飯間浩明(@IIMA_Hiroaki)さんの人気ツイート(いいね順)

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AKB48の歌のおかげで、「フォーチュンクッキー」は誰もが知ることばになりました。ところが、主要な国語辞典にはまだ載ってない。日常的に実物に接する機会が少ないからでしょう。1978年の「刑事コロンボ」では、中華料理店で「クッキーの辻占(つじうら)」という名称で出てきました。
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『ちびくろ・さんぼ』の絶版は、版元が圧力に屈した結果だと、学生時代の私は受け止めました。しかし、版元の一つ岩波書店の安江良介社長は、社内討議を経て、明確に差別的と意識して絶版にしています。安江へのロングインタビューを含む資料は『『ちびくろサンボ』絶版を考える』にまとまっています。
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あることばを辞書に載せたからメディアなどで使っていいとか、載せてないから使うべきでないとかいうことは、編纂者としては1ミリも考えていません。少なくとも『三省堂国語辞典』はそう。早い話が、「うんこ」は『三国』に載っていますが、「うんこ、うんこ」と連呼する新聞記事は見たくないです。
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私が「○○は誤用とは言えない」とあえて書くのは、あることばが「誤用」と公に認定されているかのような主張が多いからです。人それぞれの頭の中に、ことばの「自然・不自然」の感覚があるのは事実ですが、本の著者などが、それを一般に通用する絶対的なルールのように書くのは実害が大きいです。
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新刊『ことばハンター』がポプラ社から刊行されました。「天扶良」という謎のことばを話のきっかけに、子どもの頃から今に至る、私とことばの関わりについて書きました。国語辞典作りの楽しみ、苦しみも、もちろんたっぷり語っています。読んだ後は、ことばにいっそう親近感を持ってもらえるはずです。
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冒頭のトークもそこそこにLiSA「明け星」。この「明け星」は大きな国語辞典にもない語で、この作品での造語かと思われます。東の地平空高く輝く「明けの明星」(金星)ということでしょうか。古代に同じ意味で「あかほし(明星)」ということばもありました。
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〔「自粛要請」の違和感は〕重い負担を伴う自粛を、言葉だけで簡単に要請する「軽さ」にあります。〔略〕自分の「なりわい」の行く末や個人の権利に関わる「重い」事柄が、要請の一言で左右されることを「軽すぎる」と感じるのでしょう。▽(耕論)飯間浩明・朝日新聞デジタル asahi.com/articles/DA3S1…
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「男(女)はAであるのが当たり前だ」という表現は、そのAという性質を幸いにして持つ人には何ら不都合を生じません。でも、それとは別のBというすぐれた性質を持つ男(女)が、Aの性質を持っていないからという理由だけで不当に低く評価される言い方でもあります。このことに深く留意すべきです。
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実名を呼ばないのは敬意を表するためですが、ただ、もしうっかり者の御家人が、間違って源頼家のことを「頼朝様」などと言ったら命を落としそうです。実名を敬避して「御所様」とか言っておけば、楽は楽です。「ミスを防止できてグッド」と思った昔の人も、少しはいたかもしれません。
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「中抜き」ということばは、「A 中間業者を飛ばす」と「B 中に入る者がマージンを取る」と両方の意味で使われるが、A→Bと変わってきたのでは? というご質問。「中抜き」は、いわゆる「キセル」を含め、昔からいろいろな意味があります。AもBも昔の辞書にはなく、どちらが古いかは決めにくいですね。
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ネットや雑学本には「ことばの誤用説」が頻出するので、それら全部に従っていると、ことばの自由はどんどん狭まります。ことばが窮屈になる現象も観察対象だと割り切って、介入しない方法もあります。一方、「その誤用説は絶対的なルールではない」と判断材料を示すことも意味があると思うのです。
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中村倫也&木下晴香「ホール・ニュー・ワールド」で「魔法のジュータン」。「絨毯」は漢語ですが、「ジュー」と棒を引っぱるのは面白い。「蝋燭(ろうそく)」を「ローソク」、紙飛行機を「紙ヒコーキ」、「琺瑯(ほうろう)」を「ホーロー」など、仲間はけっこうありますね。
