「質問されるのが苦手」という人がいる。 質問が自分への否定や、自分を責められているように感じることもある。 相手に自分を知ってほしいが、本当の自分を曝け出すのが怖いこともある。 周囲からの何気ない否定の積み重ねや、「私さえ我慢すれば」という日々の犠牲が隠されていることが多い。
喧嘩や争い大声が苦手という人は多いが、アダルトチルドレンの場合は「苦手を通り越して恐怖」さえ感じる。 だからその場を和ませようと焦る。相手の機嫌を直そう、これ以上怒らせてはいけない…と何かに追い立てられる。自分が悪くないのに謝ったりする。 共通点は、争いの多い家庭環境だったこと。
性格は変わらないって言うけど、環境や一緒にいる人によって案外コロッと変わるんですよ。 久しぶりに会ったり、恋人ができた友達の性格が変わってしまうことがあるように。 「こんな自分、嫌!」って思う時があるかもしれないけれど、その環境や一緒にいる人があなたに合っていないだけなのかも。
「意見を言えない」「こんな性格を変えたい」というACは多い。 多くの場合はもともとの性格ではなく、過去の家庭環境が「意見を言えない」あなたを作りだしている。 反論したら何十倍も反撃されそのたび後悔したり、否定されてばかりいると、言う気力さえ奪われる。言っても意味がないと学んでしまう。
アダルトチルドレンは、辛い気持ちに蓋をする。 私より大変な人がいる、私よりキツい環境で生きている人もいる…と頑張りすぎる。 でもこれは既に限界ギリギリまで耐えてきた人の考え方。 大変さは比べられない。 「これくらいで…」と思う必要もなければ、他人に言われて頑張る必要はもっとない。
休むことに抵抗が出る人がいる。 「時間を無駄遣いしているのでは」「他にやるべきことがあるのでは」「サボっていいのか」という声が頭の中に響き、焦りや不安、罪悪感からやるべきことを探して動き続けてしまう。 普段から頑張りすぎていたり、本来なら休まなければいけない人ほどそうなりやすい。
「ボーっとしてる」「よくわからない人」「協調性がない」というレッテルを貼られる事がある。 共通点は、自由に意見を言える家庭環境ではなかったこと。 でも本当は、周りに邪魔されず1人でのびのび自由に過ごしたい平和的な子。 言葉に出さないだけで、考えることは多く感受性はとても豊か。
困っている人に、吸い寄せられるように近づいてしまう人がいる。 助けなきゃという使命感・罪悪感に押しつぶされそうになる。疲れているから本当は関わりたくないと思いつつ、何もしない自分が冷たい人間のように感じて辛い。 子どもの頃から誰かを笑顔にしたり、助けようと頑張ってきた人に多い傾向。
しんどい時こそ明るく振舞い、疲れて限界の時も平気なふりをして、自分の状態を周囲に見せないようにする。 子どもの頃からそうやって頑張ってきたから、無意識にそうしてしまう。 心配かけないように、迷惑かけないように、弱いと思われないように、つけこまれないように、本当の自分を隠すことで守る
「なんで私はストレスがうまく発散できないんだろ…」なんて落ち込まないでね。 その人とは、ストレスの大きさが違うだけだから。少し休むくらいじゃスッキリできないくらい耐えてきたのかもしれないし、好きな事でさえ楽しめないほど疲れてるのかもしれない。 ゆっくり少しずつ、あなたのペースで。
アダルトチルドレンは何十年と親の機嫌を取り、怒らせないよう悲しませないよう気を付け、一度言われた事は失敗しないよう心掛け、言われる前に先回りするようにして、親の地雷を避けて生きてきた。 これらを本気で努力してきた人ほど、大人になった時の人間関係に悩みやすい。性格のせいではないよ。
「言葉にしないと伝わらないよ?」 「ちゃんと話せば分かってもらえるはず」 そう言われることがある。 だが言葉にしても伝わらない人はいるし、話しても分かってもらえないこともある。 それが親の場合、子どもの頃からその経験を積み重ねすぎて「何も言わない方が心が傷つかない」と諦めてしまう。
