オッカム(@oxomckoe)さんの人気ツイート(古い順)

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学生は何かを察したらしく、授業後、僕が説明を飛ばした箇所を余った講義レジュメに赤を入れて渡してくれ、「質問したいことがあるので来週お願いします。人間なんですからこういう日もありますよ」と言ってくれた。
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朗読を聞くのは物凄く良い「読書」だと思います。ラジオもそうだと思いますが、心ここに在らず、という時は何も入ってこないので読書と変わらない上に体勢が自由です。私も朗読で何冊も「読破」しています。ちなみに自分の原稿も朗読で直しています。朗読に耐えない文章はとても読みづらいのです。
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例の事務次官候補だった財務官僚の暴行なんだけど、よほどムカつく言い方をされたのだろうと。ストレスも酷かっただろうし、56歳という年齢には身につまされるものがある。だいたい若い頃からの我慢が限界に達する年齢だ。周囲を見ても「ちゃんと」トラブルを起こして人生台無しにする人が散見される。
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僕は遠回りして苦労してきたので、石にかじりついても50代を無事に乗り切る決意である。言葉はとにかく丸く優しく使い、列車では座れた時には両足を閉じて小さく目立たないようにし、正面に女性が座っていたらスマホをしまい、目を瞑る。ここまで頑張ってきたんだからなんとしても生き残る決意でいる。
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ただ暴力衝動があることと実践に移すことの間には、深い深淵があることは確かである。信用金庫に勤めていた父が言っていたが、金融機関に勤めていて毎日凄い量の紙幣に触れるが、それをポケットに入れるというのは出来心などではなく、やはり本人の異常性が大きいと言っていた。そうだろうと思う。
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人を殴るというのは、専門的に訓練を受けないとマトモな人間にはできるものではない。僕も明らかに若い頃より気が短くなっている。自分の若い頃の苦労を思うと「何甘ったれてやがるんだ」とは正直思うこともある。ただその怒りは顔面が蒼白になるところで止まり、殴るには至らない。酒は多分関係ない。
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僕の50年の観察によれば、「暴力に出来心なし」である。もし家族、パートナーに一度でも殴られたら即刻別れるべきである。普通の50代が気をつけなければならないのは、言葉の暴力なのではないかと思う。これは観察の限り、出来心や誤りは確かに存在する。
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僕は北大の1年生の時、担任だった英語の先生から、「大学は皆さんを大人として扱います。ただし助けを求めた場合は、可能な限りの助力をします。学校だからです。黙っている場合は、何もしません。大人として扱うからです」と教わりました。その教えを今でも実行しております。
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この英語の先生は、小柄な女性の先生でした。声を上げない人間の心は配慮に値しないというのが信念の方でした。私は、振り返るに、民主主義や政治的権利、社会正義の原則だと感心しております。「幼心を去れ」というのが市民の条件だと教わりました。
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ちなみに鍵垢で僕のことをボロクソ言っている皆様。世の中には、ちゃんと悪意のある人がいて、「心配だ」という仮面の下に僕を痛めつける目的ですべてプリントアウトして見せてくれたり、写メで送ってくれておりますので、すべて把握しております。でもお会いした時には何事もなかったように接します。
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修士1年の時の演習で「大英帝国」という言葉を使ったら、指導教官に即座に「それは使わない方が良い」と言われ、僕もメタに伝わったので、イギリス帝国と使うようになった。のちに、元同僚だった中国史の先生に「なぜダメなんですか?」と聞かれ、下記RTの劣化版の説明をしたが上手く伝わらなかった。
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僕も「大英帝国」というのは、明治・大正・昭和の日本の用法なのだと思う。この「大英帝国」に相当する実体は、大きく見るとアメリカ革命で東部13植民地を失って以降、それらしくなっていった。それ以前もBritish Empireという言葉は使われていたがこれは完全に、アメリカ革命の後とは違うものだった。
