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僕が高校の頃の北海道最北端では、優秀な子の半分は大学進学じゃなく地方公務員試験うけてましね。勉強嫌いな子は職人になってました。でも古い話むしかえすようだけど、彼ら三角関数できてました。僕が放課後教えてたからよく憶えている。令和の民よ、これが70年代の学力だ。
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「本当に酷い世の中になった」といったら、歴史を研究している人間として笑われるだろう。昔から世界は酷かった。それにしても本件で関わった人々は皆貧乏そうだった。貧乏人には連帯するゆとりすらない。貧乏人使って貧乏人からなけなしの金を奪わせてる。地獄だなと思った。
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アメリカ合衆国は、歴史の絶対的時間は短いけれど、近代以降に存在した共和政国家としては一番古い。アメリカ合衆国憲法は1787年に制定されたが、これは現在存在する諸国家の成文憲法で一番古い。歴史は時間の長さとは無関係ではないが、歴史性は時間の長さとは無関係である。
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前は法学部は「潰しが効く」と言われ、司法試験や公務員試験を受けなくても就職に有利と言われていました。近年は経済学部もそんな感じですが。ただ就職決めた学生と話していたら「文学部史学科?!どんなことやってたの?」と向こうから質問されまくり「自分の強み」とか話す必要が省けて楽でしたと。
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ちなみにアメリカ合衆国憲法修正2条では、条文の前半は「国教禁止条項」、後半は「信教の自由条項」。昔々この辺りを勉強したことをブログに書いた。
blog.goo.ne.jp/william1787/e/…
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政教分離(Separation of church and state)とは、教会と国家の分離で、具体的には特定の教会を公定教会(Established Church)として、そこに属していない人が不利益を被るようなことを禁じた原則。宗教団体が政治に関与すること自体は禁じていない。政治家とカルトとの関与は次元の違う議論です。
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意外と見落とされているのはアメリカもまた革命政権だったということで、他の革命によってできた国々と同様にparties(政党、党派、派閥)は「あってはならないもの」だったので、FederalistsもRepublicansも「党派」「派閥」として相手への悪口だった。互いに自分たちこそがアメリカだと主張していた。
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南北戦争と公民権運動を見れば明らかなのです。放っておけば人権など消滅するわけで、人権が欲しければ流血は覚悟しなければならないというのが歴史の教えるところかと思います。
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人権の崇拝者なので排外主義は論外である一方、グローバリズムは人権の裏付けとなる国家権力を弱めるから反対だという立場です。また、人権を裏付けるために存在している国家の官憲が人権を侵害する場合は、これを激しく憎みます。不幸にも反政府の立場になる場合もありますがそれは愛国者だからです。
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僕は人権の崇拝者なのですが、国家権力の裏付けがない人権思想は絵に描いた餅か、グローバルエリートの鼻持ちならないリベラリズムだと考えている。この辺り、ドイツからアメリカに亡命する際に無国籍状態になったハンナ・アレントがよく代弁してくれていると思っている。
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僕が自分を「保守」と自称せずにあえて「右翼」と自称するのは、まんざら偽悪趣味によるものではないのですよね。保守は共同体の伝統であったり、反対にユニヴァーサルな封建制の上位層が共有する曰く言い難い感情であるのに対して、国民国家というのは、保守的感情とはまったく次元が違うのですよ。
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さっそくこの事例が元首相の警護を萎縮させたという論者が出てきましたね。卑劣漢が元首相の非業の最後を最も利用している。:北海道警のヤジ排除「表現の自由侵害」 道に賠償命令 札幌地裁:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASQ3T…
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これで法廷に引き出す可能性は当面失われた。酷い腐敗が記録される機会が奪われるかもしれない。これがテロの愚かさだ。回復をいのるしかない。
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とにかく、昔より研究論文の数が減り、質も落ちているんだから、改変に携わった人はちゃんと切腹をして落とし前をつけて、「昔に戻します、業務監査を行いません、成果主義やめて任期付採用もテニュアトラックもやめます」とすれば済む話なのでは。70年代飛ばしで人手不足なんだし。道徳教育にもなる。
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SoftBankの無線LANが古くなって交換することを勧めてきたのだが、すぐにすんなりつなげて安心。親戚に電話勧誘の圧力で「スピード光」に変えた人は悲惨だった。繋がらないので電話したらもう窓口の7つ。その7つがそれぞれ別会社。お互いに情報は共有していないわそもそも繋がらないわで大変だった。
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稚内市役所出向後の石川勝(いしかわ まさる)の簡潔なる業績として誤りがないことを認めます。
博士(法学)オッカム
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前通夜に彼女がきた。人間はここまで悲しむのかというほど泣いてくれた。ふと、僕の方を見て「キャッ!」と悲鳴を上げた。僕の顔が父に似ていたかららしい。これは皆さんへの助言だが年頃のお子さんに親に似ているというのは禁句です。100%嫌がります。でも不思議なもので死んでみると平気になる。
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有能な人物が、管理職に就いたおかげで膿んでいた職場環境が一掃され、市民満足度が爆上がりし、経費が面白いほど順調に下がった。「息子も大学に行けました。貯金は無くなりましたが退職金と年金でやっていけそうです」と感謝された。
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介護士は女性が多かった。シングルマザーも多かった。父は「この人はデキる」という人を管理職に昇進させることにした。本人は断った。責任が重くなるのは怖かったし、zジェンダーバランスの悪い部門で女性ばかりだったので面倒くさがった。それはいかんと説得して管理職にした。
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「左遷」ではあったが、市役所の職階では「部長職」(稚内市役所は最高職階は部長)ということで、彼には天下り先が用意された。市の福祉事業団の理事長だった。彼は事業全体を見直し、年功序列賃金を維持したまま老人ホームの慢性的赤字を全て黒字にして民営化させた。
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四つ目は、消防のトップが自分のような医療も鎮火も素人の人間では良くないと考え、消防士の中からこれはと思う人材を市役所に出向させ、行政実務を勉強させた。これによって、消防士生え抜きの消防署長がイレギュラーな形ではなく正規ルートにした。植民地は完全には解消されていないが。
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前任者の消防司令が消防士生え抜きだったのだが、実務ができず交換する予算申請ができなかった。父は瞬く間に2000万円超を調達し、全て一新した。消防士に高校時代の同級生がいるが魔法のようだったと言っていた。
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二つ目は、人口減少でもう誰も住んでいない消防署の枝葉を統合整理した。これで消防官の無駄な労働と睡眠不足を減らした。三つ目はこれに関わることだが、消防士は火消しのプロだが書類仕事がとにかくできない。設備も防火服も道具も全部20年もので異臭を放っていた。→
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消防司令としての父の功績は4つある。一つ目は、平成14年に稚内のど真ん中の繁華街で発生した大火事の鎮火の指揮を執った。真向かいの郵便局の2階を独断接収し、鎮火のために狂ったように建物を破壊する消防士を抑制しながら最短で鎮火した。ちなみに父はホースも握ったことがない。
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亡父の市役所職員のキャリアは税務次長で終わった。市長選挙で市長が交代し、旧体制の幹部は左遷。父の場合は、片道切符で宗谷消防に出向した。ちなみに父を追い出したのは僕の北大の先輩。消防は市役所の植民地で歴代消防司令は市役所で権力闘争に負けた人が就任していた。これには色々理由があった。