MobaryHills(@MobaryHills)さんの人気ツイート(新しい順)

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鶴見駅の鶴見線ホームに停車する、クモハ12053です。1993年に撮影したもので、末期は武蔵白石~大川間の区間運用に従事していた2両のクモハ12も、この頃はまだ鶴見駅までの運用に就いておりました。この車両がやってくると、レトロな鶴見線ホームがさらに時代をさかのぼった雰囲気に感じられました。
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1994年に京成高砂で撮影した、都営5000形6連の普通千葉ニュータウン中央行きです。1993年に運行が開始された北総・公団線~京急空港線の直運列車で、当時空港線に8連が入線できず、都営車は5300形が使用できず古い5000形(5200番代を含む)が使用されておりました。京急線内は急行としての運転でした。
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早朝、東戸塚駅付近の東海道線を下る、横須賀線の113系15連です。1994年に撮影したもので、この日は横須賀線が工事のため運休となり、横須賀線の列車が東海道線へ迂回して走行しました。先頭はステンレスの前面強化車で、白い編成札は大船電車区所属の証です。 #113系の日
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小湊鉄道でトロッコ列車「マロンドリーム号」を運転するそうです。このネーミング、かつての京葉線「マリンドリーム」の名前を知っている方が付けたんでしょうね。写真は1990年に外房線で撮影した103系の同列車。平日は通勤快速となる列車ですが、休日は快速マリンドリームとして運転されていました。
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外房線、茂原〜八積間の東茂原踏切で倒木が発生しています。踏切横の大きな杉の木が電線にもたれかかっています。
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2004年、成田線滑河~下総神崎間を走る、湘南色115系6連の普通列車です。黄色い編成番号札「115」が付けられたこの編成は、113系の故障による車両不足のため小山から借り入れられたもので、7連で幕張に到着後サハを抜き、総武・成田線限定で運用に入りました。ロングシート改造の編成でした。
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1989年に新宿駅で撮影した、貴賓車クロ157-1です。この時代は185系に挟まれて運用されており、塗装も185系に準じた白に緑帯となっています。写真は回送列車で、警備に立つ駅員の制服にも歴史を感じます。現在は車籍はあるものの運用には入っておらず、後継のE655系がその役目を担っています。
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JR発足後の房総ローカル用113系にグロベン車は少数派でしたが、中にはオリジナルのデカ目のまま活躍した美しい車両も在籍していました。写真はクハ111-407。国鉄末期に日根野区から阪和色のまま転入し、その後横須賀色に塗り替えられて活躍しました。1993年、外房線永田駅で撮影。
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いすみ鉄道国吉駅に保存されているキハ30 62の再塗装工事が始まりました。これは、鳥塚前社長が実施したキハ52再塗装のクラウドファンディングで集まった資金のオーバー分を充てて実施されるもの。同時に腐食部分の修繕も行われているようで、雨ざらしの車体には多くの傷みが見られます。
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いすみ鉄道のキハ52 125が、クラウドファンディングにより集まった資金を利用して以前の国鉄一般色に塗り戻され、ピカピカの状態に。本日はクラウドファンディングの協力者を対象に、お披露目撮影会が開催されました。キハ28と並んで展示され、時間帯により貴重なヘッドマークも取り付けられました。
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塗装変更を終えたキハ52 125が、その姿を現わしました。大多喜は強い雨が降っています。
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キハ52が塗装変更中の、本日のいすみ鉄道大多喜駅の様子です。キハ52はクリーム色の塗装は終わっているようです。キハ28は車庫の外に置かれており、普段は見られない妻面が観察できました。そこには日本国有鉄道の銘板が。また、客用ドアの補修が行われているようです。
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1989年に大井町駅で撮影した、新製間もない京浜東北線の205系ウラ3編成です。京浜東北線の205系も、編成番号が1から付けられたあたりから当初は本格的な投入が計画されていたのかもしれませんが、その後209系が投入されると編成番号が80番代や90番代に追いやられ、そして転出という道を歩みます。