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余談。アメリカ革命戦争は足掛け8年行われたが、イギリス軍はとても強かったが、中国に侵略した旧帝国陸軍と同じ状況に陥り、ギブアップした。イギリスがえげつないのは、ギブアップを日程表に入れてから、もう一踏ん張りして米仏艦隊を沈めまくってから講和に持っていったところ。
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天皇の御聖断がなければ「もうやめましょう」と言えなかった日本の官僚や軍人よりはデキる人々だったのですね。
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そもそもアメリカ植民地諸邦とイギリス本国のトラブルは、フレンチ・インディアン戦争で獲得した領土の維持費を植民地人に支払わせようとしたことで、これをアメリカに押しつけちゃえば問題は無くなるのですよね。あとはアメリカの問題で、ハミルトンとかが惨憺たる苦労をする。
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頭痛の種だった新領土の維持費用の問題はなくなり、アメリカの密貿易を取り締まる負担もなくなり、カナダを正式に獲得し、これまで通りアメリカとは英語で貿易できるわけです。気づくのに8年かかったけど。身軽になったイギリスはここから19世紀の世界征服に乗り出すことになった。
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生前の父は小泉純一郎氏の熱烈な支持者だった。僕は「お父さんどうしたんだい?郵便だけに限定しても、田舎の郵便は遅れるし、中央郵便局の夜間窓口も田舎では消滅するよというと「いや小泉はこれまでと何も変わらないと言っている」と譲らない。「何も変わらなきゃこれまで通りでいいじゃない」と僕。
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「僕らは国鉄分割民営化」の時に十分騙されたじゃないか。国労は酷い組織だった。国鉄職員は最悪の連中だった。だからそこに乗っかった。それが今日だ。我々がこの短慮から学んで賢明になるべきなんじゃないか」と僕は言ったが、父は「小泉はやってくれる、小気味いい」と譲らなかった。
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「働き方改革」というのは、働く人々のためのものではないですからね。「人件費削減」が主目的ですからね。細やかなサービスや残業手当を渡さないための政策ですからね。不便な社会と貧乏人の社会の完成形なわけです。だから人数少ない業界には適応されんでしょ?先生とか。誰も知らんもんね。
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とにかくあらゆる所に「地雷」はある。以前書いたが、僕は小学校の頃、少し知恵が遅れていた。顔が可愛かったことと、お話しが上手だったことと、作文(漢字が書けないので全部ひらがな)が面白かったことで特殊学級入りは免れたが、文字が覚えられず、計算ができず、黒板の意味が取れなかった。→
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後に博士号を取得し、大学教授になるのだけれど、ある子育て中の方から、「先生はどうやって克服したんですか」と聞かれ、僕は実に無邪気に「専業主婦だった母親がね、毎日話を聞いてくれて、母親が昼寝している横で安心して漢字ドリルや計算の勉強して、起こしては褒めてもらってた」と言った。
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すると彼女は冷然と「参考になりませんね。女性の職業的成功を阻害するものの考え方で、老害なんじゃないでしょうか」と青い顔で言われた。そんなつもりはなかった。聞かれたから無邪気に答えたが1971年生まれの田舎の社会を背景にした話しで、今なら違う解があるだろう。それは「知らんけど」。
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いずれにせよ、子育てはとてもデリケートな話題。聞かれたから無邪気に応えたが、そもそも回答した僕が馬鹿だった。何なら「え?子供の成績が悪い?そりゃ親の成績も悪かったんだろうから塾にでも行かせな」の方がまだ穏当な返答だったと反省している。
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少し真面目な話をすると、如何にして子供が「安心」して暮らせる環境を作るかでしょうね。「安心」すると人間はより高次なことを考えるようになる。可愛がられて育つと、克己心が育成される。だいたい犯罪者は子供時代に「不安」の中で過ごしている。その際の夫婦間の問題はご夫婦で解決して下さい。
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「私としては聞かれたことに応えただけで、あなたの実存的な悩みまでは思い至りませんでした。そんな義理もないのですが、それはよろしい。現代日本の社会構造の問題にも及ぶ深刻なテーマにつながるでしょう。それにしても喧嘩腰でしか話せませんか?なら他所に相談して下さい。あとはお金の問題です」