76
77
東條は陸軍をサザエの殻に喩え、殻を失ったサザエはその中身も死に至ると述べた、と確かに明記されています。このことは歴史学者保阪正康の著作でもやはり史実として言及されています。さらに映画の原作者半藤一利も「サザエの会話の記録が確かにある」と明言しています。したがって降伏を巡り天皇と..
78
東條が交わしたサザエの激論は、紛れもない史実なのです。ならば天皇はその時、実際には何と答えたのでしょうか? 映画に現れたサザエの学名と命名者についての発言が、本当になされたのでしょうか? 一番知りたいのはそこですが、残念ながら私は明確な記録を見出せませんでした。そこで私は、その..
79
80
マーガレット・ベンティンクという伯爵夫人が私設博物館を設けていたのですが、彼女が世を去ったあと閉館され、所蔵標本はオークションにかけられました。この本はその販売目録です。因みにこの人のお友達が凄いメンツで、一人はフランス革命の功績者ともいわれる哲学者ジャン・ジャック・ルソーで、..
81
植物学者でもある彼はベンティンク夫人とガーデニングについて頻繁に情報交換していました。もう一人は世界一周に2回成功し、ハワイ諸島を発見した探検家ジェームス・クック船長です。伯爵夫人が持っていた標本の多くは、クックから貰ったとされています。ところが、この本は無記名で出版されたため…
82
83
1960年代になってアメリカの貝類学者たちが検証し直し、伯爵夫人の歿後、博物館の後片付けに関与した僧侶ジョン・ライトフットこそ真の著者と結論づけました。この人は植物・貝類学者で、ソランデルの書き残したメモを整理していたことがわかっています。このため現在ではライトフットの著作と見なす…
84
85
きました。一方、1967年以降はライトフット説が優勢です。重要なのは、命名者をライトフットと見なすようになったのは1960年代以降に限られる点です。ここで、映画の天皇と東條の場面を思い出して下さい。あれは1945年の設定です。当時の天皇がライトフットという名を口にする可能性はありえません。..
86
つまり映画での台詞は原田眞人監督(脚本も担当)が時代考証を誤ったわけで、図らずもそれが創作であることの動かぬ証拠になっています。私が一瞬夢見た「サザエの学名の議論が、日本の戦後への道を開いた」という物語は、残念ながら空想の産物でした。しかしそれでもなお、映画の天皇の台詞は一定の…
87
88
される」、「分類を試みられる」とあり、これが最初の記述だそうです。そして明治44年11歳の時には益々貝にのめりこみ、朝も夕も寝る時も食事の間も貝のことが頭から離れないようだとか、貝に熱中しすぎて困るのでブレーキをかけねばならぬ、とまで書いてあります。天皇の貝類学への情熱はその後も…
89
途切れることなく崩御まで続き、貝に関する記述はこの実録の中に381回も登場します。つまり昭和天皇の生涯は常に貝類学とともにあったと言えます。このような天皇ですから、東條がサザエを比喩として持ち出した時、「サザエの学名も命名者も知らんやつが下らんことを言うな!」と激怒したとしても、…
90
不思議はないのです。その点で映画「日本のいちばん長い日」は、時代考証を僅かに誤ったとはいえ、貝人昭和天皇のリアルな姿を描き出すことには成功したと言えるでしょう。これでひとまず、当初の私の疑問は解決しました。しかし、本当の衝撃の展開は、ここからだったのです。(次のスレッドに続く)
91
しまった、原記載の書名を間違えていました。正しくは「カタログ・オブ・ポートランド・ミュージアム」でした。訂正してお詫びします(他にも誤字脱字はありそうですが)。
92
サザエ後篇。さて、せっかく原記載まで見たので、この機会に私はサザエの分類の歴史を回顧してみようと思い立ちました。画像は私の論文が公刊された時点(2017年5月)までの、サザエとその姉妹種ナンカイサザエの分類上の扱いです。リュウテン科リュウテン属サザエ亜属に..
doi.org/10.1080/132358…
93
94
95
しかもその本文には「中国産」と明記されています。驚くべきことに、従来ずっとサザエの学名とされてきた𝘛𝘶𝘳𝘣𝘰 𝘤𝘰𝘳𝘯𝘶𝘵𝘶𝘴は、実は別種ナンカイサザエを指していたのです。私以前には誰も原記載を再確認した人がいなかったために、この混乱が生じてしまったようです。しかしそれは無理も...
96
ないことで、上記2文献は日本にない稀覯本です。2010年代になってネット上のデジタルアーカイヴが発達し、誰でも簡単に電子ファイルを閲覧できるようになるまでは、内容の確認は極めて困難だったのです。ともかく、従来のサザエの学名は誤りであることが判明しました。ではサザエの適切な学名は..
97
98
99
100
同じ学名を同時に与えてしまったわけです。複数の別種に対する同じ学名、つまりホモニムです。また、同一文献で複数の名が同時に記載された場合どちらが優先されるかは、その後に刊行された文献のうち、最初にどちらかを選んだ著者の決定に基づく、と国際動物命名規約で定められています。それに相当…