誰かと意見が違う時、「この人はそういう考え方なのだな」と納得できる人がいる。 一方で自分を否定されたように感じて腹が立ったり、自分が悪くないのに謝ったり、慌てて相手に合わせる人もいる。 自分に自信がない人ほど、後者の行動をとる。 結果、本音と行動のズレがストレスとなってのしかかる。
「遊ぶ元気があるならもっと頑張れよ」「動けるならもっと頑張れよ」と言われることがある。 あなたは何も楽しめない状況からやっと遊べるようになったのかもしれないし、やっと動けるようになったのかもしれない。 今まで頑張りすぎたあなたが遊んだり休めたりできたなら、それは「できた」だよ。
「もっと早く言ってくれれば」「どうしてここまで我慢したの?」と、他人から言われることがある。 でも実は、言わなかったのではなく「言えなかった」。本音を話せるような環境じゃなかった。 それに本当にしんどい時、人はしんどいことさえ気がつけない。何が辛くて何が嫌なのかも分からなくなる。
褒める認める、抱きしめる、大好きを伝える、否定をしない、意見が違っても受け止める… 親になってはじめて知ることがある。 育児書を読みながら「こんな事してもらってない」という悲しさや驚きに押しつぶされる。 今まで受けたものがおかしかったと知る衝撃はあまりに大きい
自分のために休むのが苦手な人がいる。 やるべきことが終わってもくつろげなかったり、自分だけ楽をすることに罪悪感が出て、限界まで動き続ける。 これがなかなかしんどいが、子どもの頃からずっとそうだった人ほど、もう疲れて動きたくないのに「追い立てられるように」動いてしまう。
「朝起きた時からしんどい」という人がいる。 何もしていないのに既に疲れている。気がついたら夕方で、落ち込む事もある。 これは身体よりも「心(脳)」が疲れている状態。これ以上無理しないように、脳が行動をストップさせる。 やる気や気持ちの問題ではなく、動きたいけど動けない状態。
新しいことを始める時は、不安なことの方が頭に浮かびやすい。 やる気がないわけでも、怠けているわけでもない。脳のしくみのせい。 やりたいのに一歩踏み出せない時には、『これが出来たらどんな良いことが起こるか』3つ書き出してみる。 脳が前向きになるから、成功する確率もグッと上がりますよ。
「ありのままの自分って何?」と思う人は多い。 何が得意で、何が好きで、何をしたくて、どんな性格なのか…考えるほど分からなくなってしまう。 いったい誰に見せている自分が、本来の自分なのかと悩む。 子どもの頃に抑え込んだ感情が多いと、自分が自分ではないような感覚を持つこともある。
「意見を言えない」「こんな性格を変えたい」という人は多い。 多くの場合はもともとの性格ではなく、その環境が「意見を言えない」あなたを作りだしている。 反論したら何十倍も反撃されそのたび後悔したり、否定されてばかりだと、言う気力さえ奪われる。言っても意味がないと学んでしまう。
指摘だけでなく、質問やアドバイスでさえ拒否反応が出る人がいる。 幼少期に大人から支配され続けると、他人から受ける支配に似たものに過剰反応する。 とっさに反撃してしまう人もいれば、後になって「ああいえば良かった」「あの言い方はなかったんじゃない?」とジワジワと不満が出ることもある。
人間が一番ストレスに感じるのは、「どうにもならないこと」「自分でコントロールできないこと」。 だから「どうせ無理」「現実は変わらない」と思うだけで、ストレスはどんどん大きくなる。 すぐ現実が変わらないとしても「何とかなるかも…」「方法はある」と考えるだけでストレスは少し軽くなる
攻撃欲の裏に支配欲が隠れていることがある。 支配欲が強い人ほど、ターゲットを集団の中で激しく攻撃しする。「ダメな人」「おかしな人」「使えない人」というレッテルを貼り、自信を失わせ、その人の味方を奪う。そうすることで無気力にさせる。 これは学校や会社だけではなく家庭内でも起こり得る。
「あんたが鬱になるわけない!」と親しい人から言われることがある。 一番味方になってほしい人に突き放されてしまう。 「甘えるな」と怒られることもある。甘えられずに一人で走り続けたから、鬱になったというのに。 「かまってほしいだけ」と呆れられることもある。そんなわけないにもかかわらず。
