301
「お前ってミステリマニアだよな」
「そうだよ」
「今までで一番、読者へのミスリードが上手かった作品って何がある?」
「そりゃ〝名探偵コナン〟一択だよ」
「あぁ…やっぱり?」
「うん。最終回でコナンが大人に戻った時、工藤新一じゃなかった衝撃は忘れられないね」
302
「ヘイSiri 今日の天気は?」
「……」
「ヘイSiri 今日の天気は?」
「……」
「ヘイSiri?」
「はい、なんでしょう?」
「今日の天気は?」
「雨です」
時々ウチのSiriは調子が悪くなる。修理に出しても異常なし。なんでだろうなと思い返してみると、全て、彼女とデートした翌日の事だった。
303
イイネが欲しい。
どうすればもっとイイネが貰える?
動物モノが簡単にイイネを貰えると聞いた。俺はさっそくペットショップに向かう。チワワ、君に決めた。名前は〝イイネ〟にしよう。仕事から帰るとイイネが出迎えてくれる。それだけで毎日幸せだ。いつしか、俺の中の承認欲求は消え失せていた。
304
デートで終電が無くなった私は、彼氏の家に初めてお泊まりする事になった。
そしたら、まさかの実家。
まぁいいか。
と思ってあがると、居間に服を着たマネキンが2体座ってた。顔にはクレヨンで笑顔が描かれている。額にはそれぞれ、父・母とあった。立ち尽くす私の後ろで、チェーンを閉める音がした。
305
私はいつも、やろうと思った事を後回しにする癖がある。いい加減、治さないとなぁ…。
決めた!
次にやろうと思った事は、絶対即実行しよう!
ソファーでくつろいでいる夫が私の名前を呼ぶ。
「ねぇ晩飯まだ?てか洗濯も出来てないよね?1日家にいるのに、なにしてんの?」
私はまず包丁を握った。
306
描いた絵を投稿していると、憧れの絵師さんがイイネをくれた。
私はそれが嬉しくて、沢山絵を描いた。
自分でも、昔より大分上手くなったと思う。フォロワーさんもかなり増えた。でも、憧れの絵師さんは、いつの間にか私にイイネをくれなくなっていた。
私はそれが嬉しくて、もっと沢山絵を描いた。
307
「お!この店、SNSで宣伝したらフォロワー数×10円で値引きしてくれるって!入ろうぜ!」
「先輩、SNSなんてやってたんスか?」
「おう。遠慮せず食え、俺の奢りだ」
「マジすか!あざっす!」
後日、先輩のアカウントを見つけると、フォロワーは5人だった。俺は、先輩をフォローすることにした。
308
登校拒否で引きこもりの僕を父は許さなかった。「性根を叩き直してもらってこい」と 父が昔に通っていた厳しい空手塾に僕は送り込まれた。情けない声ばかりが道場に響く。『もう勘弁して下さい…』
そして、やっと僕は家に帰れた。
「どうだ。少しは成長したか?」
「ううん。全員相手にならなかった」
309
母校で、旧友たちとタイムカプセルを掘り出し、皆で開いた。
「聡君は何入れてたの?」
「昔、君に渡せなかった物だよ」
聡はカプセルの中から小箱を拾い上げる。開くと、手作りの拙い指輪が入っていた。
「僕と結婚して下さい」
「ふふ…もう1度、式も挙げる?」
彼からの、2度目のプロポーズだった。
310
こんな惨めな新郎がいるだろうか。
なぜかって、俺側の友人席は、全員レンタル友達だからだ。席を埋める程の友人なんて俺にはいない。スピーチをしてくれる親友もレンタルだ。俺との架空の思い出を語る姿に、涙が出そうになる。結婚2年目にして知った事だが、妻の側も、全員レンタルだったらしい。
311
そっか、もう七夕か。
『恵ちゃんと付き合えますように!』
拙い字で書かれた去年の短冊を思い出していた。あの子の願いは叶ったのかな。そんな事を思いながら、今年も短冊を眺めていると、見覚えのある字に再会した。
『恵ちゃんが幸せでありますように』
あの子の字は、少しだけ上手になっていた。
312
異世界転生した俺のチート能力名は〝神殺し〟だ。この力で悪神を倒し、英雄となった俺は唐突に悟った。俺は漫画の中の住人なのだと。作者の思い通りの人生なんてごめんだ。いっそ神(作者)にこの能力を…。
『よせッ!』
!? 頭に直接声が…神(作者)か!?
『それをやると…』
やると…!?
