自分が人の為に100%してあげようと思わない方がいい。人の為にしてあげられる事はせいぜい5%、残り95%は本人が決める事。相手の人生は自分が決められるものじゃないし、自分がしてあげられるのはほんの5%支えてあげたり、応援したり、提案してあげる事くらいなんだ。人の分まで背負いこまない事、大事
誹謗中傷が悪いとか訴えられるとか以前に、他人の悪口を言う自分が嫌だし、わざわざ嫌いな人のために時間を使うのがもったいない。人の顔って嫌味や悪口を言う時は歪んでしまうし、誰かをほめたり好きなものの話をする時は輝いているもの。せっかくなら表情美人になって生きたいよね。
心配性のあなたへ 過去あったことの心配、明日の心配、他人の心配、漠然とした心配。 毎日色んな心配があるよね。 でも、実はしなくてもいい心配は山ほどある。 過去のことは心配しても変わらない。 明日の心配は明日すればいいし、他人の心配はその人がすればいいから。 今は今すべきことで十分だよ。
悪意に対して善意で応えるのは最高の防衛術なんだよね。悪意に悪意で対抗しようとすると少なからず相手の悪意の影響を受けてしまうわけだけど、善意で対抗すれば「まあ、あなたの悪意は全く利いていないわけですが」っていうスタンスで臨む事ができる。卑劣な攻撃に対して自分まで堕ちてやる必要はない
「求めよ、さすれば与えられん」って言葉があるけれど言い換えれば「求めれば与えられるものも、求めなければ得られない」って事なんだ。「助けて」と言えばつっぱねる人もいるけれど、助けてくれる人もいるかもしれない。でも求めなければ誰にも気づかれない。限界の時こそ求める勇気を大切にできたら
頼るって必ずしも「命預ける」レベルじゃなくて「ちょっと心の整理につきあってもらう」くらいの軽さでもいいと思うんだ。 愚痴とか雑談も頼るの内だし、頼らせてもらったら素直に「ありがとう」って言えれば大丈夫。頼り上手になれれば頼られ上手にもなれるよ。そうやって恩を循環させていけばいい。
【心安らかにTwitterをする秘訣】 ・リプやDMの返事は絶対あるものと考えない ・リプやDMの返事はできる時だけでOK ・不快なツイートは静かにミュート 悪質なものはさっぱりブロック&通報 ・異なる意見には脊髄反射でかみつかず「色んな人がいるんだな〜」と受け流す ・やりたくないならやらない
人を憎むのは簡単だけど、心が苦しい。 人を愛するのは難しいけど、好きでやるから心が楽だ。 嫌いな人を考えていたら美味しいご飯もまずくなるし、楽しいことも楽しくなくなるけれど、好きな人を考えれば塩むすび一つもおいしくなる。 愛が負担になっている時は、何かがズレていないか立ち返れたら。
自分に自信が持てない時は、今だけを見て落胆しないこと。 生まれたばかりの赤ちゃんを見て「この子は歩くこともできないなんて…」とガッカリする人はいないように、これから歩くことも喋ることも覚えていくから心配ない。 人生一生自分作りだから、過程をみてガッカリせずに希望を持って作ればいい。
謙虚さって、自分を蔑ろにすることではないんだよね。謙虚とは自分自身の地位や能力等におごることなく相手の意見を素直に受け入れることができる人や、ひかえめでつつましく、他者に学ぶことができる品性のこと。「私なんて…」と自分を卑下することではないんだ。美しい謙虚さを持てたらいいよね
できたと思ったらできなくなる。 乗り越えたと思ったらまた壁にぶつかる。 人生ってそんなもん。 上がって下がっての繰り返しで、どんなに調子が良くても上がり続ける事はできない。 だから落ち込む時もあっていいんだ。 時にはしっかり落ち込んで、前よりちょっと早く立ち直れるようになれば成長だ。
この時だからこそ休めず朝から晩まで働いてくださっている方々もいるけれど、ほとんどの人は“ちょっとした体調不良”でも休んでお家で寝るのが賞賛される時なんだよ。みんな、無理はしないで合法的に休もう。栄養も睡眠もなるだけ取って免疫をつけよう。自分に優しくする事が人の命を守る事にもなるから
