飯間浩明(@IIMA_Hiroaki)さんの人気ツイート(新しい順)

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2017年12月、さるバラエティー番組が「サウスポー」の語源を取り上げました。通説と矛盾する資料を示し、通説に疑問を呈したものの、結論には至らず「由来は分かりません」と説明。私は「強引さがなく、事実を積み重ねる取材で素晴らしい。バラエティーもついに新しい段階に入ったな」と感動しました。
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テレビ番組で「※諸説あります」と言う件、たとえば、「邪馬台国は畿内にありました」と解説があって、「※諸説あります」とテロップが出たらどうか、ってことです。他に有力説があるなら紹介すべきだし、他の説はガセやこじつけと判断したなら、監修者が責任を負う形で、テロップはやめるべきです。
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世の中に、「高輪ゲートウェイ」よりも切実な問題は山ほどあります。でも、私の立場からは、新駅名称問題はわりと重要です。「公共物に、多くの人の望まない名称をつけるべきではない」「『駅名が浸透していくよう、引き続き努力』というJRの姿勢は筋違い」と、改めて指摘しておきます。
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新橋の東の街を「汐留シオサイト」と言いますが、多くの人は単に「汐留」と呼んでいるはずです。「高輪ゲートウェイ」駅も、実は同名の街を造る計画があって決めたのだろうとも言われます。もしそうなら、その新しい街も単に「高輪」と呼ばれるでしょう。駅名も「高輪」と呼ばれる可能性はあります。
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「高輪ゲートウェイ」と駅名表示板にあるのに、多くの人々が「高輪」と言うようになるかどうかは、予想しがたい問題です。「E電」(国電の新名称)は、駅構内にそういう表示板まで出ていましたが、結局廃れました。ただ、駅名のように公共性が高い名称が、結局浸透しなかった例があるかは知りません。
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「高輪ゲートウェイ」問題について、メディアは静かになっちゃいましたが、私は今後の動きを注視するつもりです。世の中の人々は案外イケズで、「新名称にはべつに反対しないが、単に使わずにすます」という道を選ぶ人も多いはず。私はどうかというと、「JR高輪駅で待ち合わせ」とか言いそうです。
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『文藝春秋』2月号で山手線新駅名について書きました。最初はぬるいこと書いていますが、途中から、この新駅名の決め方が誤りであることを論じています。つまりは、ことばは誰もが自由に創作してよいが、嫌だと言う人に押しつけるべきではない、公共物の名称でそれをやってはいけないという話です。
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「段落」のように下に「する」がつかない漢語で、上に「ひと」がつく語はほかにないかというと、「ひと騒動」もあり、「ひと課題ずつ取り組む」などもあります。要するに、正誤の説それぞれに論拠があり、自分自身がどの論拠に従いたいかは自由です。長い間に「ひと段落」が増えているのは事実です。
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「安心」「苦労」は「安心する」「苦労する」と動詞になるので「ひと」をつけてもいいが、「段落」は「段落する」と言えないので「ひと」がつかない、という主張もあります。整然とした説明のように見えますが、動詞にならない場合に「ひと」をつけてはいけない理由がよく分かりません。
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「一段落」の正誤の議論について言うと、「段落」という漢語の前には音読みの「いち」が来るべきだという主張があります。でも、「ひと安心」「ひと苦労」など、漢語の前に「ひと」が来る例は多いので、「ひと段落」は異例とまでは言えないことになります。
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「誤りと考えてもいいし、正しいと考えてもいい」とはいい加減なようですが、ことばの正誤の基準は目に見えず、基準があるとすれば各人の頭の中にあるので、その頭の中で統一が取れていればノープロブレムです。ひとりの人の中で、月日とともに正誤の判断に変更があっても、これまたオーケーです。
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影響力ある前澤社長の発言なので、私も一言。物事の区切りの「一段落」を「ひと段落」と読むのは、誤りと考えてもいいし、正しいと考えてもいいでしょう。『岩波国語辞典』のように誤りとする説明もあれば、『大辞林』『三省堂国語辞典』などのように「いちだんらく」の同義語とする説明もあります。 twitter.com/yousuck2020/st…
