頑張り過ぎちゃう人にありがちだと思うんだけど、「休んで」って言われても休み方がわからないし、休もうとしても休むことを頑張っちゃうし、何もない時間があると「こんなんでいいのか自分」ってソワソワしちゃうし、それで結局予定入れちゃって休めないしで、休むって大変なんだよね( ˙꒳​˙  )
めちゃくちゃ嫌なやつがいたとしてもさ、その人の不幸を喜ぶような人にはなりたくないよね。 べつにその人のためっていうんじゃないけどさ。 ただ、相手が誰だろうと人の不幸を喜ぶようになっちゃったら、そんな自分がちょっとやだなって思うんだ。
相手のためといって、何もかも全てをしてあげることが優しさとは限らない。 あれもこれもと手を焼き過ぎてしまうと、それは時として相手から自立する力を奪い、自分に依存させてしまうから。 依存による一時的な救いではなく、自分の力で前に進めるように、その後押しをしてあげることも優しさなんだ。
ほしいものが手に入るまではず〜っと考えてるのに、手に入った瞬間から興味がなくなっちゃう癖、なんとかしたいなぁ…。高校生まではウッキウッキして抱えてたのに、いつからか手に入れる事自体が目的になってしまっていた。大事なものは手に入れてからがもっと大事なんやで、と自分に言い聞かせている
できなかったことを落ち込むのはいいけど「いつまで」落ち込むのか期限をつけるのがオススメだよ。過ぎたことはいくら落ち込んだって返ってこないし、かといって「だ、大丈夫だよ!」と強がっても傷は癒えないから。「10分間だけめいいっぱい反省会しよ〜」とか割り切って落ち込むと立ち直りも楽になる
どんな人が、心から信頼できる人なのか? 言葉が上手い人なのか、それとも名誉や肩書きに優れた人なのか。 けれども、実際には言葉や肩書きばかりが立派なだけで、実体が伴わない人が山ほどいる。 本当に信じられる人は、言葉だけではなく行ないで見せてくれる人なんだ。
思い通りにいかないことが、人生の幅を広げてくれるんだ。物事が全て思い通りに進むならとっても楽だけど、想像以上のことは何も起こらない。過程も結末もわかりきっていることは退屈で、予想外のことが起こるから面白いんだ。上手くいかなかったことがもっといい結末をもってきてくれることもあるしね
同じことをするにも、人に言われてするか自分がやりたくてするかって大きな違いよね。せっかく自分がやりたくて始めたことでも、人から「やれ」と言われたら苦しくなったりするもの。だから他人の声は参考にしても、ハンドルまでは握らせないこと。最後に決めるのは自分なのだと忘れないようにできたら
誰かが邪魔しなくても、自分が自分を止めてしまう事がある。「そんなの無理だよ」「できっこない」「やる資格がない」なんて。でもやってもいない事の結果なんて誰が分かるのか。資格がないなんて誰が決められるのか。やってできたら儲けもの、ダメでもやらないでダメよりやってダメの方が経験値になる
復讐はするかしないかで言えばガッツリする派だし、自分がとことん幸せになることで見返すタイプですね。わざわざ相手のことを攻撃したり執着するのは自分の時間がもったいないのでしません。アンタに使ってやる時間、ないから〜🙋‍♀️🙋‍♀️🙌
1回目やってみて全くダメだったことも、2回目やってみると少し感覚が掴めてくる。3回目、4回目には手応えが感じられてきて、5回目にはできる希望が見えてくる。6回目、8回目、10回目…それぞれ差はあるけれど、繰り返すうちに「できなかった」ことが「できるようになる」ことは沢山あるよね。
「お前に何ができるんだ」 「お前にはできない」 「お前は一生そのままだ」 あら、そうですか。 ところで、はじめから100%できると分かってることだけやる人生って、楽しいかな。 「難しい」「不可能だ」と言われていることに挑戦してみてこそ、人生面白いんじゃないか。
