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いわゆる「暴走族」ってほとんどみかけなくなりましたよね
あれって周囲の非難や説得の成果ではなくて、単純に「ダサい」と思われるようになった結果だと思うのです
最近の「炎上系インフルエンサー」さんたちもきっと同じで、非難や説得は養分にしかならず、「ダサい」が1番効くように思ってます
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きっともう誰かが仰ってると思うのですが、子どもと関わる仕事をする人は
「こどもになめられる」ことを心配するより、「子どもだと思ってなめてかかって痛い目を見る」ことを心配するべきですよねえ
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これ以前にも書いた気がしますが
「発達特性のある人」って人類全員ですからね
どんな発達特性なのかを表現しない限り、発達特性って言葉は何も言っていないのと同じです
発達障害のマイルドな言い換えのつもりで使われる「発達特性がある」という表現には個人的に強い違和感を感じます
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これらのどちらかが苦手だと、メモを取ると話を理解することが難しくなります
人の認知能力のリソースは有限で、かつ苦手な部分に多く注がれるからです
聞いたことを頑張って(一時的に)忘れないようにし、それが消えてしまわない間になんとか文字にするということだけでリソースが尽きてしまいます
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指導=「叱る」で、
発想が「叱る」or「放置する」の二択で
大声出すのは「子どものためにやっている」
と主張される教員アカウントさんのツイートに多くの教員アカウントさんが賛同されているのを見かけてショックを受けています...
まだまだ先は長いなあ
焦らずに地道に発信を続けよう
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逆にメモを取らないと覚えられないという状況も、少なくとも2つくらいの認知的な特性の可能性があるように思います
視覚的な記憶か、運動的な記憶に頼っているタイプの可能性です
つまり、書くという動作自体が理解や記憶を促進している場合と、書いたものを見ることでそれらが促進される場合です
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実力のある支援者は
「問題を未然に防ぐ」
そこそこやれる人は
「問題に早期に対処し解決する」
実力不足な人は
「問題が深刻になってから必死に対応してなんとかする」
一番頑張っているように見えるのは実力不足な人で、熱意ある支援者と評価されてたりします
この構造かなり普遍的な気がします
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これは、ASDに関わるすべての支援者、教育者が読むべきだと感じました。
私が支援者育成をする時に「理解」に重点を置き「手法」を紹介程度に留めることにこだわるのはこういうことです。
強度行動障害〜重度自閉症の息子が、自発的交渉ができるようになったわけ tetote-net.com/2020/08/11/%e5…
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WISCなどの知能検査の凸凹だけでは発達障害かどうかの判断は出来ない、のはその通りなのですが
近年の様々な研究報告から考えるに
「発達障害とカテゴライズされる神経や認知の中核特性を知能検査はほとんど測っていない」
というのがより正確な表現だと思うようになりました
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「コミュニケーション能力」が、個人の内側に存在している、文脈と切り離された能力であると考えるのはもうやめるべきだと、最近つくづく思います
あるのは、コミュニケーションがうまくいく場面や文脈の幅が広い人と狭い人、あとはコミュニケーション方法自体の多数派と少数派だけだと思うのです
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先日、不登校児童の保護者さんが
「対応してくれた先生が不登校対応のプロの方で。親の目からもうまいなと。息子にもいろいろと関わろうとしてくれたんです。けれどうちの息子はそのプロっぽい関わり方が嫌だったようで…」という話を教えてくれました
残念ながら、それ「プロの対応」じゃないです…
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「能力の高い人も低い人も価値ある個人として尊重できる社会とは?」という課題設定自体が本質的でないと気づいて
「そもそも能力の高低なんて文脈次第の相対的な概念だ」を前提に「ひとりひとりが自分に合った文脈を見つけられる社会」を考え始めたところから見える世界や発想が変わった気がします
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これほんと難しくて
体験や実感から学ぶ事ってとっても大事で効果的です
がそれだけだと「自分が感覚的に理解できること」「五感を通じて学んだこと」の限界は突破できないんです
