オッカム(@oxomckoe)さんの人気ツイート(リツイート順)

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この英語の先生は、小柄な女性の先生でした。声を上げない人間の心は配慮に値しないというのが信念の方でした。私は、振り返るに、民主主義や政治的権利、社会正義の原則だと感心しております。「幼心を去れ」というのが市民の条件だと教わりました。
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もう現場から離れている経済人や変な一部の政治家、コンサル、役人が妙なことを言い、それに大学が過剰反応している側面はあるんじゃないかと思う。どの道、技術は日進月歩で、商売のやり方も変化する。だから学問内容については現場レベルではフラットに見ている人の方が多いんじゃないかな。
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いわゆる文系は共通語がないのですよね。例えば、学部レベルの学生を対象に「一神教におけるイエス・キリストの位置づけをカトリック教会の正統教義の観点から答えなさい」という問題を出したとして、僕はこれもちろん英語で解答書けるんだけどそこに至る諸概念や論理を学生が英語で理解するのは無理。
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二つ目は、人口減少でもう誰も住んでいない消防署の枝葉を統合整理した。これで消防官の無駄な労働と睡眠不足を減らした。三つ目はこれに関わることだが、消防士は火消しのプロだが書類仕事がとにかくできない。設備も防火服も道具も全部20年もので異臭を放っていた。→
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馬場は偉大なビジネスマンだったが、猪木はただのビジネスマンではなかった。日本の格闘技の今日的状況の源流だった。僕は猪木vs. アリは4歳だった。床に寝転がって、テレビの前で若かった父親が猪木を罵倒しているのを眺めていた。鮮明に覚えている。「アリキック」「猪木アリ体勢」は素養だった。
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まだバブルが崩壊してそんなに時間がたっていない頃だったので、余裕もあったのだろうが、人事の前線にいる人たちは、至ってフラットで真面目で、「役に立つ学問」とか言わなかった。今でも学生のインターン先の企業に挨拶に行くと、人事の人たちから変なこと言われたことがなかった。
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今はない大学も多いが、「第二外国語」の選択は、入学したての幼い頭では気づかないその人の指向性、世界への接し方の傾向性を反映しているのではないかと親しい友人と話した。「マスター」できるかどうかは重要ではない。ただダイバーシティーを確保したいなら英語至上主義はやめたほうが良いと思う。
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話が混乱しているが、定年制度も年金制度も穏健に老人に退場を願って新陳代謝をはかっていくものだったわけで、皆老人になるのに「老人」にヘイト発言するのはおかしい。ただ、こういう穏健な新陳代謝の制度を破綻させたのが図らずも現在老人である人々だったことは実に不幸だ。
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有能な人物が、管理職に就いたおかげで膿んでいた職場環境が一掃され、市民満足度が爆上がりし、経費が面白いほど順調に下がった。「息子も大学に行けました。貯金は無くなりましたが退職金と年金でやっていけそうです」と感謝された。
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そういう会社は決して詐欺ではないのですが、とにかくカツカツの中で営業しているので、電話相談窓口等、あらゆる部門がバラバラで何か相談事があっても繋がらなかったりたらい回しにされます。なんでもそうですが、ことにインフラは大手に限ります。大手です。とにかく大手が一番信用できます。
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天皇の御聖断がなければ「もうやめましょう」と言えなかった日本の官僚や軍人よりはデキる人々だったのですね。
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覇権国家あるいは帝国どうしの戦争というのは実際には無い、「甘噛み」を続けるというのが常識的な見方だけれども、アメリカについては予測がつかないところがある。あの国は南北戦争をやり、第二次世界大戦では大西洋と太平洋の二つの帝国と戦い、ソ連との冷戦を44年やった。正戦論上等で執念深い。
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「僕らは国鉄分割民営化」の時に十分騙されたじゃないか。国労は酷い組織だった。国鉄職員は最悪の連中だった。だからそこに乗っかった。それが今日だ。我々がこの短慮から学んで賢明になるべきなんじゃないか」と僕は言ったが、父は「小泉はやってくれる、小気味いい」と譲らなかった。
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ここはきちんと研究したことないけれど、「ノブレス・オブリージュ」というのは、貴族制が衰退期に入った時に意識された言葉じゃないかな。武士道みたいなもんで。貴族の本領は、自由な(忖度不要な)精神や振る舞いにある。近い例でいうとボリス・ジョンソンみたいな感じ。
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いずれにせよ、子育てはとてもデリケートな話題。聞かれたから無邪気に応えたが、そもそも回答した僕が馬鹿だった。何なら「え?子供の成績が悪い?そりゃ親の成績も悪かったんだろうから塾にでも行かせな」の方がまだ穏当な返答だったと反省している。
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介護士は女性が多かった。シングルマザーも多かった。父は「この人はデキる」という人を管理職に昇進させることにした。本人は断った。責任が重くなるのは怖かったし、zジェンダーバランスの悪い部門で女性ばかりだったので面倒くさがった。それはいかんと説得して管理職にした。
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僕が自分を「保守」と自称せずにあえて「右翼」と自称するのは、まんざら偽悪趣味によるものではないのですよね。保守は共同体の伝統であったり、反対にユニヴァーサルな封建制の上位層が共有する曰く言い難い感情であるのに対して、国民国家というのは、保守的感情とはまったく次元が違うのですよ。
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>RT 実は極めて難しい問題。外国史の事例だが、イギリス国教会に服さなかった「分離派」と呼ばれる人々の主張のわりと核心的な部分が自分と自分の家族(子供)の宗教信条を国家に左右されたくないというのがある。弾圧された彼らは比較的多く、信教の自由があったオランダに移住したが→
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誰が不幸かというと、現在の老人に育てたられた70年代+前後数年の世代で、これは何度も言っているが、潮流というのは、発信されてから20〜30後に実現されるので、現在老人と若い衆の面倒を見ている世代が、激務と安月給でボロボロになった末に地獄の老後が待っているということになる。
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国家とは恐ろしいものだ。一方で、国家なき民は本当に悲惨な実存の中で暮らさなけれならない。強者には国家はいらないだろう。しかし圧倒多数の凡人には国家は必要なもの。人間の自然権は自然状態では保証できないので「国民の権利」は必要。強者に税金を払わせる力は必要。
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ちなみにアメリカ合衆国憲法修正2条では、条文の前半は「国教禁止条項」、後半は「信教の自由条項」。昔々この辺りを勉強したことをブログに書いた。 blog.goo.ne.jp/william1787/e/…
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私は、官僚の天下りに肯定的な学者でしたが、これはやっぱりダメなんじゃないかと最近思うようになっています。要するに再就職先がいくらでもあるから、「痛みを伴う改革」ができてしまう。自分が痛くない分には、いくらでも「改革」はできるのですよね。
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話を現代に戻すと、アメリカの監視システムは実は物凄い。しかしアメリカ人は、それを乗り越えるくらい度し難く自由な生き物である。戦時中のロシアにおいて反戦を唱える強靭な人物はいて、中国にも公安警察を恐れない強靭な個人がいる。日本人は戦争を行うに足る国民なのかそこが心配である。
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年金や高齢者福祉があるおかげで、子供らは親の負担から解放されて仕事に専念できるわけで、ここが削られると、夫婦のどちらかが家庭のことを専業化しなければならなくなる。現状の日本では女性に皺寄せがいくことは目に見えていて、時代に逆行するように思われる。
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センスや天賦がある人は確かに偉大になりますが、そんなことはずっと先の話です。なんなら死んでからようやく気づかれるくらい個人にとってはどうでも良い話しだと僕は思ってます。