301
自然環境が厳しすぎて、戦争する余裕がなかったのですよね。偉大なる「一発屋」のジャレド・ダイアモンド先生の言う通り。人口希少の過酷な環境では戦争に強い共同体はできない。サイヤ人とか実は設定に無理があるのですよね。
302
僕自身は理念の徒なのだが、理念が現世では完璧には実現しないことを知っているし、原理主義に陥ると反対に地獄のようなことを知っている。国際紛争解決の手段として武力を用いるべきではないと考えているが、それが「ああそうですか、私は武力で行きます」という国に無力であることも知っている。
303
今はない大学も多いが、「第二外国語」の選択は、入学したての幼い頭では気づかないその人の指向性、世界への接し方の傾向性を反映しているのではないかと親しい友人と話した。「マスター」できるかどうかは重要ではない。ただダイバーシティーを確保したいなら英語至上主義はやめたほうが良いと思う。
304
話が混乱しているが、定年制度も年金制度も穏健に老人に退場を願って新陳代謝をはかっていくものだったわけで、皆老人になるのに「老人」にヘイト発言するのはおかしい。ただ、こういう穏健な新陳代謝の制度を破綻させたのが図らずも現在老人である人々だったことは実に不幸だ。
305
サウナとジョギングは体に悪い。明らかだ。しかしそれを禁止しかねない世の中だ。サウナとジョギングは体に悪いが、ストレスの解消になるのだろう。彼らからそれを奪えばもっと早くストレスで死ぬかもしれない。人間は体に必要なものを求める。僕は酒もタバコもそうだと思う。
306
介護士は女性が多かった。シングルマザーも多かった。父は「この人はデキる」という人を管理職に昇進させることにした。本人は断った。責任が重くなるのは怖かったし、zジェンダーバランスの悪い部門で女性ばかりだったので面倒くさがった。それはいかんと説得して管理職にした。
307
私の育った北北海道は、皆んなが協力しないと死んじゃう。事実なので細部は言えないけれど、例えば小学校の担任教師のお孫さんが娘さん(孫から見たら母親)を殺害したり、母のパートの同僚が旦那さん殺してたり、男女関係もぐちゃぐちゃでも同じ町内会のイベントで席を同じくしていたりする。
308
本来、力にならなければならない若者が、「ライバル」の状況に置かれている。同じ土俵で戦えば、若者の方が強かったりする。これは、国家全体の組織改革・人事戦略のミスによるところが大きいと思う。力が。。。ない。
309
僕は遠回りして苦労してきたので、石にかじりついても50代を無事に乗り切る決意である。言葉はとにかく丸く優しく使い、列車では座れた時には両足を閉じて小さく目立たないようにし、正面に女性が座っていたらスマホをしまい、目を瞑る。ここまで頑張ってきたんだからなんとしても生き残る決意でいる。
310
僕が自分を「保守」と自称せずにあえて「右翼」と自称するのは、まんざら偽悪趣味によるものではないのですよね。保守は共同体の伝統であったり、反対にユニヴァーサルな封建制の上位層が共有する曰く言い難い感情であるのに対して、国民国家というのは、保守的感情とはまったく次元が違うのですよ。
311
カルト撲滅は下手を打つと通常の市民的自由まで侵害する権限を政府に与えてしまう恐れがあるが、日本には世界に名高い「中世の司法」、とりわけそれを代表する東京地検特捜部があるんだからいつも通り動けば良いのにと訝しく思っていたが、そうか宗教法人職員には人質司法が通用しないから無力なんだ。
312
何度生まれ変わっても、人事コンサルだけにはなりたくないですね。やはり人として生まれたからには、自分が生まれた時よりも少しなりとも世の中を良くしてこの世を去りたいです。こんな恥知らずな仕事に大事な人間としての人生を費やしたくないです。
313
