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先週もちょっと言いましたが、三方ヶ原合戦は継戦が難しい夕刻から始まっているので、本格的な決戦を意図していたとは考えづらく、おそらくは何らかの遭遇戦から偶発的に起こった合戦だと考えられます #どうする家康
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「泉親衡の乱」についての吾妻鏡の記事。
建暦3年2月15日、阿静坊安念という僧が千葉成胤の元に、源頼家の遺児千寿丸を擁した陰謀への参加を求めて来たところ、成胤がこれを北条義時に報告したことで発覚。阿静坊安念は捕縛されると陰謀の関係者を自白。 #鎌倉殿の13人
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徳川家とは、今川、武田、北条という、「織豊」の東方の負け組を取り込み巨大化、強大化した存在であり、徳川家による天下統一とは、それら負け組の壮大な復活劇でもあったわけで。
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北条義時は、どうもその死後間もなくから鎌倉幕府滅亡あたりまで割と広く「武内宿禰命の生まれ変わり」と言われていたらしく、おそらく武内宿禰命が転生した有名人としてはほぼ唯一なのではないだろうか #鎌倉殿の13人
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今回の #どうする家康 で空誓上人は三河一向一揆の蜂起に向けて信徒を思いっきり煽りまくっておりましたが、実は彼はこの頃近江から転任してきたばかりで、「現地の混乱に巻き込まれただけ」という説もあります。
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あの、頼朝の冷酷さについていけなかった義時がこうなってしまうとはなあ
#鎌倉殿の13人
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北条義時は史実でも、見る角度次第で物凄い陰謀家にも見えるし信じられないくらいの巻き込まれ系主人公にも見えるわけで、この手の義時認識の齟齬は今後ドラマの中でも、特に京都との関係で描かれていくのだろうとは思う #鎌倉殿の13人
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#鎌倉殿の13人
ちなみに『愚管抄』によると、仁田(日田)忠常は、北条義時と戦って死んだ、とあります。
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長篠城籠城戦。一説によると家康はこの戦いの前に長篠城を鉄砲での防御に特化した城に大改修しており、また射程の長い鉄砲を大量に配備するなどして、火線によって武田軍を近づけない戦略を用いたとされます #どうする家康
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「関ヶ原」について、古典的には徳川vs豊臣、という理解がありましたが、現在では概ね、「豊臣体制」の枠内での政治闘争だった、と考えられている訳ですが、昨今では、積極的にかどうかは別として、「豊臣家は結局西軍に与してたんじゃないの?」という捉え方が徐々に広まっている感があり
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織田といい武田といい、家康のまわりには蛮族しかいないのか。そりゃあ家康もいつまでも今川義元を慕うわけですわ #どうする家康
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ちなみに本多忠勝の娘で真田昌幸の妻と成った小松姫には、暴れ猪を一刀で討ち果たしたという伝承が本当にあります #どうする家康
こまつ姫とかぐやご飯 iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-554…
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そもそもの原因である自力救済社会が解消されれば、ごく合理的な判断として過大な負担となっていた武力所持も解消されるわけなのです。
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ちなみに『保暦間記』によると義時は近習の小侍に突き殺されたとあり、これは承久の乱で多くの人々を殺した事の報いであったとしています。
#鎌倉殿の13人
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真面目に突っ込むとこれは当時の真宗本願寺派の考え方を捻じ曲げておりますな #どうする家康
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畠山さんだけが「武士の情け」を発揮してる感があり流石鎌倉武士の鏡 #鎌倉殿の13人
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しかしガンダムの世界って気がついたら血統主義、貴族主義が蔓延した世界になってるなあ。人類もせっかく宇宙にまで進出したというのに
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フェルシーちゃん「兄弟喧嘩で死ぬなんて馬鹿みたいじゃないですか!!!」
源頼朝・義経「おっそうだな」
足利尊氏・直義「いかにもいかにも」
織田信長・信勝「激しく同意」
徳川家光・忠長「兄弟で命のやり取りとか引くわー」
#水星の魔女
こうか
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何故なら三方ヶ原が大敗であれば有るほど、その戦いに参加した徳川家臣やその子孫にとって、彼らの徳川家に対する「忠義」「武功」がより強調され、自分たちの存在価値を徳川家に対して強く主張できるからです #どうする家康
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ちなみに右近衛大将を唐名で「幕府」と呼び、「鎌倉幕府」を字義通りに理解すると、建久元年(1190)の、頼朝の右近衛大将任官によって成立したともいえます
#鎌倉殿の13人
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すなわち『保暦間記』成立の頃だと、源頼朝という人物は、それほど悪業の深い人物でも有ったと認識されていたと言うことですね #鎌倉殿の13人
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さすが毛利元就公のご先祖
#鎌倉殿の13人
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実はどうもこの時期、傍証からではありますが畿内、特に都の民衆の間では武田信玄は人気があり、信玄の上洛を待ち望んでいたフシがあり、どうもそれは信玄の実態がどうこうというより、信長義昭政権の不人気がベースに有った感じがあります #どうする家康