『編集長が死ぬ』
313
緊急停止ボタンを押して、線路の上の子犬を救った青年が話題になった。
しかし「子犬をどかせば済む話だった」という批難の声が目立ち、青年は炎上した。
『押しちゃいけないモノほど押してみたかった』
それが青年の秘めたる本音だった。
今、駅のホームにて、青年は、利用客の背中を見つめている。
314
席でスマホを弄っていたC君の頭上から突如、ゴミが降り注いだ。イジメっ子はC君の頭に、空になったゴミ箱を被せると「おい、お前の席の周り汚ねぇな。ちゃんとゴミ掃除しとけよ」と言って笑いながら去っていった。
翌日、ゴミはそのままだった。イジメっ子は登校して来なかった。翌日も、その翌日も。
315
今日のリモート会議は空気がピリついてる。
ここは1つ、軽いトークを挟んで落ち着かせるか。
「そういえば課長のお子さん、今日は静かですね。いつも元気な声が聞こえるのに」
「……」
「課長?聞こえてます?」
「…つい先日、嫁と一緒に出ていかれたからな」
落ち着け。
まだ慌てる時間じゃない。
316
濡れながら帰宅してると、男の人が傘を差し出してきた。
「あの…よかったらコレ使って下さい」
「え?いえそんな、悪いですよ」
「僕の家すぐそこなんで、遠慮せず。まだ歩きますよね」
「えっと…じゃあ、ありがとうございます」
傘を受け取ると、男の人は去っていった。
親切な人もいるんだなぁ。
317
結婚を前提に付き合ってる彼女を呼んで、家でパーティーを開く事になった。彼女がミステリ好きなのもあり、俺が死体役になって、サプライズを仕掛ける事にした。
呼びに行った弟と彼女が帰って来る。
血まみれで床に転がる俺を見るなり、彼女は弟に叫んだ。
「ちょっと!まだ殺るには早いでしょう!?」
318
昔に比べ、幽霊の目撃情報が格段に減った気がするのはなんでだろう?
息子は言った。
「未練が残るほど、この世に魅力が無くなったからだよ」
娘は言った。
「未練が残らないくらい、幸せな人生を歩む人が増えたんだよ」
霊能力者の祖父は言った。
「ワシらの経営努力を無視すんじゃねぇ」
319
弊社社員の残業時間がヒドいので『定時で帰りましょう』と呼びかける動画を作り、毎日視聴を義務付けた。その結果、社員は全力で仕事を定時までに終わらせ、飲みにいくようになった。
「そんな動画でも、役に立つんだな」と役員は言う。「えぇ。ビールの画像を0.03秒、何度も細かく挿入してるんです」
320
ケンジはどちらかと言うと、顔が良い方ではなかった。頭が良い方でも、トークが特別上手いわけでもない。それでもケンジは、今までに5人の彼女を作り、その全てはナンパで捕まえたと言う。
「一体どんなトリックなんだ?」
俺がそう問うと、ケンジは一言、こう答えた。
「5勝829敗」
321
和装に身を包み、背筋の伸びた義祖父は、老齢ながらも実に凛々しい。
「僕も義祖父さんのように、良い歳の取り方をしたいものです」
義祖父は首を振り、自室に戻ると、グラサンにパーカー姿で出て来た。
「良い歳の取り方とは、人生を楽しむ心を、忘れない事じゃろ?」
最近HIP-HOPにハマったそうだ。
322
「組長、ウチの組員が殺し屋〝ルシファー〟に殺られました…」
「クソッ!またあの中二病野郎かッ!」
「ですが、腕は確かッス。調べようにも、奴の顔を見て生き残ってる奴がいないんスよ…」
「うるせぇ!必ず捕まえてぶっ殺せ!ところでおめぇ、見ねぇ顔だな。新入りか?」
「ルシファーと申します」
323
「俺達、親友だよな」
「どうした改まって」
「戦場に行く前に、お互いだけの秘密を共有しないか?」
「いいぜ」
「じゃあ俺からな。実は俺の姉、血が繋がってないんだけど、好きになっちまったんだ」
「マジなのか?」
「あぁ。次は、お前の秘密を教えてくれ」
「お前の姉ちゃんと付き合ってる」
324
ぐっ……滑って打った頭から、血が止まらない…。
まずいぞ…意識が薄れてきた。救急車は呼べたが、間に合うだろうか…。万が一……俺が死んでも家族が処理に困らないよう…PCや銀行のパスワードを遺さねば……ペン……無い……仕方ない、血文字で残すか……パスは…最愛の…弟の…名……『masayuki』
325
ふと見上げると、マンション2Fの窓から、ヌイグルミがこっちを見つめていた。窓一面を覆わんばかりの、大きなクマのヌイグルミだ。きっと親からのプレゼントが嬉しくて、通行人に見せつけたいのだろう。微笑ましいじゃないか。よく見るとクマのお腹に貼られた紙に、何か書いてあった。『たすけて』