「自分の居場所なんてないのでは」と不安になる人がいる。 「この場所に居てもいい」と安心できる所属感は、幼少期に褒められ励まされることで生まれる。無視されたり酷いことを言われたり、過剰にコントロールされていたら生まれない。 アダルトチルドレンが、ふと不安になる理由はここにある。
辛くて苦しくてどうしようもない時、「逃げる」「離れる」「辞める」が必要なことがある。 その場で踏ん張って乗り越えらえられることもあれば、どうしても乗り越えられないこともある。自分を責める必要はない。 その人・その環境が合わないだけで、次の人・次の環境でうまくいくかもしれない。
「やった方がいいと頭ではわかっているのに、なぜかできない」のは、あなたのせいではないですよ。 実はそこまでやりたくないのかもしれないし、かなり疲れているのかもしれないし、失敗したら…と不安なのかもしれません。 だから少しやってみる。 やってみてもう一度考えたらいいんですよ。
何もしたくない日があっていい。 そう思うほど、今日まで頑張ったってことだから。休んで回復しよう。 何も出来なくて、落ち込む日もあるかもしれない。 それもそれでいいんだよ。それほど疲れが溜まっていたってこと。 いつも頑張りすぎるあなたが何もせず休めたなら、それは「出来た」だよ。
親と距離をとり、離れることがある。 家族がバラバラになったように感じたり、実際に家族から「あなたのせいでこうなった」と責められることがあるかもしれない。 でもあなたが壊したんじゃない。 すでに壊れていた場所で、あなたがバランスを保ち、ギリギリ耐えていただけ。あなたのせいじゃない。
誰かの機嫌が悪い時に「自分自身の原因」を真っ先に探す人がいる。 言い方が悪かったかな、気に障ることをしたかな、タイミングが悪かったかな…と無意識に焦る。 でも実際は、あなたに原因がないことも多い。 ピリピリした家庭環境で育ったり、家族間で板挟みになることが多いとこの傾向が出やすい。
「自分の性格が嫌い」と言うACは、ものすごく多い。 でも人のことを信用できないのは、性格のせいではない。自分の考えが分からないのも、人に合わせてしまうのも、NOを言えないのもそう。 受け入れてもらえなかったり否定ばかりされたら、誰だってそうなる。環境によって作られたものはとても多い。
一見幸せなカップルや幸せな家族の裏に、たった一人の犠牲者が隠れていることがある。 そういった「表面上の幸せ」は、その子が色々なものをぶつけられ、引き受け、耐え、我慢することでギリギリ保たれている。その子の辛さは、家族さえ知らない。知ったところで受け止めてもらえない。それがACの辛さ
ACが勇気を出して、辛い気持ちを打ち明けた時。 「そんな昔のことを今更…」と呆れられることがある。 「そんなこと言ってない」と言い張られたり、「あなたの作り話だわ」と責任転換されることもある。 でも年月が経てば心の傷が消えて許さなきゃダメなんてルールはないし、自分を疑う必要も無い。
理想の親子関係は『肯定』から生まれる。 初めて出会う人間(親)から肯定されることで、子どもは自分を肯定する方法を知る。「ありのままで生きている価値がある」と自分自身を肯定できるようになる。 でもACの場合、子どもが親を肯定しなければいけない。 自己肯定感が低くなる理由は、ここにある。
「うちの子は反抗期がなかった」「育て方が良かった」と親が誇ったり、立派に成長したあなたを見て親が他人から褒められることもある。 でもACの場合は、反抗期がなかったのではなく『反抗できる環境ではなかった』だけ。できなかったから、しなかっただけ。 頑張ったのは親ではなく「あなた」。
空気が読める、表情や仕草で分かる、声色で察する… 相手の言ってほしいこと・やってほしいことを察し、疲れ果ててしまう人がいる。 『賢い人はバカなフリが出来る』という言葉があるように、あえて共感しないで心を守る時があっていい。 その人の力になれなくても、意地悪しなければ十分優しい。
「あんなふうになりたくない!」と思っている人と、同じような行動・言動をしてしまうことが誰にでもあります。 でもあなたが気が付けた時点で、その人とは違うんですよ。その人は、気がついてもいないから。 ショックを受けたのは、本気で気を付けていたから。 気付けたあなたなら、きっと大丈夫。