウスとは似ても似つかなかった。
357
コーヒーハウスは18世紀の中頃まで流行したものの、混沌とした空間を楽しんでいた利用者達は、やがてそれぞれの階級に相応しい方向に分化していく。高級層はクラブに、庶民はパブに。 コーヒーハウスは情報と話題の独占者であり続けるため、独自の新聞を作ろうとしたけど、それは嘲笑を買った。
358
やむなく禁令は撤回される。次代のジェームズ2世の時にはせめて扇動的な出版物を置くなとやや緩めの禁令が出るも、これも敢えなく撤回。ゴシップと扇動はコーヒーハウスの華。撤去できる訳がない。 こうしてコーヒーハウスは身分秩序の強いイギリスで異例の平等な空間として栄えた。
359
1675年、国王チャールズ2世が禁令を出す。チャールズ2世は清教徒革命でイギリスを追い出され、命辛々、なんとか国王に復帰した人で、反体制派の怖さは身に染みて知っている。 しかし国王を以てしてもコーヒーには勝てない。 「国王横暴! 議論させろ! コーヒー飲ませろ!」
360
王政府もコーヒーハウスの状況に真っ青になる。最も知的な人たちが最もわい雑な言葉で日々、喧々轟々の議論をやるし、その中にはかなりの程度政権に批判的な言葉が含まれていた。悪魔の飲み物は伊達ではない。 「反体制派の溜まり場ではないか! コーヒーハウスは禁止!」
361
余りに居心地がいいので入り浸る人が続出した。中には住み着いてしまう人すら出る始末。 コーヒーハウスは女人禁制の男の社交場で、爪弾きにされた女達はコーヒーハウスに憤慨し、コーヒー害悪論を展開する。 「ウチの夫がもう何日も家に帰ってこない! コーヒーのせいだ!」
362
政治、哲学、思想、文学、科学、宗教、ゴシップ、ニュース、ビジネス、ありとあらゆる事が話された。 紳士もいたし庶民もいた。悪党もいたし女衒も詐欺師もいた。ありとあらゆる話題がコーヒーハウスに溢れる。 やがてコーヒーハウスは『ペニー・ユニバーシティ(1ペニーの大学)』と呼ばれる。
363
身分階層の異なる者が、異なる知見をそれぞれ持ち込み、酩酊するでなく、逆にクリアな頭で話し合う。コーヒーには軽い覚醒効果と興奮作用があった。時には激しく議論になることもある。世界が広がる。知らない事が知れる。 楽しい。 コーヒーハウスはたちまち大人気となった。
364
元々知的エリート達の場であったコーヒーハウスは、庶民がやってきた事で多様な階層が一緒に過ごす混沌とした坩堝となった。 「旦那ぁ! 新聞を読んで下せぇ! 俺っちは字が読めねぇんでさ!」 「よし来た。昨今の政治状況はな……」 文字が読める者はそうでないものに日々のニュースを伝える。
365
焼け落ちたロンドンが急ピッチで再建されていく。元々の店を失った人達は、いい機会だからコーヒーハウスでもやるかと考え、ロンドン中でコーヒーハウスが開店した。 コーヒーはありふれた飲み物となり、庶民もコーヒーハウスに通い出す。何せ席料込みでコーヒーいっぱい、たったの1ペニーだった。
366
有益な効果を表す嗜好品として彼らはカフェイン中毒になっていった。 「コーヒーは身体にいいし、思考力が高まるらしい」 口コミでコーヒーへの憧れが広まる。飲んでみたい。そんなある日、大事件が起こる。 ロンドンを大火災が襲い、市街の9割が焼失した。ロンドン大火。
367
コーヒーハウスが初めてロンドンにできたのは1652年だった。 この頃はハイソな飲み物扱いで、大学生や銀行家、保険会社のビジネスマンなど、排他的な知的エリートの溜まり場で、普通の人は入れなかったけど、彼らはたちまちコーヒーの魅力にハマる。 「酒と違って酩酊しない! 頭がクリアになる!」
368
1650年代、イギリスに初めてコーヒーが紹介された。 当時、コーヒーはイスラム圏と付き合いのあったヴェネツィアくらいしか飲まれておらず、口当たりもあまりよくなかったので悪魔の飲み物ではないかと当初思われていたものの、頭痛や痛風、皮膚病に効くとされて受け入れられる。
369
北アメリカと南アメリカの結節点の国、パナマと言えばパナマ運河で有名。その重要性は一目見れば明らか。大西洋と太平洋の繋ぎ目。 17世紀終わり頃、このパナマの重要性に目をつけた計画がスコットランドで持ち上がる。それがダリエン計画。
370
苦手な経済の話をします! 誤謬があった場合、強目の指摘をされたら泣きながらツイ消しするね。 18世紀初頭、我らがイギリスと、我らが最愛の好敵手フランスは第二次英仏百年戦争を戦っていた。 とにかく戦争続きで無理に無理を重ねてるので、両国ともとんでもない負債を抱える事に。
371
犯罪のナポレオンは、百年経っても色褪せない探偵小説を通じて、今も多くの人達をワクワクさせている。
372
犯罪王にトドメを刺したのは名探偵でも、名刑事でもなく、額縁に納められていた魔性の美女だった。 ピンカートンはワースの子供達の後見人となり、探偵と犯罪王の奇妙なチェイスは終わる。 ピンカートンはホームズに、ワースはモリアーティとなった。
373
「デヴォンシャー公爵夫人……。お前が見つけたことにして、返してくれないか? 報奨金も出るだろう。俺に回してくれ。もう、昔のように怪盗ができないんだよ……」 ピンカートンは承諾し、四半世紀も行方不明になっていたデヴォンシャー公爵夫人は再び表舞台に現れた その一年後、ワースは亡くなる
374
出獄後、ワースはライバルのピンカートンに連絡を取った。 「不思議なものだ。今となっては友達と言えるのはお前しかいないような気がする」 名探偵と犯罪王は和やかに語り合い、ピンカートンはワースの伝説を事細かに記録した。 「最後に頼があるんだ」
375
しかし盗んだ絵を見た時、ワースは驚きの余りに目を見開く。 「天使が……。いや、女神か……」 『デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ』 イギリスを代表する画家、ゲインズバラの傑作だった。孤独な犯罪王ワースは絵に恋をする。