誰かに「無理だ」と言われて諦めるのと、実際にやってみて「無理だ」と諦めるのは全然違うんですよ。 誰かに言われて諦めると「やってみればよかった」と後悔が残りやすい。 でも自分で決めた事なら、結果がどうであれいつか納得できます。もしうまくいかなくても、挑戦したという自信がつきますから。
責められ続けると、人は人を信じることが出来なくなる。 劣等感に包まれ、誰にも本音を打ち明けられないのはおろか、助けを求めるのも怖くなる。 否定され続けると、人は自分自身でさえ信じることが出来なくなる。「私はおかしいのでは」「ふつうではないのかも」と自分で自分を否定してしまう。
あなたはダメじゃないし、おかしくないし、役立たずじゃない。 生きていていいんだよ。 過去に言われた「あなたは○○」が、大人になってもあなたを苦しめるかもしれない。 でもきっと、どんなに頑張って努力してもその人は認めてくれなかった。 もうその人のために、頑張らなくてもいいんだよ。
過去を思い出して辛いのは、少し前に進んだから。辛いと気がつけるようになったんだよ。 しなきゃいけないことが終わらない日もある。 でも終わらなかった=途中まで「できた」。 しんどくて動けなかった日は、今まで頑張り過ぎちゃったあなたがやっと休めた日。出来なかったじゃなく「できた」。
過去の辛い出来事が、何度も思い出されることがある。夢で出てくることもある。 「過去のことを言っても何も変わらない」「ぐだぐだ言うな」と指摘されることもあるが、そんなことはない。 心の傷がまだ癒えていない1つのサイン。繰り返し聞いてもらうことで、少しずつ傷が癒えていくこともある。
あなたが勇気をもって相談した時。 「そんなの大したことない」「私の方が大変」と言われて、落ち込む事があるかもしれない。 でも、苦しさや辛さに、大きいも小さいもないんだよ。 だから「もっと苦しい人がいる」なんて思って我慢しないで。あなたが嫌なら嫌だし、辛いものは辛いでいいから。
誰にも愛されていないのでは、消えてしまいたい、生きているだけじゃ価値がない、誰にも必要とされていない… ふとした時にこう感じることがある。 愛されたかった、必要とされたかった、もっと自分を見てほしかった… いままで満たされなかった気持ちが、「どうせ私なんて」に繋がってしまう。
心のどこかで「私なんて」「どうせ」と思っていると、差し伸べられた手に気が付けなかったり、助けに気が付いてもその手をふりほどいてしまう。 もう自分のために生きていいんだよ。 まだそう思えなくても自分を責めないで。 それほどの環境で生きてきたってことだから…。 今まで頑張ったね。
<ACが抱えやすい心身反応> ・頭痛  ⇒ずっとそうだからそれが当たり前という人も ・肩こり  ⇒首の裏が慢性的にパンパン ・歯の食いしばり  ⇒ストレスから無意識に。とにかく顎が疲れる ・皮膚炎  ⇒アトピー、一時的に出る蕁麻疹など ・自律神経の乱れ  ⇒うつ症状、過呼吸、神経性胃炎など
ACといっても原因やそれによって抱える生きづらさ、頑張る理由、休めない理由、求めているもの、生じる悩みは一人一人違う。 共通点は、子どもらしい自然な欲求を抑えなければいけなかったこと。 ありのままの自分を認めてもらう時期に、ありのままの親を認め受け入れなければいけなかった。
人が怖い、という悩みを抱えることがある。 仲良くなりたいのに出来なかったり、人間関係で極度に緊張したり、あまりに疲弊する。 虐待やネグレクト、大切な人が去った経験、身近な人からの否定、仲間はずれなど、幼少期に人間関係で辛い思いをしていることが多い。 性格のせいではないことがある。
アダルトチルドレンにとって笑顔は、自分を守る仮面。 落ち込んでも辛くても限界でも、笑顔でいれば気づかれない。気づかれないために笑うが、本当は誰かが気がついて救い出して欲しい。 ACの怒りや警戒は、不用意に誰かに近づいて傷つけられないための防御。そこに相手を傷つける意図はない。
もっと強くなれば、もっと綺麗になれば、もっと元気になれば、もっと賢くなれば『自分を好きになれる』と思うかもしれない。 でもそれだと、ずっと好きになれない。「もっと○○なら」は、終わることがない欲望だから。叶えても叶えても、不安が尽きない。 もっとに疲れたら、頑張るのを一旦休憩。