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東海道線の113系、8号車のサハの位置に組み込まれたクハの運転台と、9号車のモハとの連結部分です。東海道線の113系11連では、このようなサハの位置へのクハ組込みがJR化以降も見られましたが、総武・横須賀線でもJR化後一時的に見られたことがあります。1993年、品川にて撮影。
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いすみ鉄道、国吉駅のキハ30が本日動きました。急行1号の前後の時間に、側線を数往復走行していました。発車時には白煙を勢いよく上げ、健在ぶりをアピール。大原方の表示は「湊町-奈良」となっていました。何かの撮影が行われていたようです。
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特大貨物の撮影帰りに、茂原市内に出来た音威子府そばが食べられる店、音威子府食堂で昼食をとりました。かき揚げそばを注文しましたが、名物の黒いそばと、えびが入ったかき揚げは非常に美味しく感じました。本州でこのそばが食べられる店は非常に珍しいのだとか。場所はJR茂原駅から徒歩5分程。
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いすみ鉄道のキハ52+28の運用が削減されます。isumirail.co.jp/4261
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成田線成田~空港第2ビル間を走る、特急表示の183系マリ3編成。なんとこの列車、特急成田エクスプレスです。2004年に車両不足から183系で運転された成田エクスプレス82号で、当然列車名の幕も無いため特急の表示となっていました。成田エクスプレスの歴史の中でもかなり珍しい列車かと思います。
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113系前面強化車のステンレス無塗装。写真は未施工車との顔合わせです。1992年の成田線でのダンプカーとの衝突事故を契機としたこの前面強化工事は、納期を優先したのか施工当初はこの塗装を行わないステンレス地のままの車両が多く見られましたが、徐々に塗装され消滅しました。1993年撮影。
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1989年に撮影した、外房線の183系0番代特急わかしおの、クハとモハの連結部分です。当時わかしおには183系0番代のモノクラス6連の運用があり、多客時にはこの6連を3両ずつに分割し、それぞれ他の6連に連結してモノクラス9連で運転されており、その連結部です。貫通路もしっかり使用されていました。
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引退直前に黄緑色の等級帯が再現された、総武快速・横須賀線の113系サロ110-1254です。1999年11月23日の臨時列車「さようなら快速113系電車」に充当された際の写真ですが、この姿のまま定期列車にも充当されました。横に写る115系は「ホリデー快速鎌倉号」の送り込み回送と思われます。
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1991年の新鶴見区公開で展示された、JR貨物のED62 17です。通常は飯田線の貨物牽引が主な任務ですが、この時ははるばる新鶴見までやって来て展示されていました。この17号機はED62で唯一貨物色に塗られた車両ですが、更新工事は未施工でした。奥には同時に展示されたEF200やEF500の姿が見えます。
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JR東日本は、将来どのような層を鉄道に乗ってもらおうと考えているのでしょうか。私はいつも言っているのですが、鉄道に乗る楽しさを知らない若い人や子供達は、将来大きくなった時に、鉄道という交通手段を移動の選択肢に加えることは無いでしょう。このあたりについて私は非常に危惧しています。
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とにかく残念なコンセプトな車両。子供が楽しめる251系から、金持ちの年寄や外国人に寄り添った車両へ。若い人が乗る安価な列車は無くし、子供達には駅のポケモンイベントでお茶を濁す。とにかく鉄道に乗る楽しみを教える場が無いのが、すごく心配になります。(続きます) twitter.com/TrafficNewsJp/…
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前回ご紹介したスラント先頭・寝台組込みのキハ183系特急オホーツクで、中間に組み込まれていたグリーン車がこのキロ182-901でした。量産車とは異なり、乗降ドアが車端部に寄っていたのが特徴でした。撮影した1993年は、0番代だけでなく900番代もまだまだ活躍していた時代でした。