なぜなら私たちの脳や神経は、世界の情報のごく一部しか受信できず、脳の都合のよいように世界を構成しているからです
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保護者が教師役をすることをスタンダードにすべきでない理由と、
家庭学習におけるあるべき姿についての私なりの考えは以前にブログに書きましたのでぶら下げておきますね
自宅でお子さんの「学び」と向き合う保護者の方へ inthevillege.com/jitakumanabi/
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体験や感覚に基づく「主観的世界」と、知性を働かせてその壁を越えてゆく「世界の理の理解」のバランスがとっても大事なんだと思います
様々なことを体験して主観世界を豊かにしていくことと、素朴理論を乗り越えていく知性を学ぶことは別のことでどちらも大事。そんなことを最近はよく考えています
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けれども
自律的、主体的に「じぶんがやりたいことだから」と感じて、「計画的に楽しみながら取り組んでいる」という状態が全くない中で、「ハマるコンテンツ」だけを消費している状態は、とても危うい状態のように私は思っています
その体験は、「やりたいことをする」能力を育まないからです
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今は、何をどうすれば人間の「報酬系」をハイジャックできて「ハマるコンテンツ」にすることが出来るのかがノウハウとして存在している時代です
事業者は競い合って、消費者にハマってもらうための努力をしています
そういうコンテンツはとても魅力的なエンタメなので、それがダメとは思いません
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「有能な人」になろうとするより「有能でいれる」場所を探す
「努力できる人」になろうとするより「努力出来る」環境をつくる
「かしこい人」になろうとするより「かしこくあれる」ジャンルを見つける
「やさしい人」になろうとするより「やさしくなれる」関係性をめざす
この違い実は大きいよね
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人の報酬系をハイジャックする「コンテンツ作り」ノウハウについては、この本がとてもわかりやすくまとめてくれています
賢い消費者になるために、これからの社会を生きていく子どもたちにはぜひ知っておいて欲しい知識のように私は思っています
amzn.to/336EGjn
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ここで大切なのは、人は「視点」なしに何かを理解することなんて出来ないという明確な事実です
残念ながら「ありのまま」見ることなんて出来ないんです
だから今自分が「どんな視点で」考えているのかを自覚する必要があるし
視点が偏らないために「妥当な多くの視点」を学ぶ必要があるのです
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脳・神経科学の知見には時々はっ!とするようなライフハックヒントがあるのですが
「欲しい(want)」と「好き(like)」は別メカニズム
というのは衝撃だったな
欲しいものを好きになる保証はないし、欲しくなかったものを好きになることだってある
なぜならそれは脳の働きレベルで全く別ものだから
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ついにこんな文章を精神医学系の科学論文で読める時代に突入したのだと、感慨深い…
#ニューロダイバーシティ の夜明けを感じます
>自閉症を一連の欠陥として概念化し,介入の目標を「人々を自閉症でなくする」こととすることは,それ自体が道徳的に問題である
acamh.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jc…
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そう考えると学校で学んでいる時点から、本来は多種多様なスタイルの子どもがいるはずで
目をつぶって聞いてる子も、うろうろしながら考える子も、ひたすら教科書だけ見てる子も、いろんなスタイルの子が本当は教室内にいるんじゃないか
それを尊重することで学びが促進されるのではないか
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学業不振が理由の自死が多いことは、私も講演会等でよくお話します
なぜか「学習支援」って教員以外の対人支援職の中で「一段下の本質的でない支援」と思われがちなんですが、命、健康、そして人生の選択肢にまで関わるとっても大事な支援領域なんです… twitter.com/maki_hayachi/s…
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えっと
当然その2年の前に特別支援教育についてしっかりとした専門性養成のトレーニングを実施してから担当するんですよね?まさか育成カリキュラム準備せずにいきなり担当させたりしません…よね? twitter.com/mainichi/statu…