やったことは今すぐには返ってこないけれど、一番いい時に必ず返ってくる。こっそりした悪いことも、誰にも認められなかった小さな努力も、良いことも悪いことも必ずやった通りに返ってくる。報われないように感じる時の合言葉は「最後まで」。今だけをみて諦めずに、未来に希望を持てたら。
騙されないようにしたいなら、言葉よりも行いで確認するのがいい。 キレイな言葉は誰にでも吐ける。 でも、行いにはボロがでる。 本物かどうかを見極めたいなら、いつまで続くのか確認したらいい。 ニセモノは続かない。 でも、本物の軸がある人はブレないから。
「あの時こうしていたら」という後悔や「なんでもっと良くできなかったんだ」と自分を責める期間もあっていいけれど、いつまでも後悔だけしていたら進めないんだ。 だから大事なのは、どこかで自分を許す事、後悔にケリをつける事。 「できなかった分こうしよう」と、過去よりこれからを大切にできたら
合わない会社は早く辞めるのが吉。“合わない”のか“慣れない”のか様子見する期間は必要だけど、前者なら早めに決断する方が負担も少ないので次にも繋げやすくなる。私は新卒の超ブラック企業で「ここで辞めたら根性なしでは…」というプライドを殴り捨てて倒れる前に転職した自分に拍手喝采を送ってる
一生懸命やったけれども上手くいかないこともある。 それでも、やったことは無駄にならない。一生懸命だったことは1mmも無駄にならない。 行なったことに意味があるし、心を尽くした分、見えなくても自分に積み重なったものがある。 その時思い通りに報われなくても、あとになって得るものがあるから。
誹謗中傷や悪口は、 ①趣味で言っている人 ②悪口だと自覚せずに言っている人 ③鋭いネタや大喜利と勘違いしてあえて口汚くコメントしている人 がいるけど、どれも相手から不快に思われた時点で負けなんだよな
人の評価って、あまり鵜呑みにせず「へーそういう人もいるんだ」くらいに受け取っておくのがいいと思うよ。他人が絶賛していたからといって自分にもアタリとは限らないし、酷評されていたからといって自分にもハズレになるとは限らない。人の言葉で自分の世界の幅を狭めちゃったらもったいないよね
「叱ること」は人間の脳を萎縮させ、能力を低下させることが証明されているんだって。 とはいえ、叱ることも時には必要。 でも命に関わることや緊急事態ならともかく、叱って抑圧して相手を支配する教育を常とするのは時代遅れだよなぁ。 家庭も職場も自分自身も、もっとほめてのばせばいいと思うよ。
ぶっ飛んだたとえばの話、自分が海に放り投げられたとして。もし無事溺れず生還できたからといって他の人もそうとは限らないし、「自分は大丈夫だったからあなたも」という話にはならない。ならないはずなのに、家庭学校会社という閉鎖空間ではそんなぶっ飛び生存バイアスをかます人がいるという不思議
平均睡眠4時間の友達の話を聞いて「え…もしかして私(6時間睡眠)は怠慢なのかな…」と思ったり、謎解をポンポン答える友達を見て「私って頭が悪いのかも…」と思ってた時は病んでた時で、「いや!!私が悪いんじゃなくて私の友達がすごいんだな!!」と肯定的に捉えるようになってから楽になった話。
「使えない」と言われても、落胆するな。 人や物を「使えない」という時、そのほとんどは「使い方を間違っている」時だ。 水泳選手に山登りをさせたら「使えない」けれども、彼らは水の中に入れば本領を発揮するようになる。 だから失敗に囚われず、自分が本当に生きる場所を探せばいいだけなんだ。
些細なことで罪悪感を抱きがちな人 ・午後ティーを午前中に飲む ・さけるチーズをさかないで食べる ・夜歯を磨いた後に何か食べる ・お風呂で10数えずに出る ・コアラのマーチの絵柄を見ないで食べる という大罪に比べたら全然軽いので安心してほしい。
受け入れなくてもいいから受けとめるって大事だよね。相手の言っていることを丸々飲み込んで、自分を変えてしまう必要はない。でも、はなから相手の言葉をつっぱねて、相手を否定しようとする必要もない。相手の気持ちを「分かろうとする」ことから歩み寄れたらいいよね。