376
「先生って、作家になる前は何をされてたんですか?」
「詐欺師です」
「…え?」
「物語って、言ってみれば全部嘘じゃないですか。僕、嘘つくのは得意だったんで。特に、説得力のある背景を捏造するのが」
「え…本当ですか?」
「勿論、嘘ですよ」
先生の腕時計を見ると、パテックフィリップだった。
377
「今日は皆に転校生を紹介する…が、その前に転校生の鈴木さん、君に言っておく事がある」
「なんですか先生?」
「パンを咥えながら登校するな。朝食は家でとりなさい」
「はぁい」
「あとバイク通学は禁止だ。いいな?」
「はぁい」
「よし。じゃあ君の席は、今朝病院に運ばれた安田の隣だ」
378
公園の子供達がうるさいので注意しに行った。
「お前らうるせぇんだよ!」
すると子供達は俺を見つめて言った。
「オジさんもサッカーやる?」
「やる!」
その日は最高に楽しかった。生きる希望を見出したし、再就職もした。あの子供達はもういないけれど、今は俺の子供達と、あの公園で遊んでいる。
379
動画を楽しんでいると、そのコメント欄に『くそつまんねぇ』とあって、水をさされた気分だった。『言葉は選びましょう。それが人の理性であり、品格です』と返信してから気付いた。コメント投稿日は2年も前だった。そんな昔のコメントに、何をマジレスしてるんだ俺は。しかも、俺のコメントだった。
380
人生の1/3は睡眠である。だから私は夢を楽しむことにした。これで人生の3/3を起きてるも同然だ。すると、夢が楽しい。起きてる時間が勿体ない程だ。私は薬を飲んで眠る時間を増やすことにした。
あれ?
おかしいな。
今夜の夢は、なかなか覚めない。
先立ったはずの妻が、ずっと、隣で微笑んでいる。
381
やぁ。私は犬の言葉を理解する研究を成功させた者じゃ。
「ワンワン!」
この元気に吠えているのは、犬のジョンじゃ。
「ワンワン!」
んん?何を言ってるのかさっぱりわからん。まさか文句じゃあるまいな?「犬の言葉を理解したい」と言ったのは君じゃぞ?今更、人間に戻りたいのか?ん?ん?
382
「ヤバ…鍵かけたっけ?」
家まで戻って確認すると鍵はかかっていた。よかった、これで安心して買い物にいける。
夕方、歩き疲れて帰宅する。
「……え?あれ?」
取り出した鍵が、何度やっても鍵穴に入らない。不思議に思ってよく見ると、間違って実家の鍵を持ち出していた事に気付いた。
383
『やぁ、諸君。目覚めたかね』
「こ…ここは?」
『突然だが、君達には簡単なクイズに答えてもらう』
「お前は誰だ!?」
『更新を怠る大人達を裁く者…とでも言っておこうか。では第1問。鎌倉幕府が成立したのは西暦何年?』
「なんだ常識じゃねぇか!1192年だ」
『……失格だ。〝粛清〟する』
384
「息子よ。どうしても家業を継いでくれないのか…」
「うん…もう決めたんだ」
「せっかく技術を伝授してきたというのに…」
「悪いけど僕は僕の人生を歩みたいんだ」
「Youtuberになりたいのか」
「…あぁ、そうだよ」
「なら、どうして…」
「お父さんのチャンネルを継ぐんじゃ、意味ないんだよ!」
385
手紙が届いた。
小学校のころに埋めたタイムカプセルが開かれたらしい。そうだ、思い出した。手紙のテーマは『将来の自分へ』だった。でも何を書いたのか、もう思い出せないのだ。手紙にはこう書かれていた。
『将来の僕へ。お医者さんにはなれましたか?』
独房の中で、俺は声を押し殺して泣いた。
386
「またお腹が痛くなったのかい?」
「うん!でももう治った!」
そう言ってこの母子はいつも帰っていくのだ。看護師曰く「多分あの子、待合室の鬼滅の刃が読みたくて、仮病使ってるんですよ」との事だ。
後日、いつもの母子が来ると、奥さんはひっそりと私に聞いた。
「あの…先生って独身ですか?」
387
「俺達、卒業してもずっと友達だよな」
「………」
「友達だよな?」
「ごめん。君とはもう友達でいられない」
「え?」
「僕のことは、今日からお義父さんと呼んで欲しい」
「え?…………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
388
「では、本当に冷凍睡眠を受けていいのだね?」
「はい。遥か未来の技術に賭けます」
132年後…
「…うっ…眩しい」
「お目覚めになりましたか?」
「あぁ…!その声は…!!」
驚く僕を、彼女は抱きしめてくれる。
「私とこうしたいと、いつも言っていましたね」
「この瞬間を夢見てたよ…Siri」
389
綺麗な写真を撮る人だった。
構図もレタッチも完璧で、その人が写し出す自然美の数々に私はすっかりファンになった。
でも最近のその人は自撮りしか投稿しなくなった。
もしかしてアカウント乗っ取られた?なぜ風景を撮らなくなったのかDMで聞くとこう返ってきた『1番美しいのは私だと気付いたので』
390
『SNSで他人の言葉にイラッとした事はありませんか?
