アダルトチルドレンは、親と似た人を引き寄せ苦労しやすい。 親への対応力を磨いてきたから、そのような人に好かれやすい。親のような人もまた、あなたのような優しい人を探すのが上手い。本能レベルで近づいてくる。 なぜか放っておけない、断れないという人が「親の苦手な性格」に似ていたりする。
馬鹿にされたように感じて、イラッ!とすることがある。 誰でもそう言うことはあるが、そういうことがしょっちゅうあり、突発的に激しい怒りが出るなら「過去」が影響している。 幼少期、大人達に否定されたり、からかわれたり、雑に扱われていたように感じているとそうなりやすい。 実は過去の怒り。
家庭内で「怒り憎しみ悲しみ」を出せず、内側に抱えたまま成長することがある。 でも抱えるにも限界がある。ある日突然、抑圧された感情が溢れる。いつもイライラするようになる。 これらの感情を表に出せない場合、「そもそも感じない」ようになることもある。自分がよく分からない、につながる。
「ありのままの自分じゃ愛されない」と感じる人ほど、自分が存在することの理由を探し求める。 不安を和らげるため、自分のことより人の為に頑張る。誰かが喜んでくれたら、そこにいても良いと思えるから。 人の役に立ち何か出来なければ生きている価値がないと思い、休むことへの恐怖が膨らむ。
アダルトチルドレンは、「自分が変われば相手も変わるはず」と思う。 だがこの裏には、「相手が変わらないのは自分のせいだ」という自責の念が隠れている。 人は変われる生き物。あなたが努力で変えてきた部分があるように。でも変わろうと思わなければ変われない。 相手が変わらないのは相手の課題。
人間が一番ストレスに感じるのは、「どうにもならないこと」「自分でコントロールできないこと」。 だから「どうせ無理」「現実は変わらない」と思うだけで、ストレスはどんどん大きくなる。 すぐ現実が変わらないとしても「何とかなるかも…」「方法はある」と考えるだけでストレスは少し軽くなる
「ほどほど」「60%でOK」というアドバイスで心がフッと楽になる人がいる一方、戸惑う人たちがいる。 子どもの頃から100点を取っても認めてもらえないのに、60点なんてあり得ないと思う。ましてや自分の為に力を抜くなんて許されないと思う。 過去の影響で、怒られる呆れられる嫌われる…と怖くなる。
誰にも愛されていないのでは、消えてしまいたい、生きているだけじゃ価値がない、誰にも必要とされていない… ふとした時にこう感じることがある。 愛されたかった、必要とされたかった、もっと自分を見てほしかった… いままで満たされなかった気持ちが、「どうせ私なんて」に繋がってしまう。
いつもより満員電車がしんどかったり、イラッとしたり、誰かの言葉にカチン!ときたり… いつもより色々なことが気になるようになったら、脳が疲れているサイン! こんな日は、イライラする自分を責めないでね。 感覚刺激の8割は目から入るので、数分目を閉じるだけでも少し疲れが軽減されますよ✨
アダルトチルドレンは「記憶」の扱いに苦しむ。 苦しかった時期の記憶が抜け落ちる人もいれば、反対に苦しかった記憶ばかり思い出されることもある。 覚えていたら辛すぎる記憶を「なかったこと」にしたり、再び苦しみを繰り返さないよう「あえて忘れない」ことがある。 どちらも心を守る防衛機制。
トラブルがあると「もしかして私が何かしたかな…」と焦る人が増えている。 実際には、全部あなたのせいなんてことはない。 だが不安を通り越して怖くなり、悪くないのに謝ってしまう事も多い。 子どもの頃の経験から「人のせいにするより、自分のせいにした方が安全」と学んでいるとそうなりやすい。
考え方、感じ方、性格、選ぶもの…その全てで「間違っていないかな」と不安になる人がいる。 過去、大人達に否定された言葉を答え合わせをするかのように、誰かの否定的な言葉を受け入れて「ああやっぱり」「私なんて」と落ち込む。 過去の影響で、自信を失うような言葉ばかり無意識に集めてしまう。
