話さなくても分かる相手と、話せば分かる相手がいる。 一番厄介なのは、話しても分かり合えない相手。 最後まで話を聞かず、問題をすり替え、揚げ足をとり、都合よく解釈する。 日常的に接する相手がこのタイプの場合、「自分がおかしいのでは」「自分が悪いのでは」と自責傾向の錯覚に陥りやすい。
<アダルトチルドレンが苦手な状況> ・親の連絡をスルー(何十件と着信が残る恐怖や罪悪感) ・親の意見にNOを言う(悲しませる、怒られる、否定される) ・相手がつまらなさそう(自分なんて…) ・自分一人だけ楽しむ(うしろめたさ、申し訳なさ) ・誰かが不機嫌な時(自分のせいかなと思う)
嫌いなら離れる。 可能ならば、この方法が一番負担がない。 だが、それが家族や職場の人だったりすると、そう簡単にいかないこともある。そんな時は、「好かれたいのか」「嫌われたくないのか」を考えてみる。 好かれたいわけではないなら、そうまでして相手に合わせなくてもいいのかもしれない。
悩みがなさそうに見える人がいる。 実は、悩みを見せないように相当頑張っている。深い悩みを抱える人ほど、だれにも相談できず一人で抱え込みやすい。 いつも笑顔の人もいる。 でも多くの場合は、悲しみや苦しみを笑顔で覆い隠している。心を元気にするはずの笑顔で、自分の心がすり減ってしまう。
アダルトチルドレンは、人との距離感に悩む。 相手に依存され過ぎたり、警戒しすぎて壁を作ったり、信頼できる相手に心を許しすぎてしまったり… 急に距離が近づくと怖くなり自ら関係を断つ事もあれば、酷い部分をわざと見せてしまい相手が離れていくこともある。 自分をどこまで見せていいか悩む。
アダルトチルドレンは、相手の反応を気にしすぎてしまう。 「考えすぎ」と指摘されることもあるが、考えなくて良ければどれだけ楽だろうということは、本人が一番痛感している。 子どもの頃に愛された実感がなかったり、ありのままの自分を否定された経験があるとそうなりやすい。性格のせいではない。
「親なりに愛してくれたはず」と語るアダルトチルドレンは多い。 だが、親の機嫌次第で言うことや態度が180度変わったり、過干渉(反対に無関心)な極端な関わりは、子どもの心を不安定にさせる。何をどこまで信じていいのかが分からなくなる。 愛着不安は、様々な心身の不調の引き金になりやすい。
「うまく話せなかった」「私ばかりペラペラ話しちゃった…」と落ち込んだり、「ああ言えばよかった」と家に帰って後悔することがある。 でも、あなたが思うほど悪いことはしていないし、失敗もしていないから大丈夫。 子どもの頃から親の機嫌を気にしてきた人ほど、相手の反応が気になりやすい。
火山が噴火するように、心が爆発することがある。怒りの音がしたり、頭の中で黒いものが渦巻く。 怒鳴ったり叫んだり泣いたり責めたり壊したり…自分でも「どうしてそんなことをしたのか」理由を説明できないし、アンガーマネジメントも通用しない。 これまで抑えた感情が大きいほど、反動も大きい。
アダルトチルドレンにとって笑顔は、自分を守る仮面。 落ち込んでも辛くても限界でも、笑顔でいれば気づかれない。気づかれないために笑うが、本当は誰かが気がついて救い出して欲しい。 ACの怒りや警戒は、不用意に誰かに近づいて傷つけられないための防御。そこに相手を傷つける意図はない。
「あの人はこうして欲しそう」 「あの人はこう思うだろうな」 他人の気持ちを考えられる人ほど、何か行動する時「相手」が主語になる。 相手がいい人でも優しくても、悪い人じゃなくても人気者でも関係ない。 あなたが一緒にいて苦しいなら離れていい。少し距離をおいていい。意地悪しなければ十分。
イライラにイライラで返したり、怒ってる相手に怒り返しても、何も解決しない。むしろややこしくなる。 その人は、誰にも変えられないから。 変えられるのは自分だけ。 でもだからといって、あなたが我慢したり謝ったり、相手に合わせる必要はないんだよ。 距離を置いたり、スルーしてもいいんだよ。