褒められて喜べない、と悩む人がいる。 容姿、成績、仕草、言葉遣い、性格など、子どもの頃に親から否定されたことを褒められると拒否反応が出やすい。「そんなわけない」と受けとめられない。 幼少期に滅多に褒められないと「こんなことで褒めるなんて」という相手への不信・嫌悪を抱くこともある。
「ダメ」「そんなもの」「なんでできないの?」「普通は~」「あの子はできるのに」・・・ このような否定的な言葉を受け続けていると、「自分を否定する言葉」が心に溜まっていく。 大人になるにつれ、自分を否定しダメ出しするようになる。嫌だったはずの馴染みのある言葉を自分に向けてしまう。
心を「コップ」に例えることがある。 コップに負の感情が溜まって溢れてしまう前に、休憩しよう、逃げようという。 でも優しいアダルトチルドレンの心は「スポンジ」のように、相手の攻撃も酷い言葉もいったん受け止めてしまう。コップと違って溢れないから、本人も周囲も限界が分かりにくい。
みんな苦労しているからといって、苦労しなきゃいけないということはない。 みんな我慢しているからといって、耐え忍ばなきゃいけないということはない。 みんなも辛いからといって、弱音を吐いてダメということはない。 同じものなんて、ひとつもない。 休んだり離れたりが必要な時は、案外多い。
「気にしすぎ」と言われても、気になるよね。 「大丈夫」と言われても、不安だよね。 「考えすぎ」と言われても、考えちゃうんだよね。 誰にもわかってもらえなくて、辛くなる日もあると思う。 そんな日は、自分で自分に「あるある。そうだよね」「そう思って良いんだよ」と声をかけてみる。
AC+HSP気質だと、小さな失敗でとことん落ち込みやすい。 「そんなことで?」「気にしすぎ」と言われやすいが、そう単純ではない。 過去の失敗が蘇り、責められているように感じる。怒られ見捨てられたように感じた過去があると、恐怖が加わる。 この感覚は、理想的な家庭で育った人には理解できない。
あなたが勇気をもって相談した時…… 「そんなの大したことない」「私の方が大変」とマウントを取られることがあるかもしれない。 でも、苦しさや辛さに、大きいも小さいもありません。 だから「もっと苦しい人がいる」なんて思って我慢しないで。 あなたが嫌なら嫌だし、辛いものは辛いでいい。
人に囲まれていても、孤独を感じることがある。 一緒にいるだけで心がつながっていないと感じる。 誰かと笑っていても、楽しめないことがある。 周囲に馴染むよう顔は笑っているが、心は無の状態のこともある。 ふとした瞬間に、「私はなぜこんなことをしているのだろう?」と感じることがある。
チャンスは、必ず訪れる。 だがラッキーな出来事や、新しい何かに挑戦するタイミングだけがチャンスとは限らない。 「手放すチャンス」というのもある。 嫌々続けてきたこと、諦めて我慢し続けてきた環境、どうしても耐えられない人間関係を手放すチャンス。手放せば、新しいものを掴める。
<ACが抱える対人関係の悩み> ・ガードが固すぎ、逆に曝け出し過ぎなど距離感で失敗する ・人の為に自分のお金、時間、労力を使い果たす ・うんざりしている関係なのに、一人になるのが怖くて離れられない ・嫌いな人からも拒絶されるのが怖い ・ノーと言えない ※後悔した過去がある場合、言わない
もっと優しい親に育てられていたら、もっと前向きな性格だったら、もっと健康だったら… そう思う事もあると思う。 だけどそんな環境で育ってきたあなたは、それだけで凄い。 不安を感じて生きているだけで、頑張ってる。 痛いところや不調があるのに「どうしたらいいか」考えてるだけで、十分偉い。
優しい一言や気遣いは、相手の心を温かくする。 これはとても素敵。でもずっと優しくしたり、一緒にいる間気を遣い続けなくても大丈夫。 というか、それは出来ないの。 それで心と体が壊れちゃった人を大勢見てきたから…。 誰かにしているように自分のことも見てほしい。たまにでもいいから。