「みんなが普通に出来ていることができない」「こんな弱い自分を変えたい」と苦しんでいる人が増えています。 今の感じている疲れは、これまでの疲れの蓄積。体も心も、それほど疲れているということ。 弱いどころか、これはむしろ「強さ」です。 こんなにしんどくなるまで、耐えてきたのですから。
みんなが良いというものが、あなたにとって良いとは限らない。 みんなが悪いというものが、あなたにとって悪いとは限らない。 誰かにとって良いものが、別の誰かにとって悪いものになることもあるから。 良い・悪いの基準は、立場や環境によって違う。だから、あなたがどう思うかを大切にしていい。
辛くて限界の時に休むのではなく、頑張らなきゃと思い詰める人が増えている。 例えるなら、風邪で熱が出て辛いのに「こんなんじゃダメ、体力をつけなきゃ…」とジムに行ってトレーニングするような状態。 身体の調子に合わせて食べ物を選ぶように、自分が触れる言葉・情報・人は、選んでいいのですよ。
「自分がどうしたいのかよく分からない」という人がいる。 誰かの意見を一方的に押し付けられ、自分の意見を主張しても親に否定され抑え込まれ、心が傷ついてる状態。 親が支配的だったり、過干渉の場合に抱えやすい悩みの傾向。自分の意見を主張しないほうが安全だと、無意識に植え付けられている。
「○○してあげる」「あなたのため」という言葉が極端に苦手な人がいる。 見返りを求められるのではという警戒、「どうせあなたにはできない」と言われているような悔しさ、迷惑をかけているような申し訳なさ・やるせなさなど、色々な不快感を味わう。 恩着せがましい環境で育つとそうなりやすい。
沈黙が苦手、というACは多い。 相手を楽しませなきゃと思っている場合、相手が喜ぶ正解を探す。沈黙になると、何とかしなきゃと焦る。 どうせ自分と居ても面白くないだろうと思っている場合、沈黙が怖い。 自分が楽しいかどうかではなく、「相手にどう思われているのか」という不安が大きい。
本当に辛い時に頼れなかった経験があると、どう頼っていいか分からなくなる。 頼ったら迷惑なのでは、嫌われるのでは、相手が離れていってしまうのでは…と恐怖も感じる。 誰かが手を差し伸べてくれても気が付けなかったり、警戒心からふりほどいてしまう。 「頼れない」のは性格のせいだけではない。
誰かの機嫌が悪い時、「自分自身の原因」を真っ先に探す人がいる。 言い方が悪かったかも、気に障ることをしたかも、タイミングが悪かったかも…と自分の非を探す。 実際は、あなたに原因がないことも多い。 ピリピリした家庭環境で育ったり、家族間で板挟みになることが多いとこの傾向が出やすい。
ご飯を作った、掃除した、洗濯した、何とか一日が終わった。それだけで十分「できた」。 あれこれ完璧にしなきゃと走り回ってるあなたが手抜きしたりゴロゴロできたなら、それは立派な「できた」なの。 「まだまだ」と頑張りすぎるあなたが、「もう無理!」と泣けたなら、それも「できた」なんだよ。
誰にも助けを求めず一人で頑張ってきた人ほど、「強さ」を求め続ける傾向がある。単なる力の強さではなく、精神的な強さを。 「人を頼れない」というとデメリットのように聞こえるが、そこには「他人を侵害しない」優しさが隠されている。 頼れないのではなく、実は「頼らない」を選んでいる。
何か決める時。 「どれでもいいよ」と相手に譲り、「ちゃんと考えて」と相手を怒らせてしまうことがある。 でもACの場合、「どれでもいい=何も考えていない」のではない。相手が何を選んでほしいか、どう思うか、どれを選ぶべきか、ベストは何か…考え抜いた結果「どれでもいい」に至ることがある
大きな物音が怖い、と悩む人が増えている。 静かにしなきゃと大人しくする、機嫌を直さなきゃと焦る、自分のせいかもと不安になるタイプなど色々ある。 過去に、大人達が物に八つ当たりするのを見聞きしていると、大きな物音に過剰に反応してしまう。大きな物音と「恐怖」が結びつきビクッ!となる。
<過去が原因で抱える悩み> ・幸せになってはいけないような気がする ・苦手な人に気を遣いすぎるが、大切な人に気を許しすぎて傷つけてしまう ・自由や愛、自分らしさがよく分からない ・「ありのまま」の自分がは愛されるわけないと思う(だから尽くし頑張りすぎる) ・消えたい、と思うことがある