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当時の常識では、大型船は沈むまでにはかなりの時間があるので、その間に付近の船が駆けつけてくれると言うのが常識だった。
しかし実際にはこれは誤った観念で、タイタニックは急速に斜度を深める。救助を当てにした設計のタイタニック号の救難ボートの数は乗客の数にまるで足りない。
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1935年、北アフリカで2人の女性が一台のオートバイと、それに接続されたサイドカー。そして牽引するトレーラーと共に鷹のような目で南を見据えていた。
「もう後には引けない。行くよ」
「ええ、目指せケープタウン」
前代未聞の大冒険。女2人、バイクによるサハラ砂漠縦断への旅の始まりだった。
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グリフィスは戦争への貢献から騎士爵、次いで準男爵を授かる。しかし現代に至るまでトンネル掘削部隊や後方で炭坑労働に尽くしてきた人達が表彰されたとは聞かない。
総力戦の中では誰もが英雄のはずだけど、最も苛烈な労働量なのにね。
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船長も、クルーも、同型船オリンピック号のクルーをそのまま引き継ぎ、万一にも問題が出ないよう取り計らい、タイタニック号は処女航海に出る。『不沈船』タイタニックの出航は大ニュースになった。
「……その異名はオリンピック号のものでない? トラブル体質まで引き継ぎゃしないわよね?」
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ていうかこの状況でオリンピックやって問題出なかったんだから間違いなく世界で一番コロナを上手く捌いた国でしょうね……
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しかし排水量45000トンの巨大船舶も氷山には勝てない。処女航海でタイタニック号は沈没する。ベッドで寛いでいたジェソップは跳ね起きて着替えると、乗客を甲板に誘導し始めた。
「大丈夫です! 本船はそう簡単には沈みません! 付近を航行する船が必ず駆けつけてくれます!」
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1721年、イギリスに帰還したメアリーはまたしても天然痘が流行しているのを知り、家族と共に家に閉じこもった。息子はともかく娘はまだ人痘を摂取していない。しかしここはトルコではないから人痘が接種できる環境でもない。
とは言え娘を無防備なままでいさせる事に彼女は耐えられなかった。
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19世紀末、ロシア帝国で大規模なユダヤ人迫害であるポグロムが起こると、ロシアに住むユダヤ人達は他国に亡命した。
イギリスにも12万ものユダヤ人が亡命してくるけど、彼らの殆どは貧しく、手に職もなく、貧民街のイーストエンドに定住した。
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マーシャルはヴィクトリア時代の中流階級憧れの高級料理を彼女の生徒達に仕込む。アンチョビビスケット、カメのスープ、子牛の頭のエスカロップ、アスピックのウサギのクリーム。
レシピは簡略化され、動作をパターン化し、誰でも作れるようマニュアル化される。
料理学校は大評判となった。
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「いつの日か、自動車に冷凍庫が搭載され、どこにいても新鮮な食材が使われる日が来るでしょう。
やがて、大型の生鮮食品店が庶民の生活の柱になる日が来る。私には分かる」
マーシャルは最新の科学技術に興味津々で、それが社会にもたらす変化を正確に予測した。
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サッカーワールドカップの決勝戦に出場したイングランド人を何と呼ぶ?
レフェリー
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話題の『底辺』企業、見てみたら『Fラン大学』とかも平気で使ってて、多分日頃からこういうやり取りを身内とやってて、危険領域が分からなくなってたんだろうな。
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魅力的で無いはずがない。
騎手達を西部の女は鈴なりで迎え、嬌声で歓迎し、彼らの一部でも剥ぎ取れないかと疾走する彼らに手を出した。
ポニー・エクスプレスの騎手達は大いにモテる。
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照明のために使われていたガスをソワイエは厨房に転用する事を思いつき、こうして世界初となるガスコンロが生まれた。当時世界で最も洗練されたインフラを持つロンドンだから出来たことね。
ソワイエの厨房は評判になり、彼はイギリスいちの料理人となった。
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犯罪王にトドメを刺したのは名探偵でも、名刑事でもなく、額縁に納められていた魔性の美女だった。
ピンカートンはワースの子供達の後見人となり、探偵と犯罪王の奇妙なチェイスは終わる。
ピンカートンはホームズに、ワースはモリアーティとなった。
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マーシャルは当時のどの冷凍庫よりも高性能な冷凍庫を発明し、それを使ってアイスを急速に造り、販売する。巧妙なマーシャルは冷凍庫そのものも売りつけて回った。
「レシピは公開してます。私の冷凍庫さえあれば、誰でも私のアイスは作れますよ」
憧れのアイスに大勢が殺到。
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無論この離婚は法的な意味での離婚ではなく、法的には新しい夫に買われた妻は依然として前の夫の妻だった。しかし社会的合意としては紛れもなく離婚として捉えられてたのね。
ナポレオン戦争中、イギリス軍は数多の戦死者を出すけど、戦死の誤報も飛び交った。当時の女性は一人では生きられない。
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エリート街道まっしぐらで、イギリスの食の頂点に達したソワイエはこうして、砲弾降り注ぐ戦場の料理人となり、戦争中、野営のテントの中でも構わず万人のための美食を追求し、限られた食材を如何に美味に調理するかを研究し、発表した。やがてその本はベストセラーとなる。