“絶対にやらなければならない事”じゃない事ができない時は、気にしなくていいよ。 “絶対にやらなければならない事”ができない時も、落ち込まなくたっていい。 できない時は「自分が弱いから」できないと思わずに、“まだ”経験不足でできないんだと思えばいい。 その分学んで挑戦してみたらいいんだよ。
Twitterの画面の先には人がいるんだけど、それをただの画面としか思っていない人が意外といるんだよね。対面だと出てこない暴言がネット上で簡単に出てくるのは、人と喧嘩するより教科書に落書きするような感覚なんじゃないかなと。でもそれは錯覚だから画面の先の人に訴えられることもあるのよね。
自分に余裕がないからって、他人まで抑圧する人がいる。 偉そうなことを言いながら他人を傷つけてしまうのは、結局自分が満たされていないから。 まずは自分が生きてこそ、他人も生かすことができるんだ。
はじめることが半分だ。一朝一夕でできることなんてほとんどない。それでも、はじめたならもう半分はできたことだ。どんなことでもはじめる時が難しい。それを乗り越えて、何か1つでもできたなら半分だ。ちょっと下手っぴでも、上手くいかなくても、やってみたことがそれだけ大きいことなんだよ。
お別ればかりの人生だ。 ある時は心がすれ違って、ある時は命の時がきて、みんないつかはさよならだ。 でもね、残念ながら、自分とは生涯お別れなんてできない。 どんなに嫌で大嫌いでも、恋人みたいに別れることはできないから。 自分が嫌いな人は、愛せるような自分に作っていけたらいいかもね。
好きだからこそ期待するんだけど、期待が重圧になってしまうこともあるんだよね。期待が相手を押しつぶす重圧になるか、背中を支える力になれるかの境目は、きっと相手をどんな姿でも受け入れられるかどうか。「こうなってほしかったのに」と刺さずに、できない姿も、理想とは違う姿も応援できたら。
芸能人の政治的発言は、芸能人の問題じゃなくて聞いた人がどうするかの問題だよね。別に影響力のある人が言ったからって同調しなきゃいけないわけじゃない。「私の好きな人が政治の話してショック😭」じゃなくて「この人が言ってる事ってどういう意味?」と政治に関心を持つ人が増えたらいいと思うんだ
心が明るいと、顔も明るくなる。 高級ブランドで身を包むより、内面を装う方がずっと大事。 不安や心配事はいっぺんには解決できない。だから一つ一つ手をつけていけばいい。 汚れた石も磨けば光る。泥団子でさえ磨けば光る。 一度磨いてまだ汚れているなら、二度三度百度でも千度でも磨けばいいんだ。
人と同じ方法でできないからって落ち込むことはないんだ。勉強一つとっても皆で勉強会をする方がいい人もいれば一人で自習する方が伸びる人もいる。同じことでもやり方は人それぞれだし、自分にあったやり方がある。人と比べず「私にはこのやり方は合わないんだな」と思ったら別の方法でやればいいんだ
「戦争反対」 「戦争嫌い」 そりゃ誰だってそうだし、好きで戦争する人なんてほとんどいない。でも、そう言うだけじゃ戦争は止められないんだよな。戦争の悲惨さを語り継ぐことも大事だけれど、「どうして戦争したのか」「どうすれば回避できたのか」を議論することが今にも繋がるんじゃないかなと
一番苦しかった時。 来る日も来る日も、死ぬことばかりを考えては、結局死にきれなかった。 そんな死に損ないの自分が、今笑って生きている。 生きてるって、それだけでも奇跡なんじゃないかな。
今はものすごい美人の女優さんも数年前まではあか抜けていなかったり、今は数百万人のファンがいるYouTuberも始めた当初の動画は全然面白くなかったりする。今できている人達の姿ははじめからそうだったわけじゃなくて努力と研究の賜物だし、今できていない人も努力と研究次第で変われる希望があるんだ
自分に直したいところがある人は、「これがあるから自分はダメだ」って考えるんじゃなくて「これを直せば自分はもっとよくなれるんだ」って考えたらいいよ🙆 今できないことを見て落ち込んじゃうより、将来それができるようになった自分の姿を想像して、希望を持ちながら一歩ずつ挑戦したらいいんだ。