僕が20代の頃、橋本龍太郎首相がこれ以上はないという優しい笑顔で、これから少子高齢化が進み、消費税を増税するよりほかない、どうかご理解ください、とデカデカと新聞広告に出ていた。これで解決するんだと。今はむしろ強面で増税するぞ、お前ら蓄えあるのか、運用しろ自己責任だと言っている。
314
NHKの特集番組で「獄友」観てたら、冤罪に落とし込まれた人々には、社会関係や教育歴が欠如してた人が多い印象を受けました。例えば足利事件の菅家さんとか布川事件の桜井さんとか、確かに「こいつなんだろうな」という人相に見えました。しかし→
315
団塊世代で辺境の市役所の最高職位まで行った亡父が申しておりました。「お父さんの仕事なんか慣れれば誰でもできるんだよ」と。僕は「じゃあなぜ鎌田さん(仮名)ちのおじさんは係長で終わったの?」と尋ねたら、「嘘みたいに馬鹿だった」と。「それでもいないよりマシで怖いのは人手不足なんだ」と。
316
参考文献:予言がはずれるとき―この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する (Keiso communication) L. フェスティンガー amazon.co.jp/dp/4326101067/… @AmazonJPより
317
僕は植民地時代からアメリカ合衆国の建国初期までの政治史と政治思想史が専門なので、本件については何一つ識見はないけれど、遠くから見てそう思う。というのは、僕だって自分の研究するには当時の戦況や武器や補給、国際関係について知らないと実際に研究できないのだから。
318
(蛇足)それでも掣肘する人の妨害は避けるにこしたことはないと考える方々はいるでしょう。一理ありますが、この考えには限界があります。悪意を全て解消することは不可能なのです。そこでエピクテトスとマルクス・アウレリウスを読むと、「悪意って気にしなければ全然効果ねえw」とあります。
319
イジメというのは、そこまで人間の脳に欠損を残すのだと驚いた。イジメを耐え抜くと強い人間ができるとかあり得ないわけですね。父親がお坊さんで、お坊さんと結婚した女性としりあいだが、お寺のような宗教施設では人間の本音が露わになるようで、大変な感情労働らしい。仕事と私生活の区別もない。
320
北海道の首都・札幌じゃない北海道では人間の数が鹿の数に置き換わっていることは書いた。ただ鹿というのも多数派になると人間との関係性が変わっていく。だんだん逃げなくなった。人間を怪我させるまでそう時間はかからないだろう。さらにこの数の鹿だから当然死骸が出る。雑食の犬が肉食度を強める。
321
馬場は偉大なビジネスマンだったが、猪木はただのビジネスマンではなかった。日本の格闘技の今日的状況の源流だった。僕は猪木vs. アリは4歳だった。床に寝転がって、テレビの前で若かった父親が猪木を罵倒しているのを眺めていた。鮮明に覚えている。「アリキック」「猪木アリ体勢」は素養だった。
322
誤変換 ツイート二つ目
誤)確信部分
正)核心部分
323
授業で植民地時代のアメリカを教える時に半ばリラックスした話題として「植民地開拓というのは囚人使うイメージが強いと思いますが、普通の社会でろくに法律も守れなかった連中が自然環境の厳しいアメリカ大陸で使い物になるわけでもなく、イギリス本国も途中からちゃんとした人間を送り込み始めます→
324
南半球の動物が人間を怖がらないために不用意に近づき絶滅したという話しは有名だが、現状の北海道では、野生動物の方が人間を舐めている。そういえば雪を越えてたどり着いた東京の学会である先生に「どうして北海道の人はクマと仲良くできないの?」と聞かれて「言葉が通じないんですよ」と答えた。
325
人を殴るというのは、専門的に訓練を受けないとマトモな人間にはできるものではない。僕も明らかに若い頃より気が短くなっている。自分の若い頃の苦労を思うと「何甘ったれてやがるんだ」とは正直思うこともある。ただその怒りは顔面が蒼白になるところで止まり、殴るには至らない。酒は多分関係ない。