拒絶される不安が強いと、自分はどう思うかより「相手にどう思われるか」という視点が優先される。大切な人に拒絶される辛さを知っているから、そうまでして自分を出そうと思わない。 子どもの頃から他者を優先してきた場合、自分がどう思うかさえ分からないこともある。無意識に自分を後回しにする。
自己肯定感が低いと悩んでいる人が増えている。 みんな一緒、みんな仲良く、個性を出さない、出る杭は打たれる、迷惑をかけてはいけない…などの日本独特の暗黙の了解が、生きづらさを増幅させてしまう。 家庭内でも「ありのまま」で過ごせず、社会に出ても「ありのまま」を封じ込められる
暴力やネグレクト、酷い言葉を浴びせられた人だけがアダルトチルドレンになるのではない。家庭内がいつもピリピリしていたり、親の態度から「愛されていない」「私なんていなくてもいいんだ」と感じ取る場合も同様の傷を負う。 まだマシ、もっと酷い人がいる、これくらいで…と思う必要は全くない。
「自分勝手」「冷たい」「冷めてる」「暗い」と誤解され、苦しむ人がいる。 皆のように楽しめなかったり、皆ほど同情できなかったりした時に、「自分は社会不適合者なのでは」「欠陥人間なのでは」と自分自身を責めてしまうこともある。 自分の感情をひた隠しにすることで生き延びてきた人に多い傾向
キラキラしたSNS投稿や、幸せそうな投稿を見て、「自分はこのままでいいのか……」と落ち込む人が増えている。 だが本当にその人が楽しくて仕方ない時間を過ごしているなら、その瞬間にSNSには投稿していないはず。 本当に幸せでいっぱいならSNSでアピールせず、目の前のその人に集中しているはず。
「自分で自分の機嫌を取ろう」などポジティブな発信を見て、「私は出来ていない…」と落ち込むことがある。 今はそれほど疲れているんだと思って良い。 「1年で解毒しました」という人を見て、「私はまだこんなに影響を受けている…」と落ち込むことがある。 傷の深さがそれだけ違う、と思って良い。
ご飯を作った、掃除した、洗濯した、何とか一日が終わった。それだけで十分「できた」。 あれこれ完璧にしなきゃと走り回ってるあなたが手抜きしたりゴロゴロできたなら、それは立派な「できた」なの。 「まだまだ」と頑張りすぎるあなたが、「もう無理!」と泣けたなら、それも「できた」なんだよ。
「過去を思い出す」にも色々ある。 再現VTR のように映像が流れる人、相手の顔と声が「写真+音声」で思い出される人、音声のみの人、スライドショーのように再生される人もいる。 「未だに影響を受けている…」なんて落ち込まないで。それほどあなたにとって、大きな出来事だったということだから。
許せない人がいるあなたへ まずは、「あの人を許せない」と思っている自分を許してくださいね。「許せない」と悩む人の多くは、すでにたくさん相手を許して我慢してきたのですから。 「許せ」「許すべき」という世間のプレッシャーに、飲み込まれないでおきましょう。 diamond.jp/articles/-/311…
誰かが辛そうだと、疲れているのに動けてしまう人がいる。 誰かを思う気持ちは素敵だが、過去の影響が大きい人の場合は「したい」という楽しい気持ちよりも、「しなきゃ…」と何かに焦り追い立てられるように動いてしまうことが多い。 その結果、心が満たされず「私ばかり」と不満が募りやすい。
言う通りにしないと怒られるから、自分のしたいことを抑える。誰かに認めてもらうため、自分のしたいことより他人の気持ちを優先する。 その環境で生きていくために感情を抑えすぎると、自分の気持ちが分からなくなっちゃうんだ。 でも大丈夫。気持ちは消えてないから。 これから取り戻していこう。
「しなきゃダメ、本当はしたくない」 「やってみたい、だけど無理」 このような葛藤を抱えると、相反する気持ちが綱引きするように身動きが取れなくなる。 物理的に何も行動していなくても、寝ているだけだとしても、四六時中考え続けると心は疲れていく。 慢性的な疲れは甘えじゃない。理由がある。