他人の気持ちには敏感なのに、自分の気持ちには鈍感な人がいる。 我慢したり頑張るのがデフォルトだと、これくらい平気と思ってしまう。愚痴や暴言が多い環境だと、心をマヒさせる事もある。 一緒にいると苦しくなるなら、それはあなたの心が傷付けられているサイン。相手がいい人かどうかも関係ない
火山が噴火するように、心が爆発することがある。怒りの音がしたり、頭の中で黒いものが渦巻く。 怒鳴ったり叫んだり泣いたり責めたり壊したり…自分でも「どうしてそんなことをしたのか」理由を説明できないし、アンガーマネジメントも通用しない。 幼少期に抑えた感情が大きいほど、反動も大きい。
「自分を愛せなければ、他人を愛せない」と言われ、絶望を感じる人がいる。 「自分に優しくなければ、他人に優しくできない」と言われ、そんなことない!と憤る人もいる。 絶望や怒りを感じるのは、あなたがそれほど一生懸命に頑張ってきた証でもある。 だからこそ、人生を否定されたようで苦しい。
「やる気が出ない」なんて、落ち込まなくて大丈夫。それが普通だから。 やる気は、やりはじめると出る。 だから、とりあえずやってみる。やってみて、考える。 やる気のスイッチを押すのは、あなたです。 動けない時は休みましょ。 そんな日もあるし、そんな日が続くこともある。まずは回復最優先!
心の防衛機制の1つ『抑圧』というものがある。 辛い、悲しい、寂しいなど負の感情に蓋をすることで、心が傷つかないように守る。 でも人は、負の感情だけを抑圧することはできない。負の感情を抑圧すれば、「楽しい」「嬉しい」という感情も感じにくくなる。 これが「自分がよく分からない」に繋がる。
「自分が認められない」 「自分を認められるようになりたい」 という悩みを抱えることがある。 子どもの頃に「認められる」という経験をしていない(不足している)と、自分を認めるという感覚そのものがピンとこない。 親からの否定があまりに多い場合、否定は馴染みがあるが肯定がわからなくなる。
「もういい年なのに」 「お母さんなのに」 「女(男)なのに」 …なんて口出しする人の言うことは聞かなくていいし、落ち込んだり悩んだりしなくていい。 「普通は○○」なんてその人の価値観、その人の普通でしかないから。 色んな肩書があるけれど、あなたはあなた。誰にも決めさせなくていい。
悔しさは、誰でも感じる気持ちじゃない。 適当に生きて、なんとなく過ごして、それでいいやと思っていたら「悔しい」なんて思えないんだよ。 だから悔しいと思えるあなたは、それだけで素敵。落ち込めるあなたは、諦めていない。 頑張って努力して、前に進んでいるからこそ、そう思えるんですよ。
<自己肯定感が低くなる要因> 1.生まれつきの気質 HSPだと罪悪感、孤独感、マイナス感情が出やすい 2.幼少期の親との関係 褒められ励まされるより、一方的な指示や人格否定が多かった場合「無価値観」が出やすい 3.トラウマ体験 不安と恐怖に押しつぶされ、自信を失い、感情が乱れやすい
「自分が悪い」「私さえいなければ」という思いが強い場合は、罪悪感を持ちやすいタイプなのかもしれない。 だが、「罪悪感=悪いことをした」わけではない。 だからまずは「そう思ってしまうだけで、実際にはすべて自分が悪いわけではない」と考えてみることから。あなたのせいではないことは多い。
<自己肯定感を上げる5か条> 1.褒められたらありがとう 2.失敗しても自分を責めない 3.自分が悪くない時の謝罪はしない(罪を被らない) 4.自分なんてと自虐しない 5.好き嫌いは正直に(意地悪しなければ十分優しい) ACは親から真逆のものを与えられ教えられてきたから、苦労しやすい。
ACは、条件付きの愛情を与えられて育つ。 ○○出来たらいい子だけど、出来ないならダメなど。 だから「○○出来た時の自分は好き」と思えるが、結果を出せない自分は生きている価値がないと思う事もある。 休んだ後は頑張らなきゃいけないなど、「○○したら××」という条件付きのルールが多くなる。