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#今年の新語2022」の選評はこちらです。ベストテンのことばが「よく分からん」という人も、こちらを読んで納得していただければ幸いです。執筆にはもちろん選考委員として私も関わりました。毎年、異様に詳しい選評ですが、どうぞ楽しんでお読みくださいませ。dictionary.sanseido-publ.co.jp/shingo/2022/be…
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EXILEのメドレーのうち「Heads of Tails」で、「ステージだけが真実」の「ステージ」に「ここ」とルビ。カタカナにひらがなで振り仮名というのは珍しい。活字でこう書いてあった場合、「ここ」と音読するか「ステージ」と音読するか迷います。この曲では「ここ」と歌っていました。
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三省堂「今年の新語」を募集中です。過去、何度か「老害」が投稿されています。人事での弊害が言われるためでしょうか。このことば、実は1970年代からあるのですが、おそらく長い年月の間には使用頻度に波があって、今また若い人に目新しく映っているのかもしれませんね。#今年の新語2020
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APIというのはインターフェイスの一種、非常にざっくり言えば「仕組み」の一種ですね。たとえば、ツイートを投稿したり閲覧したりする場合、ツイッター閲覧アプリはサーバからそのための「仕組み」を呼び出す。今回、その呼び出し回数に制限がかかった、ということと理解していいんでしょうね。
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「紅白歌合戦」は海外でも放送され、いろいろな国と地域の人が見ています。香港では民主化を求める若者たちが自由を拘束されていますが、今年の「紅白」が見られないことを残念がっている人もいます。年末に「紅白」を楽しめることは、まだしもありがたいことだと、つくづく思います。
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辞書に「昔のことば」を載せないと実用にならないのでは、と疑問に思う人もいそうです。昔のことばだから削るのではなく、古風でもよく聞くことばは残します。「御意(ぎょい)」「重畳(ちょうじょう)」など、実生活で使う人は少ないけど、時代劇でよく耳にします。そういう意味では現代的なのです。
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#今年の新語2020」のイベントが今終わったところです。大賞は「ぴえん」に決まりました。受賞理由はどういうことだったのか、詳しくは、改めて公式から選評が発表されます。どうぞ告知をお待ちください。では今から「#国語辞典ナイト」です。
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SNSやブログで、多くの論者は、問題A・B・C・D……についての主張が、まるで相談したようにきれいに一致する。不思議です。党議拘束がかかっているわけではないのだから、「この問題については是とするが、この問題については非とする」みたいな自由な考え方があっていいと思うのですが。〔続く〕
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現在の私は、この本の原著者に差別的意図はなかったと思いますが、今の子どもに与えるにあたっては配慮が必要だと考えます。現代ではSamboが「(侮蔑して)黒人」の意味になることひとつを取っても、小学校高学年ぐらいから、背景説明とともに与えるのが理想的ではないか。私の考えも変わりました。
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会見台に立つ長官を見て、××テレビの記者は驚愕した。「見える。新元号が見えるぞ!」。長官が掲げるはずの下向きの額に、漢字2字がちらっと見えた。「画像解析班!」。慌てて携帯で連絡する。「解析できました。新元号は『令和』です」。他社に先んずること8秒。歴史的スクープの瞬間だった。(嘘)
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「多忙」を忌みことばとして、代わりに「多用」を使う、という会社もあるそうです。ところが、最新の『大辞林』第4版によれば、「多用」は〈やるべき事が多く忙しいこと。多忙〉で、「多忙」とほぼイコールです。一般のなじみ度から言えば「多忙」が勝るので、無理に言い換える必要はないでしょう。
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検索万能時代と言いますが、私がネットで、たとえば医学的なことを調べようと思ったら、確実な情報にたどりつくまでに苦労します。広告目的のサイト、俗説のサイトなどの山をかき分ける必要があります。ことばに関しても同じ状況があります。このカオスに対抗すべく辞書を作っている意識はあります。
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この本に繰り返し出てくる「ベネファクティブ」という用語。これは、「~てやる」「~てもらう」「~てくれる」などを総称した言い方で、ざっくり「やりもらい表現」と言い換えて理解してもいいでしょう。「させていただく」は「もらう系ベネファクティブ」というわけ。詳しくはググってください。