映画館のチケット売り場でバイトしてると、カップルがやってきた。 「ここと、ここの席でお願いします」 妙だなと思った。空いてるのに、敢えて席を離して指定したからだ。 「いいんです。隣同士で座っちゃうと、ドキドキして映画に集中できないんです」 俺は思った。 これで時給900円は安すぎると。
「娘さんを僕にください」 「その言い方は極めて不適切だ。娘は私のものではない。そして君のものでもない」 「…まさか」 「そう。〝蛇神様〟のものだ」 「生贄…ですか」 「村の安寧のため…仕方ないのだ」 その夜。 僕は彼女をつれて村を出た。 その後、風の噂で、1つの村が水害で滅んだと聞いた。
オロチ先輩ってどうしてオロチなんて渾名なんだろう?苗字が蛇沼だからかな? 「実はそれだけじゃないんだ」 「何か由来があるんですか?」 「アイツ、サークルの女子に手を出しまくって、八股してた時期があってさ」 「…ヤマタノオロチ」 「きっちり懲らしめてやったよ」 「流石です、スサノオ先輩」
僕の友人は紛れもない天才俳優だ。 役に没入するあまり、日常生活の中ですらその役になりきってしまう程だ。そんな友人と飲んでいた僕は、つい愚痴を漏らした。「僕も君みたいに、何か才能があればなぁ…」 「何言ってんだ、お前は天才だろ。役作りは順調か?確か今度は『天才俳優の友人』役だっけ?」
お爺さんはある日 罠にかかっている鶴を助けた。別の夜 お爺さんの家に白い着物姿の若い娘がやって来た。娘は裾をまくって足を見せると、そこには酷い傷跡があった。娘は氷のような目で問う。 「あの罠を仕掛けたのは誰か、ご存知ですか?」 爺さんは滝汗をかき、答えた。 「ワ、ワシじゃないぞ…?」
私事で恐縮ですが、この度、結婚しました。娘と息子を授かり、2人とも今では立派な社会人です。子供達が自立し、趣味の裁縫に没頭する老後は、とても穏やかでした。娘と息子は今、孫達と共に私の周りで泣いています。そろそろお迎えが来たようです。久しぶりに夫に会えます。では皆様も、良い人生を。
僕は性善説を信じている。人間、悪いやつなんていないんだ。この前だって、電車で赤ちゃんの泣き声にマジギレしてるオジさんと冷静に話し込んだら「仕事続きで、ストレスが溜まってたんだ…すまなかった」って素直に謝ってくれた。やっぱり、人は話せばわかるんだ。そうでなかった奴は消してる。
小・中学校では、運動が出来る奴がモテると知り、俺は必死に体を鍛えた。 高校・大学では、勉強が出来る奴がモテると知り、俺は必死に勉強した。 社会では、金を持ってる奴がモテると知り、俺は必死に稼いだ。 あの世では、生前の徳を積んだ奴がモテると知り、俺は後悔した。
「…なぁ、お前に言わなくちゃいけない事があるんだ」 「なんだよ、改まって」 「俺達も、長い付き合いだよな」 「そうだな。もう3年になるかな」 「今日こそ、ハッキリ言おうと思う」 「おう!」 「上司の俺にタメ口はやめような。友達じゃないんだから」 「……僕は…ずっと友達だと思ってました」
俺のクラスの生徒は忘れ物が多過ぎる。明らかに俺はナメられている。ここは一発、厳しさを見せねばなるまい。 「皆さん。今日から、忘れ物をした人は廊下に立ってもらいます」 教室からブーイングが巻き起こるが、無視して続ける。 「では、出席を取ります」 出席簿を忘れた俺は、廊下に立たされた。
現代文の問題用紙を開くと、我が目を疑った。俺の書いた小説が載っていたからだ。 なんで?? これは夢か?? しかし夢ではなく、俺はその問題を解くしかなかった。当然 全問正解だ。 後日、入試問題に著作物を利用する場合、作家への許可は不要で大抵は事後報告だと、俺の担当編集者が教えてくれた。
世界一難しいゲーム? なんでも、大抵の奴は途中で心が折れるらしい。面白い。俺がクリアしてやる。 それからしばらく俺は引き籠った。有給を使い切り、上司の鬼電を無視し、痩せ果てた頃、ようやくラスボスを倒した俺は歓喜の声をあげた。EDの最後にはこうあった。『以上でチュートリアルは終了です』
マッチングアプリで知り合った男性と待ち合わせしてると、怪しいオジさんが話しかけてきた。 「お待たせしました」 「は?誰ですか?」 「タロウです」 「え?写真と違い過ぎません?」 「あれは10年前の写真ですので」 「いやそれ規約違反じゃ?」 「失礼な。載せてから10年が経過しただけですよ」