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1/16頃、ポプラ社から『ことばハンター』という本が出ます。ことばを観察する面白さ、辞書づくりの喜び苦しみ、また、私が成長する中でどんなふうにことばに関心を深めていったかなど、子どもにも楽しんでもらえるように書きました。子どもさんも大人さんもご一読ください。poplar.co.jp/book/search/re…
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家族と「忖度じゃんけん」というのをやりました。挑戦者は必ず負ける手を出さなければならず(例、パーに対してグー)、もし勝つ手(チョキ)を出してしまったら、0.1秒ぐらいの間に負ける手(グー)に変えなければならない。相手が喜ぶように忖度するじゃんけん。反射神経が必要で難しい。
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「分かる」「判る」「解る」の使い分けについてですが、「分かる」は常用漢字表にあって、学校で教えます。「わかる」全般に使える表記です。「解る」は理解・了解できる場合、「判る」は判別・判読・判断できる場合に使いますが、学校では教えない表記です。
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「わかる」には分割の意味がなくなっているので、「分かる」に違和感があるという意見も聞きました。曖昧模糊としたものが文字通り分かれるのが「分かる」だからこれでいいんですがね。拡張した意味が漢字表記できないとなると、記憶する意味の「覚える」(本来、気づくの意)なども使えなくなります。
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柔らかさを出すために、漢字でなくひらがなで書きたいことばというのはあります。私の場合は「ことば」がそうで、これは「言葉」をあて字と考えるからでもあります。ただ、「わかる」については好みの問題でなく、どうもルールにしている編集部があるらしい、その理由が謎だ、というわけです。
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「分かる」を「わかる」にするよう強制されたことはなく、私に不満はありません。純粋に、この方針の由来に関心を持つわけです。深く調べないままの感想としては「単に最近の流行ではないか」と思います。だとすれば、いつ頃からの流行か知りたい。多くの編集部で採られている方針かどうかも不明です。
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「分かる」に限らず、漢字よりひらがなのほうが柔らかくなります。また、読み誤りを考慮すれば、「下(おりる・くだる・さがる)」など、仮名で書くべきことばは多くなります。でも、よりによって「分かる」の場合だけ、仮名にするよう、複数の編集部から求められたので、不思議に思いました。
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「分かる」を漢字で書くと、仮名の「わかる」にするよう編集部から求められることがあります(一般向け・子ども向けを問わず)。場合によって応じますが、謎ルールです。「分かる」の読みは小学校で習うし、堅くも難しくもない。「分かれる」と区別するためともいいますが、送り仮名で区別できます。
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高齢者を指す「シルバー」の語源はシルバーシートから、と言っても差し支えないとは思いますが、その前史も無視してはならないと、杉村さんの指摘を受け止めました。「国鉄で高齢者(関係のもの)を『シルバー』と呼ぶことが以前からあり、『シルバーシート』を機に普及した」と言えば正確でしょうか。
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高齢者を「シルバー」と言うことは、座席の「シルバーシート」以前からあったのでは、という杉村喜光さんの指摘。私がテレビでコメントした際は、過去の辞書類の記述の変遷なども参照して、通説には十分根拠があると判断した次第でしたが、杉村さんはそれ以前の例を指摘されました。脱帽します。
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元日の新聞に載った三省堂の広告。4種類の国語辞典が、もし「ばえる(映える)」という新語を説明したら、どんな違いが出るか、楽しんでもらえるのではないでしょうか。「辞書には個性がある」を端的にアピールする広告です。
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「勝手にシンドバッド」を初めて聴いたのは小学生の時。歌詞が半分ぐらいしか聞き取れない歌が出現したことに度肝を抜かれたもんです。「ちょいと瞳の中に消えたほどに」の「消えたほどに」が解釈できなかった。「殿、用意はできておりますほどに(=ので)」とは違うし。いまだに自信ありません。
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石川さゆり「天城越え」には作詞者の造語かなと思われることばが多いですね。「隠れ宿」「揺れ墜ちる」……など。調べたら他に用例があるかもしれず、興味が深まります。「隠れ径(みち)」は辞書にありました。