報復、承ります。
私の用意してる97種のアカウントを駆使し、あなたの差し金と気付かれず、自然な流れで相手に不快な思いをさせてみせます。プランは以下。
暴言プラン:1000円
晒しプラン:2500円
住所特定プラン:1万円 』
……
1万かぁ…。
391
私には一流企業で働く彼氏がいる。イケメンでエリート。でも私は他の人を好きになってしまった。平日だけど、今日はその人の家でデート。彼氏は今頃一生懸命働いているのに、私は他の男に会っている。その罪悪感が私の心をスパイスした。頼んでたUberが来たみたい。ドアを開けると、彼氏が立っていた。
392
アパートに帰ると、お隣の男子大学生が自室の前で体育座りしてた。
「鍵無くしたの?」
「いえ、終電逃した女友達を中に泊めてるので」
「それで君は外に?紳士過ぎない?」
「いえ、せめて床に寝せてって頼んだら『ダメ』って…」
「え、女の子に追い出されたの?」
「はい。そんな所に惚れたんです」
393
今日も会社と家の往復を済ませ、夢も希望も無い毎日から逃避するように、ゲームを起動する。
「そういや、川島の奴は夢を叶えたのかな…」
ゲームを全クリし、スタッフロールが流れる。
すると、見覚えのある名前が目についた。
〝ディレクター:川島 一〟
俺は泣きながら、ゲームの電源を切った。
394
家に帰ると荷物が届いていた。僕はすぐに配達担当の人に電話した。
「なぜ荷物が家の中にあるんですか?」
『え?』
「不法侵入ですよね?」
『いえ…奥様が受け取られたのですが…』
意味がわからない。
僕は…独り暮らしだ。
後ろを振り向くと、クローゼットの隙間から、こっちを見てる人がいた。
395
俺の趣味は、赤本の古本を買うことだ。中に書かれた悪戦苦闘の跡に、彼らの青春を垣間見るのが俺の喜びだった。ある日、某T大の赤本を中古で手に入れたのだが、最後のページにはこう書いてあった。
『君の合格を祈る』
俺はその赤本と、コレクションの数々を、再び世間に放流した。
396
「泥棒ー!誰か捕まえて!」
私が叫ぶと、通行人の男性が泥棒を取り押さえてくれた。
「失礼、僕は先を急ぐので…警察が来るまでこうしておきましょう」
彼は鞄から縄と手錠と目隠しを取り出すと、泥棒を縛りあげ、ガードレールに繋いだ。彼は笑顔で去っていったけど、目は笑っていなかった。
397
LINEの〝誤送信防止機能〟は、正直邪魔だ。
今までの文脈を読み込み、不自然と判定したら確認メッセージを表示する仕組みらしいが、設定の消し方がよくわからんので放置していた。俺は今、それ所じゃないんだ。悩みに悩んだ末、彼女に『別れよう』と打ち込んだ。
『本当に送信してよろしいですか?』
398
一流企業に入る奴は馬鹿だね。
優秀な場所には、優秀な奴が集まる。世の中、上には上がいるんだ。自分が築いたチンケなプライドは、ズタズタに引き裂かれる。だから、そこそこの会社で無双してる方が、ずっと幸せな人生を築けると俺は考えた。それが御社を志望した理由ですって言ったら落とされた。
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「アンタ、こんな日にチョコ持ってきたの?」
「こんな日だから、だよ」
こういうイベントには必ず準備する人だった。最愛の恋人を亡くしてからも毎年チョコを欠かさず供える彼女は、私の理想だった。
「やっと、お爺ちゃんに直接渡せるね」
涙を堪えながら、祖母の棺桶に、私はチョコを入れてあげた。
400
「なんだこれ?」
届いた書留を夫が開くと、中身はご祝儀袋だった。私も首を傾げた。私達はもう結婚7年目なのに。だけど差出人である先輩の名を見て、私は彼の言葉を思い出した。
『ごめん…金無くて結婚式行けない…俺が人気作家になったら、必ずお祝いするから』
ご祝儀袋には、100万が入っていた。