「70点でOK」「ほどほどでOK」と思えればラクになる。 でもそう思えなかったり、全力で頑張るのが得意なら、それはそれでいい。「頑張ると休む」をセットにする方が合うこともある。 ありのままの自分が好きになれないとしてもいい。 前向きに考えたり、無理やりポジティブの方がしんどい時もある。
何のために頑張ってるのか、そう虚しくなるかもしれない。 なんでこんな毎日なのか、そう悲しくなる時があるかもしれない。 一人になった時に、突然涙が溢れてくることもあるかもしれない。 泣きたいほど辛いのに、全く涙が出ないこともあると思う。 悩むのは、前を向いているから。 それだけで凄い。
何か出来ても出来なくても自分に価値があり、愛されていると実感できる環境が自己肯定感を育てる。 でもそうではない家庭で育つと、底知れない不安を抱く。自分が存在することの意味さえ分からなくなることもある。 「信頼」「愛情」「自信」「ありのまま」という言葉に、拒否反応が出る人も多い。
「こんなことが未だに影響を与えるの?」と思うような過去の出来事が、現在の生きづらさに関係していることが多々ある。 自分の欲しいものではなく「親が選んでほしそうなものを選ぶ」など相手の意図に沿うよう誘導され続けた結果、「自分が本当にしたいことが分からない」に繋がることもある。
「人目が気になりすぎる」人がいる。 相手にどう思われているか、嫌われていないか、周囲から浮いていないか、何が正解なのか…考えすぎて分からなくなってしまうほど悩む。 常に思考フル回転状態の為、寝ても疲れがとり切れない。 子どもの頃、「手のかからない良い子」と言われていた人に多い傾向。
あなたはダメじゃないし、おかしくないし、役立たずじゃない。 生きていていいんだよ。 過去に言われた「あなたは○○」が、大人になってもあなたを苦しめるかもしれない。 でもきっと、どんなに頑張って努力してもその人は認めてくれなかった。 もうその人のために、頑張らなくてもいいんだよ。
アダルトチルドレンは、何かに依存することで自分を保つことがある。 過食、アルコール、ゲームやギャンブル依存は、現実が過酷すぎる場合の一時的な逃避。 SNSやセックス依存は、自分の価値や存在の確認。必要とされていると知り安心したい。 依存は逃げでも弱さでもなく、生きるための1つの手段。
ネガティブなことは考えない方が良い。 たしかにそうだけど、考えちゃうよね。 人と比べない方が良い。 それが出来たらいいけど、分かってても比べちゃうもの。 自分を大切にって言われても、よく分かんないって人もいると思う。 それはそれでいいんだよ。 「なんで私は…」と自分を責めないでね。
「集団の場が苦手」という人がいる。 幼少期、家庭内で「自分の居場所がない」と感じた人に多い傾向。人嫌いなのではなく、1人でのびのび平和に過ごしていたいタイプが多い。 だが日本の社会では「集団生活ができない子」「協調性がない子」というレッテルを貼られてしまう。結果、孤立感が強まる。
自分の心に嘘をつくことがある。 誰かを喜ばせるため、悲しませないため、受け入れてもらうために。 聞きたくない愚痴を聞き、泣きたいほどしんどいのに笑い、平気とごまかし、限界なのに大丈夫なふりをする。 子どもの頃に家族のバランスを保っていたり、親を喜ばせようと頑張っていた人に多い傾向。
イライラ、不満、怒り… 全部、出てきていい感情なんですよ。 「冷たい」「熱い」の両方を感じるように、明るい感情だけを選ぶことはできないから。 だから「イライラしちゃだめ」と気持ちをごまかしたり、「怒っちゃダメ」なんて自分を責めないで。 どんな気持ちも、いったん受け止めてから。
自分軸の基準は、自分がどうありたいか、自分がどうしたいか。 他人軸の基準は、相手がどう思うか、相手からどう見えるか。 ACの場合、『親軸』がとても強い。 他人軸同様に「親がどう思うか」が物事の中心になるのはもちろんのこと、自分軸にも侵食する。 だから自分が分からなくなるし、生きづらい