「…課長、その腕時計は?」 「あぁ、可愛いだろう?」 俺はキティちゃんの腕時計を誇らしげに見せた。 「え、えぇ…でも仕事場には…」 「そんな顔するな。娘からの誕生日プレゼントなんだよ」 「あ、なるほど」 部下は微笑んでくれた。まぁ、娘なんていないんだが。まだまだ、世の中はポイズンだぜ。
『やたらに人に弱味をさらけ出す人間のことを私は躊躇なく「無礼者」と呼びます』 三島由紀夫のこの言葉を、友人は座右の銘としていた。 ある日、そんな友人が急に私の家にやって来た。「どうしたの?」と聞くと「…愛犬が他界した」と呟き、私の前で号泣してくれた。私はそれを告白と受け取った。
『Bot確認です。以下の問いに答えて下さい』 「なんだ?全問簡単な算数じゃないか…むしろBotの得意分野だろ」 選択肢の中から回答を選ぶ。 「…待て、全問答えがAになっちまった…どこか計算ミスってないか?」 暫く悩んでると画面が切り替わり、次に進めた。俺はBotじゃないと判断されたらしい。
『助けて!誰かぁ!』 アパートの住人が一斉に廊下に出ると、そこにはスピーカーがタイマーでセットされていた。そんな悪戯が何度もあり、住人達はうんざりしていた。 「いやぁ!誰かぁあ!」 今じゃすっかりとお馴染の悲鳴を住人は気にも止めなかった。翌日 アパートの一室で他殺体が見つかるまでは。
父は寡黙で照れ屋だから、大事な言葉はいつもお酒の力を借りて言う。 でも、酔った勢いで褒められても、心がこもって無いみたいで、少し嫌だった。 私が志望校に合格した日、父からビール片手に「よく頑張ったな」と言われた時も同じ気分だった。その手に持っていたのが、ノンアルだと気付くまでは。
まだスマホも携帯も無かった時代に、どうやってデートに誘ったかって?家の電話に直接かけてたんだよ。好きな子を夏祭りに誘う時の電話は、本当に緊張したものさ。はは、お兄さんが電話に出た時なんて、すごく気まずかったよ。後で教えてもらったんだけど、お兄さんなんていないそうだ。
『最近ウチの子がなかなか言うこと聞いてくれないの…またイヤイヤ期かなぁ』 私の好きな育児エッセイ漫画が更新されていた。私はこのママさんからいつも元気をもらっていた。私も頑張らなきゃって気になる。息子さんが産まれてから今日まで、1日も育児エッセイの更新を忘れないから凄い。30年間も。
父の訃報が届いた。 俺が歌手を目指して家を飛び出したその日から、俺は勘当されてると言うのに、今更どの面下げて葬式に出ろって言うんだ。 出棺される父を見送る。話によると、出棺の際に流す曲は、予め指定できるらしい。それは、父の遺言の1つだったそうだ。流れたのは、俺のデビュー曲だった。
女友達が手首を切って自殺を試みたが、失敗した。 あり得ない。彼女は敬虔な教徒であり、彼女の宗派では、自殺は地獄に行くほどの大罪なのに。 「なぜ自殺未遂を?」 「恋人に先立たれたの…」 「死に急ぐな。いつか天国で彼に会えるだろう」 彼女は首を横に振った。 「きっと、そこに彼はいないから」
〝独りが好きな人〟オフ会に参加してきた。 店を貸し切り、全員独りで座り、黙々と酒と食事を楽しむ会だ。勿論、話しかけるのはご法度。沈黙に始まり、沈黙に終わる。 そんなオフ会も、今や参加しているのは俺だけだ。俺は〝蟲毒〟の作り方を思い出しながら酒を飲んだ。毒のように、美味い酒だった。
合格発表の日。掲示板に僕の番号は無かった。僕は正気を失い、普通じゃあり得ない行動に出る。懐から油性ペンを取り出して掲示板に近づくと、警備員に止められた。 「君、掲示板に自分の番号を書こうとしてるな?」 「よくわかりましたね」 「去年も、そういう奴がいたらしいからな」 「それ、僕です」
「ねぇママ。魔族の定義って何?」 「あぁ、賢い私の坊や。私達に害を成すのが魔族よ」 「でも、熊さんも襲ってくるけど、魔族じゃないよね?」 「坊や、熊は喋らないでしょう?」 「じゃあ、言葉を喋って、僕達を襲うのが魔族なんだね!」 「そうよ。彼らは、自分達をヒトと呼んでるみたいだけど」