「やった方がいいと頭ではわかっているのに、なぜかできない」のは、納得できていないから。 理解は頭。 納得は感情。体が感じるものなので、体験したことのないものは、なかなか納得できません。 だから、少しやってみる。 やってみて、もう一度考えたらいいんですよ。何回やってもいいんですから。
親に愛されていない人だけが、ACになるのではない。 親なりに愛してくれていても、ACになることはある。 親の望む通り振る舞うことを求められ、それに応えているうちに「自分」というものがわからなくなる。気がついた時には、親の理想から外れることが怖くなり、自分の決断に自信が持てなくなる。
<ACが抱えやすい傾向> ・条件付きの愛情に苦しむ  ⇒○○しないと愛されないと思う ・何か始める前に、どうせ無理と諦める  ⇒最悪のケースを想定するため先延ばししやすい ・~するべき  ⇒やるべきことは分かるが「やりたいこと」が分からない ・白黒思考  ⇒100%出来ないなら無意味だと思う
拒絶される不安が強いと、自分はどう思うかより「相手にどう思われるか」という視点が優先される。大切な人に拒絶される辛さを知っているから、そうまでして自分を出そうと思わない。 子どもの頃から家族を優先してきた場合、自分がどう思うかさえ分からないこともある。無意識に自分を後回しにする。
否定されることが多いと、自分の気持ちを聞かれるのが苦手になる。 あなたを知りたくて質問したのだとしても攻撃的に感じる。 「どうしてそう思うの?」という質問が、「そんなこと思うなんておかしい」「普通そう思わない」という否定の言葉に聞こえてしまう。 捻くれているわけではない。
誰にでも小さくて無力な時期がある。 この時期に「生きているだけで愛される」という経験を積むのか、「親の意に沿わなければ愛されない」「ちゃんと出来ないと怒られる」という経験を積むのかでは、心の土台が全然違う。 どんな自分にも価値があると思えるかどうかの差は、考え方や性格だけではない。
「今」を心から楽しむのが苦手な人がいる。 自分が楽しそうな時に親が不機嫌だったり、呆れられたりするとそうなりやすい。楽しむことがいけないことだと無意識に刷り込まれてしまう。 だからわざわざ不安な未来を想像したり、嫌だった過去を思い出して、楽しみすぎないよう無意識にブレーキをかける。
「なんのために頑張ってるんだろ」と虚しくなるのは、あなたなりに今を生きているから。 そこから逃げ出したくなるのは甘えじゃないし、努力が足りないのとも違う。その環境やその人があなたに合わなかっただけ。 あなたが弱いのではなく、世の中のストレスが強すぎる! 今日もあなたは頑張りました☺️
理想的な環境で育った人は、「大人になってまだそんなこと言ってるの?」という。 でも、大人になってまで影響を与えるのが家庭環境。 子どもが最初に所属する社会が「家族」。 家族の中の自分の在り方が、世の中に出た時の自分にリンクする。家族を信じられなければ、世の中の人を信じられなくなる。
優しい一言や気遣いは、相手の心を温かくする。 これはとても素敵なことだけれど、誰にでも優しくしたり、誰にでも気を遣い続けられなくていい。 というより、できてもしない方がいい。 それで心と体が壊れてしまう人が、たくさんいるから。 できない時があっていいし、しない時があっていい。
どんなに愛されても実感できなかったり、信じたいのに疑ったり、友情や愛情が続かないのなら、満たされていない何かがある。 過去に感じた「疎外感」「無力感」「孤立感」は、時間が経ったからといって魔法のように消えてはくれない。 だから「こんないい歳して…」なんて思う必要は無い。
「私なんかと話してもつまらないよね…」と不安になったら、「誰かに言われたことある?」と自分に聞いてみて。 「あ、言われたことない」という人、もしくは親など特定の誰かにしか言われていない人が多いと思う。 もしそうなら、その人がそう言っただけ。みんながそう思ってるわけじゃないからね。
ACが抱える悩みは、中身だけ見れば「誰でも抱える悩み」と同じ。 だからこそ理解ある環境で育った人たちには「甘え」「言い訳」「人のせいにしている」という風に見えたり、心無い言葉を浴びせられることもある。 そういう人たちに、心の土台に大きな穴が空いたACの悩みの深さは分からない。