会社に行けない辛さもあるが、 精神的に限界なのに「会社に行けば動けてしまう」からこその辛さもある。 動けない苦しさもあるが、 肉体的に限界なのに「やらなきゃ」と動けてしまうからこその苦しさもある。 どちらも周囲に理解されにくいからこそ、辛いし苦しい。
笑顔は、素敵。 だけど無理して笑うと、心が壊れていく。 気遣いは、大切。 だけど相手優先だと、自分がボロボロになる。 頑張るのは、必要。 だけど休まず頑張ると、いつか倒れてしまう。 どんなにいいことも無理すると続かない。 『ぼちぼち』くらいでいいんだよ。そうじゃなきゃ、持たないから。
親に愛されていない人だけが、ACになるのではない。 親なりに愛してくれていても、ACになることはある。 親の望む通り振る舞うことを求められ、それに応えているうちに「自分」というものがわからなくなる。気がついた時には、親の理想から外れることが怖くなり、自分の決断に自信が持てなくなる。
しんどい時こそ笑顔を見せ、疲れて限界でも平気なふりをして、自分の状態を周囲に見せないようにする。 子どもの頃からそうやって頑張ってきた人ほど、できてしまう。 心配かけないように、迷惑かけないように、弱いと思われないように、つけこまれないように…本当の自分を隠すことで心を守る。
ここがダメ、そこが良くない、それは間違ってる、ほらやっぱり… そんな風にダメ出しされたら、どんな素敵な人でも自信をなくす。良いところが悪いところで上書きされて、見えなくなっちゃう。 だから、そんなに自分に厳しくしないでね。 まだ好きになれなくていいから、責めないでおこう。
ひとりと孤独は違う。 ひとりの時間が必要な時はあるが、「誰も私を必要としていない」「誰も分かってくれない」という孤独は苦しい。 大勢の中にいても、家族の中にいても、心の中で孤独を感じることはある。 周囲に合わせて笑っていても、心の中が次第に『無』になっていく。
怒ってもイライラしてもいいんですよ。 だけど、怒れない時もありますよね。 そんな時は『左手の拳』をぎゅっ!!と握る。 脳に「怒りを回避せよ💡」という指令が届き、急激な怒りが抑えられます。 「あの人と話すとイライラするんだよな…」という時は、事前に左拳を握ってみてくださいね。
本来なら変わらなくていい人が悩み苦しみ、悪くないのに追い込まれ、限界が来てカウンセリングを受けるケースが増えている。 だが、「自分を変えなきゃ」と悩む時点で、あなたはとても頑張っている。 疲れるのは、ちゃんと考えているから。あなたのせいで、そんな目に遭ったとは限らない。
……言ったら批判される、言ってもどうせ変わらない、言ったら迷惑をかけてしまうなど、言ったら後悔するのが目に見えていると「言いたくても言えない」という心理状態に陥ります。 実は「言わなかった」のではなくて、「言える環境ではなかった」可能性はないでしょうか? diamond.jp/articles/-/311…
世間一般のストレス解消法で、『逆にストレスを溜める』人が増えている。 会話で気を遣いすぎる人は、ストレス解消で遊んだつもりが逆に疲れる。 気分転換に外出したつもりが、色々なものが気になって息抜きにならなず落ち込む。 ストレス解消のために、「一人で何もしない」が必要なこともある。
過去を思い出して辛いのは、少し前に進んだから。辛いと気がつけるようになったんだよ。 しなきゃいけないことが終わらない日もある。 でも終わらなかった=途中まで「できた」。 しんどくて動けなかった日は、今まで頑張り過ぎちゃったあなたがやっと休めた日。出来なかったじゃなく「できた」。
「○○するべき」「○○しなくちゃダメ」という思いが強いほどイライラしたり疲れやすい。 社会生活を送るうえである程度は必要な感情なのだが、あまりに強すぎると自分を苦しめてしまう。 そもそも「○○するべき」が、実は自分の思いではなく「子どもの頃に親があなたに求めたもの」のことも多い。
「あなたが自分で選んだのでしょう?」「私は強制していない」と言われることがある。 相手が望むような答えを言い、喜んでくれるようなものを選び、相手の想いをひたすら汲み取ってきた人は、絶望感を味わう。 子どもの頃から家族に対し心を砕いてきた人ほど、他人にも無意識にそうしてしまう。