飯間浩明(@IIMA_Hiroaki)さんの人気ツイート(古い順)

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APIというのはインターフェイスの一種、非常にざっくり言えば「仕組み」の一種ですね。たとえば、ツイートを投稿したり閲覧したりする場合、ツイッター閲覧アプリはサーバからそのための「仕組み」を呼び出す。今回、その呼び出し回数に制限がかかった、ということと理解していいんでしょうね。
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ところが、面白いことに、「APIを使い切る」「API消費」「API配給」のようにAPIを「資源」の一種と捉えたり、「APIで見れない」「API来る」「API引っ掛からん」のように「制限そのもの」と捉えたりする用法があるようです。指摘している人、多いですが。
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「APIを使い切る」は、「ギガ」(単位)を「ギガ(資源)が減る」などと使うのに似ています。また、「APIで見れない」のように「API」を「API制限」の意味で使うのは、「USB」を「USBメモリ」の意味で使うのと、どこか似ています。今後、制限が継続するならば、こうした言い方は定着するのでしょうか。
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ツイッターのAPI制限と、「TweetDeck」などの閲覧アプリが使えなくなったことで、ことば観察の作業に大きな支障が出そうです。これまで、たとえばツイッターで「普通の」「普通な」のどちらが多く使われているか、一定時間のツイートをすべて取得して調べたりしていました。これができくなりました。
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野球中継を見て「なんでそんなボールが取れないんだ」と、ポテトチップスを食べながら無責任につぶやく。独りのときなら許されるかもしれない。それと同じ気分で、みんなが見ているSNSでついつぶやいてしまう。そういう人を「チップス君」と呼んだらどうか。ChatGPTに提案したらたしなめられましたが。
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「的を射た意見」も「的を得た意見」も、特に戦後広まったと『三省堂国語辞典』第8版にありますが、戦前はもっぱら「正鵠(せいこく)を得た」でした。「正鵠」は的の中心の黒点。「得る」はうまく捉える意です。「的を得た」はそのバリエーションです。国会図書館の資料から時代的変化が分かります。
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「『的を得る』は本来は『的を射る』だった、でも最近は『的を得る』も認められた」というのは誤解で、「本来」を言うならば「正鵠を得る」でした。戦後、「的を射る」がやや先行して増え、「的を得る」が追う形ですが、どちらか一方が正しい、間違いとは言えません。このことは強調しておきます。
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「熊様の動物」について、真面目だけれど巧まざるユーモアの含まれた説明ですね。 twitter.com/hakodate119/st…
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「○○様(よう)の」という言い方については、『三省堂国語辞典』第8版でわりと分かりやすく説明しています(宣伝)。「熊様の動物」は、たしかに「熊さま」とも読めますが、警察発表などの硬い言い方で使われることは知っておきたい。「バールのようなもの」は「バール様のもの」ですね。
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「狂う」などのことばが漫画でNGになって困るという趣旨のツイートを読みました。出版社は対象読者、偏見防止などを考えて用語を決めているはずで、必ずしも「ことば狩り」とは思いませんが、出版社と作家とで意見が違う場合は話し合ってほしい。発言力のある作家さんには特にお願いしたいです。