「怒り」の感情に振り回されることがある。 子どもの頃に怒りっぽい大人がいて「あの人のようになりたくない」と怒りを封じ込めたり、我慢の限界が来て怒りが抑え切れずに溢れたり、信頼できる誰かにだけ怒りをぶちまけてしまうこともある。 家庭が「安全基地」ではなかった場合、そうなりやすい。
幼少期に親に否定されたり褒められたことのない部分は、誉め言葉として受け取りにくい。 「トロい」「グズ」「早く」「遅い」と怒られたことが多いと、「丁寧だね」と褒められて喜べない。遠回しに遅いと指摘されているように感じたりする。 褒められて喜べないのは、性格のせいではない事が多い。
辛いできごとがあった人だけが、心に傷を負うわけではない。 不幸な家庭で育った人だけが、人間関係に苦しむわけではない。 他の人から見た時に「ささいな出来事や一言」が、本人の心を深く傷つけていることがある。 身近な人が「良かれと思って」言った言葉に、人知れず苦しむこともある。
勇気をもって悩みを打ち明けた時。 「私はもっと辛い」「私はもっと大変」と言われることがある。あなたの悩みを聞いてもらうはずが、相手の悩みを聞かされる。 こういう人が親だと、子どもは苦労する。 人間関係の基礎は親子だから、「どうせ誰も自分のことを分かってくれない」と諦めてしまう。
傷つきやすいあなたは、誰よりも心の痛みが分かる。だから優しい。 引きずりやすいあなたは、それだけ真剣に物事を考えている。 ストレスが体に出るのは、皆に心配かけないように笑顔で頑張っているから。 あなたが「直さなきゃ」と自分を責めてしまう部分が実は、あなたの「素敵なところ」でもある。
「何でそんな細かいの?」「考えすぎ」「適当に流せばいいのに」 ...このように他人から言われることがある。 まるで「それが悪いところ」のように指摘されることがある。 だがそれは相手と違うだけ。人には自分と違うものを否定する傾向がある。 あなたが直さなくていいところは、案外多い。
トラブル時、直接何か言われなくても「私のせいだ」「自分さえいなければ…」「あの時ああしていれば…」と自責することがある。 自分の気持ちより相手がどう思うかが優先されてしまうのは、性格というより「気付いてしまう」故の悩み。 相手の態度や空気で色々と察する人ほど、疲れやすい。
アダルトチルドレンは「ごめん」や「ありがとう」が口癖になりやすい。 「自分なんて…」という不安を抱えたまま大人になると、反射的に使ってしまう。 どちらも大切な言葉だが、自分に自信がないと相手に見捨てられないためにこの言葉を使いすぎる。 だから、言うたびに自分の心が削られる。
何か出来ても出来なくても自分に価値があり、愛されていると実感できる環境が自己肯定感を育てる。 でもそうではない家庭で育つと、底知れない不安を抱く。自分が存在することの意味さえ分からなくなることもある。 「信頼」「愛情」「自信」「ありのまま」という言葉に、拒否反応が出る人も多い。
今のままじゃダメだと思いながら、新しいことに挑戦できないことがある。 失敗が許されなかったり、親が過度に口出しする環境で育つと、成功の喜びより「失敗のリスク」が上回り恐怖から踏み出せない。確実に成功するため考えた結果、何から手を付けていいか分からなくなる。 やる気がないわけではない
子どもの頃に言われた一言が、大人になっても心を支配することがある。 例えば「笑い方がおかしい」と言われたのがきっかけで、笑うことに抵抗が出る。誰かが自分を見ていると「悪口を言っているのでは」と怖くなる。 ある程度克服しても、ふと「今の私の笑い方、おかしくないかな?」と不安になる。
「自分で自分の機嫌を取ろう」などポジティブな発信を見て、「私は出来ていない…」と落ち込むことがある。 今はそれほど疲れているんだと思って良い。 「1年で解毒しました」という人を見て、「私はまだこんなに影響を受けている…」と落ち込むことがある。 傷の深さがそれだけ違う、と思って良い。
HSP気質を持つアダルトチルドレンは、周囲の空気を読むセンサーが勝手に作動する。しかもこのセンサーは手動でオフできない。疲れ果てて強制終了か一人になった時、驚くほど『無』の状態になる。 疲れやすい自分を責めることがあるが、「それほどのことをやっている」から疲れて当然と思っていい。