576
「そんなこと気にしなければいいのに」
「なんでそんなこと気にするの?」
…などと言われて悩む人が後を絶たない。
「気にする自分がおかしい」かのように思ってしまうこともある。
そんな自分を責めてしまうこともあるかもしれないが、そうではない。
気にしたくて気にしているのではないのだから。
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怒鳴っても、スッキリしないことがある。
泣いて叫んでも、言いたいことが言えていない感覚が残る。
過去の影響から、本音を抑え込んで「別の感情」で表現していることが多い。
例として嘘をつかれて悲しい時に「悲しい」と本音を伝えられず、怒りで相手を責めると「悲しみ」が残ったままになる。
578
こんな自分は嫌なのに、変えられない。
生き方を変えたいのに、うまくいかない。
もっとラクに生きたいのに、どうしたらいいかわからない。
子ども時代に「自分」を抑え込んだ人ほど、大人になっても自分を強く抑え込んでしまう。怒りや恨み、悲しみにはまって、そんな自分にますます苦しんでしまう。
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自責は、ただでさえ落ち込んでいる時に追い打ちをかけて責めるから、辛いし苦しい。
だが、親に責められるのが当たり前だったり、自分が悪くなくても謝らなければいけなかった子は、大人になった時に自責しやすい。
あながダメだから自責するのではなく、子どもの頃からのクセで自責してしまう。
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褒められてもプレッシャーに感じたり疑ったり、好かれていても信じ切れなかったり、大切にされているのに不安になったり、そのままのあなたでいいと言われても「そんなわけない」と拒否してしまうことがある。
子どもの頃、親に対して抱いていた気持ちが、大人になったあなたの人間関係を邪魔する。
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子どもの頃、十分自分を出せず我慢したまま大人になると「どうせ」という気持ちが根付いてしまう。
「どうせ」があると、素直な気持ちが言えなくなる。言っても無駄、傷つくだけだと思う。
本当にそうなった時に「やっぱり」と思うことで、「どうせ」を強化してしまう。
過去が今のあなたを苦しめる。
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悲しみは出ていいし、泣いても良い。
「悲しむと余計に悲しくなる」と思うかもしれないが、実はその逆で「悲しいんだ」と受け入れる方が悲しみは早く消化される。
悲しみを抑えると「悲しい」が残ったままになったり、自分の感情が分からなくなっていく。
子どもの頃からクセになっていることもある。
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誰かの期待に応えられず、落ち込むことがある。
期待に応えられなかったら、嫌われるのではと怖くなることがある。
だが、「相手の期待に沿えない=あなたには愛される価値がない」というのは違う。
子どもの頃に条件付きで愛された経験しかない場合、「相手の評価=自分の存在価値」になってしまう。
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支配的な親のもとで育つと強迫性(完璧主義、白黒思考)が、親に振り回された人ほど「誰か」「何か」への依存性が、求めていた愛情が得られなかった場合には演技性(人に求めすぎてしまう)が出やすいことがある。
性格のせいだと思っていたことが、実は家庭環境の影響というケースは案外多い。
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もっとラクに生きたい、と思うことがある。
そのためにスキルを磨いて自分を好きになろうとしたり、自分を変えようと努力する人は多い。
だがACの場合、これだけではラクになれない。
一番重要なのは、過去に親にかけられた否定的な暗示(レッテル)に気づくこと。ここがスタートとなる。
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勉強を始めたり、運動をはじめたり、「何か」を始めた時。
当然のことながら、できない日もある。
できない時に、自分は責めないでおく。
忙しくて出来なかったなら「仕事を頑張った」「家事を頑張った」と思って良いし、疲れていたなら「疲れるほど頑張った」と思っていい。出来たことを見ていい。
589
急にキレたり怒鳴ったり…制御不能の怒りに振り回されることがある。本音を言えない優しい人に多い。
イライラの原因が「悲しさ」だったり、「寂しさ・不安」から怒りが出ている。性格のせいではない。
特に自分への否定、大切なものを失う恐怖や不安からくる怒りは「激しい怒り」に変わりやすい。
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誰かのために行動したり、誰かのために譲るのが、ダメなのではない。それそのものは素敵なこと。
だが、その行動の後に「私ばかり」「ズルイ」という不満が湧き出るなら、自分の気持ちを押し込めてあまりに我慢しすぎているのかもしれない。
我慢した年月が長いほど、心の内の怒りは大きくなる。
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些細なことでイライラし、落ち込み、不満が爆発することがある。
そんな自分を責めたり、イヤになることもあるかもしれない。
多くの場合、過去の何かが解決されないまま残って「そうなって」いる。
嫌だった、悲しかった、腹が立った事が心の傷になっている。
性格が悪いとかそういうことではない。
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「つまらない」「ダメな奴」といった人格否定、「臭い」「汚い」といった暴言、「気持ち悪い」といった容姿批判は、何十年も被害者の心を傷つけ残り続ける。
何十年も前のことに縛られている、と自分を責めたりガッカリする必要は無い。
体の暴力と同じように、心の暴力も深い傷を残すのだから。
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子どもの頃のネガティブな記憶が原因となって、「自分らしさ」を抑え込んでしまうことがある。
親を思う優しい子ほど、そうなりやすい。
遊びたい、甘えたい、自由にしたい…
こういった自分の気持ちを押し殺すことを繰り返しているうちに、「自分の本音を我慢する」のが当たり前になってしまう。
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心や体が疲れた時。
回復するまでゆっくり休める人もいれば、「こんなことで疲れるなんて」と自分を責めてしまう人、疲れないように鍛えようとする人、疲れていることを無視しようとする人もいる。
何かあった時に「どう考え行動するか」は、性格だけでなく「子どもの頃の家庭環境」の影響が大きい。
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物事がまるく収まる時。
その陰には、犠牲になっている人がいる。
自分の意見や気持ちを抑え込み、まるく収める。子どもの頃からそうしてきた人は、周囲の人が気付かないほど完璧に自分を抑え込む。
あまりに自然にふるまえる場合には、「我慢している」とも気づかれず感謝されないこともある。
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生きる土台(ありのままでいいという心の安定)は、母親がつくる。
だが、母親自身の生きる土台が安定していない場合、生きる土台を作ってあげるどころか、自分の土台を作る手伝いをさせる。
子どもが自立することが許せず、子どもが土台を作る邪魔をしたり、その子の土台を壊してしまうこともある。
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断われない、本音が言えないと悩むことがある。
そうではない側の人から、「嫌なら言えばいい」「やらなければいい」と簡単に言われることがある。
だが本人だって、わざわざ我慢を選んでいるわけではない。
子どもの頃からそのような立場にならざるを得なかったから、やむを得ずそうなっている。
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辛さや苦しみを吐き出した時、「あなたは感謝が足りない」「感謝して欲しいなら、相手にも感謝するべき」と言われることがある。
これまで我慢し誰かのために動いてきた人ほど、「分かってくれない」という悔しさ、絶望や怒りを感じる。
怒りの大きさは、あなたが耐えてきたことの大きさに比例する。