あなたを褒めて気持ちよくしてくれる人のことは、ほんとうに大切にしてな……。 彼らも人間だから、「全然そんなことない」「でも私にはこういうダメなところもあって」なんて謙遜(というか、相手の意見の否定)ばかりされてたら疲れてしまう。褒めは勇気を出して100%額面どおりに受け取って喜ぼう。
どんなことでも10年続けるとプロ並みの能力になるらしい。今から10年前、いくつでしたか。そのとき、得意だったのは何ですか。今でもそれは得意ですか。どんな些細なことでもいい、それはプロ並みの能力だ。その能力を活用できていますか。
別に自分のことを無理して好きにならなくてもいいので、自分が好きな人をもっと好きになったらそれでいい。出来ればその人が活躍するのを影で手伝ってあげたらいい。この人の考え方が広まったらもっと楽しい空間が生まれるだろうな、って思う人を全力で好きになって支援したらいい。
脳って、粘土を叩くと元には戻らないのと似ていて、一度加えられた変化は、元に戻らない(可塑性という)。 一度経験したことをなかったことにはできない。 だから「元に戻ろう」「いつもの調子を取り戻そう」とするより、その出来事を受け入れ、変化していく方が、脳の仕組みにはかなっている。
「褒められているときに自分でブレーキをかけない」というスキルは実はすっごく大切で、これは自分のためというより、せっかく自分の価値を褒めてくれている相手のためであって、正直コミュニケーションスキルの中でもかなり大事なスキルのひとつだと思うんだけど、これを練習するのがけっこう難しい。
歩いているときの思考は前向きになることを発見して以来、煮詰まったときにとにかく何も考えず散歩に出かけることを心がけている。「あ、煮詰まった」と思った瞬間に玄関を脱出できるかどうかがカギなので、 ・帽子(ボサ髪を気にせずに済む) ・すぐ羽織れる服 ・鍵 をセットにして置いとくとよい。
人を追い詰めなきゃ存続できない会社は、どんどん潰れる必要がある。あなたがその理不尽を乗り越えてしまったら、次にまた、他の誰かがその理不尽を引き受けることになる。理不尽の連鎖を断ち切り、次の世代に引き継がないということが、今の時代、いちばんの社会貢献になる。
「私も苦しんだんだからあなたも苦しみなさい」という感覚を克服できたら、けっこうこの世の中いい感じになると思うのだ。 PTAとか学校とか会社の風習とか。親と子の関係とか。
「スタートするのがめんどくさいこと」を、「やりたくないこと」と勘違いしないでください。あなたはそれをやりたくないんじゃない。ただ、スタートを切るのが億劫なだけ。誰にとってもそれは普通のこと。スタートを効率よく切るために、学校とか、会社とか、習慣、っていうのを人間は開発してきた。
「なんでこんなこともできないの?」という言葉は、疑問形になってるけどこれ、質問でもなんでもなくって、ただの言葉の暴力です。 こんな言葉で「どうして自分はこんなこともできないだろう……?」なんて悩むのはすごくもったいないから、その思考からまず、辞めていってみてほしいです。
全部自分のせいにしてしまうストイックな人のための別な角度からの考え方「実は今、日本はけっこう生きるの大変な国です」「あなたの所属する組織の構造上の問題点のしわ寄せが、たまたまあなたに行ってる可能性があります」「言うまでもないですが相手にも問題がありました」「運が悪かった」
コントロールできる部分より、できない部分の方が多いから、「自分」というのも所詮は他人だと思っている。でもいちばん身近な他人だから、いちばん優しく接してやる必要がある。家族よりも。恋人よりも。「自分」が上機嫌になって初めて、自分以外の他人にも優しくできる。
何らかのステータスだけを欲しがっているときは要注意。結婚(しているという状態が欲しい)とか、恋人(がいるという状態が欲しい)とか、本当にやりたいこと(をして収入を得ている状態が欲しい)とか。その欲望の先に具体的な「誰と?」が思い浮かばないなら、その欲望は誰かに押し付けられたもの。
日頃のルーチンワークをきちきちとこなすことで、自分の精神を安定させる。 その安定した精神で、不安定なことをする。新しいことに挑戦したり、やりたくないけどやらなきゃいけないことに着手したり。 不安定になることを拒否するのではなく、そういう挑戦を受け入れるための基盤をつくる。
何で見たか忘れちゃったんだけど、眠れないときに頭の中で「あー」とつぶやき続けるとすぐ眠れる、っていうのを読んで最近よく使ってるんだけど、これ、ほんとに効くっぽい。多分、無駄なことを考えることができなくなるからだと思う。瞑想でマントラを唱えて無心になるのと同じ原理。
「自分一人ではなにもできない」からの、 「だからもっとがんばらなきゃ」がいつものパターンだったんだけど、 「だからもう、あきらめて人に頼ろう」の方を少しずつ選べるようにしていく。 ときには人に頼ることすら必要なくて、「黙って寝ていよう」でもいいときもある。
『辛かったら逃げろ』という言葉がtwitterに溢れるようになって、とてもいい世界になってきたなと思う。そして、少しずつ「むしろこっちにおいでよ、楽しいよ!」って言葉も聞こえてきていて、そう言える大人がもっと増えたら素敵だと思う。
「あなたには幸せになって欲しい」というやさしい言葉には、 ・私の想定の範囲内で幸せになってください。 ・ただし私より幸せにはならないでください。 ・私を置き去りにして幸せにはならないでください。 みたいな異物が混入していないかどうか、たまにチェックすることをおすすめします。
「今日中に終わらせなきゃいけない仕事」がたったひとつあるだけで、心理的プレッシャーが高まり、取り掛かるのが億劫になり、ダラダラした時間が増え、別の作業をしようにもその仕事が気になって手がつかず、全体的に生産性が落ちる、という負の連鎖に陥る。締切頼みの仕事の仕方は、実は効率が悪い。
人に頼ることは弱いことでも悪いことでもない。むしろ、自分一人でなんでも解決しようとすることの方が、ずっと臆病なふるまいだ。
「嫌われる覚悟をする」というのは「基本誰からも好かれたいけど、誰かから嫌われそうなことを思い切って、する」という内面的な決断であって自分の中の縛りを自分の意志で外すからその人のアウトプットが更に広がるわけで、元々嫌われ慣れてる図々しい人の発言を養護するものではない
「できない」を「できそう」にレベルアップさせる唯一最大最高の方法は、「今の自分でも間違いなくできる」と思える小さい行動を考え、それを実行すること。どこにでも書いてあるし自分自身何度もゆってるけど、これは何度言っても言い足りない。だから今日も言う。何ならできるかを考え、実行する。
「あなたのためを思って」は「あなたのためを思っている自分自身のためを思って」ということなのであまり気にしなくていいと思います。
あれやらなきゃなぁ、これもやらなきゃなぁ、って思いながら過ごすのは気持ち悪いでしょう、気持ちがどんよりするでしょう。嫌でしょう。だからそういうのが頭をよぎったら、ほんの少しだけ、それに関しての「準備」だけでも進める。これだけで、この気持ち悪さが一転、行動したという快感にかわる。
やらなくちゃいけないことがあるのになかなかやる気になれないときは、「今やっていることをやめる」ことに意識を集中すると動きやすい。だらだらネットしてるならそれをやめる。ねっ転がってるなら起きる。「やめる」と「始める」を一緒にやろうとするから大変。まずは「やめる」に集中する。