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「代替(だいたい)」を「だいがえ」と読み、「代替え」と送り仮名をつけるのは、いつ頃からでしょうか。1952年の『明解国語辞典』改訂版では「代替」に「だいかえ(がえ)」の読みがあり、さらに1960年の『三省堂国語辞典』初版には「代替え」があります。当時すでに認識されていた表記のようです。
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「逆からブランチ」の記事を見ながら、私も久し振りにやってみました。面白かった。どの辞書でもできますが、最後のほうに古い意味が並ぶ『大辞林』は具合がいいかもしれません。あなたもぜひお楽しみください。▽辞書を使った新しいゲーム「逆からブランチ」を考えました dailyportalz.jp/kiji/jisho-gam…
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10月5日の記事。「忙しい」「ご多忙」は忌みことばだ、というのが最近のトンデモマナーであることを強く示唆し、参考になります。昭和や平成のマナー本にも「ご多忙」とあるとのこと。「忙しい」「多忙」は日本語の中でも基本的な語であり、これを使うなというのは無茶です。j-cast.com/2019/10/053685…
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「多忙」を忌みことばとして、代わりに「多用」を使う、という会社もあるそうです。ところが、最新の『大辞林』第4版によれば、「多用」は〈やるべき事が多く忙しいこと。多忙〉で、「多忙」とほぼイコールです。一般のなじみ度から言えば「多忙」が勝るので、無理に言い換える必要はないでしょう。
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「多忙」「多用」のようなほぼ同等のことばA・Bがあるとき、「私はAが適切と思う」「私はBを使いたい」というのは個人の自由です。ところが、「こう使うのがマナー」「こう使いなさい」と主張するとなると話が別で、昔からの伝統があるなどの根拠が必要です。その根拠が曖昧なのがトンデモマナーです。
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「多忙」は本人の能力が低い意味合いがあるのでNG、「多用」はその意味合いがないのでOKと聞いた、というリプライも多いです。私に言えるのは、歴史的にそういう区別はなかったということのみ。個人的にはどんな語感を持つ自由もありますが、それをルールとして発信している論者がいるならば問題です。
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「多忙」失礼論は、おそらく、まず「忙」が「亡」を含んで不吉なので使用は不適切という話が生まれ、それだけでは弱いので、「実は相手にも失礼なんです」という理屈が後づけで誕生したのだろうと推測します。そういう意味合いを感じる人がいてもいいのですが、マナーではないということです。
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「多忙」は明治の海外視察報告書『米欧回覧実記』(1877年)の〈五六月までは、事務多忙なり〉という例あたりが古いらしい。100年以上にわたって、このことばはまさしく多忙に働いてきました。怪しげなマナー本の主張によってその使用が控えられるとしたら、日本語にとって大きな損失です。
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ことばの陰影を描写することで有名な『新明解国語辞典』第7版で「多忙」を引くと「仕事が多くて、くつろぐひまが無いこと(様子)」とあります。くつろぐ暇のない相手を気遣って使って差し支えありません。「忙しい」「多忙」ということばを奪われた言語生活は相当不自由になるのは確かです。
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「せんべい」を「せん遍゛以」と変体仮名(今では使われない昔の仮名)で表記する例はよく見ますね。記事では「草加特有」の表記ではとありますが、草加以外でも。全国的に偏りはあるのかな。私の撮った写真を添えておきます。▽東京新聞 tokyo-np.co.jp/article/saitam…
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女子高校生などが自分を「わい」と呼ぶことについて、テレビ番組のインタビューを受けました。実際の放送を見て、少なからず驚きました。〈自分を“わい”と呼ぶ女子 ルーツは青森の女子高生!?〉なんてサイドテロップが出ていて、私が話した内容と大分違う。青森方言がルーツではないでしょう。
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ネットの反応を見ると、「わい」は「2ちゃんねる(なんJ板など)が発祥だろう」という意見が多いです。私も掲示板で「わい」が流行している様子をリアルタイムで見ていました。その前段階として、「わい」はアニメの人物のキャラづけに使われました。そういう経緯は、放送では無視された形です。
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インタビューを受ける際は、番組の趣旨をもっと確認しないと、と反省しています。今後この種のインタビューは受けない、という気持ちはなくて、お役に立つことがあればぜひご協力したい。ただ、「番組ではどこまで調べていますか」「どういう結論になりそうですか」ということは聞いておくべきですね。
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放送では、青森県むつ市の高校や街頭でインタビューが行われていました。若者も年配の人も「わい」を使っているという当事者の証言がありました。これは情報として価値があります。ただ、だからといって〈自分を“わい”と呼ぶ女子 ルーツは青森の女子高生!?〉というのは飛躍です。
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ちなみに言うと、放送で〈青森県では「わい」がより省略化された「わ」〔私〕と、「な」〔あなた〕という方言もあるそうです〉と述べていましたが、「わ」は「わい」の省略でなく、我を意味する古語の「わ」がそのまま残ったのでしょう。「わい」とは語源が別です。「な」も汝の意味の古語です。
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番組を少し褒めると、「わい」が関西以外の地域でも使われている様子を撮影しようとした点はいいと思うのです。私も、青森の「わい」は活字でしか知りませんでした。で、「青森にも撮影に行く」と聞いて期待したんですよ。しかし「青森方言が『わい』のルーツ」という放送になるとは。(褒めてないな)
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以上をファクトチェックの用語に即してまとめると、(1)「どら猫は、のらりくらりから」との説明は「根拠不明、もしくは誤り」。(2)「どら猫は盗みをする猫」は、たしかに盗みをする猫を罵ることもあるけど、「ミスリード(誤解を招く)」。(3)「どら息子は銅鑼から」は「根拠不明」です。
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この番組のような説明は、私なら避けるし、日本語を専門にする研究者や辞書関係者も、まあ避けると思います。ところが、番組では識者と称する人が出てきて、以上の説明をしていた。ご本人の反論をぜひ伺いたいところ。核心部分はご本人が説明していたので、編集で発言が歪曲されたとも思えません。
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ことばの話題で穏当な説明をすると、テレビ番組の担当者は「それでは数字が取れない」と即座に判断すると思います。テレビ番組はバズることが最優先課題。ところが、穏当な説明は、誰もが「そりゃ当然だ」と思うもので、バズる要素がない。かくして、ことばの話題はトンデモ説と隣り合わせになります。