本ノ猪(@honnoinosisi555)さんの人気ツイート(リツイート順)

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「不利な集団からの訴えだけでは、なかなか社会全体の変化につながらないのが現実です。なぜなら、恵まれた集団に所属する人たちは現状維持によって利益が得られているため、変化の必要性を感じにくく、変えたくないと思っているかもしれないからです。」(村山綾『「心のクセ」に気づくには』P204)
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「多数者の賛成したことを最善と見做して、大勢の意見に従いたがる我々の性向くらい、我々を大きな災厄に陥れるものはありません。これではただ数に従うだけで、人生を理性の判断によって導くのではなく、模倣するだけだからです。」(セネカ・文、『ローマの哲人 セネカの言葉』P194)
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「発想とは気力である。満足のゆくなにかが得られるまで、考え抜く以外に方法はない。そして、気力とは体力である。その体力というやつは、年齢に関係があるのだ。」(星新一『きまぐれエトセトラ』角川文庫、P153) amzn.to/3Cbep5v
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「日本では人権が思いやりや他者への配慮という一人ひとりの意識や道徳の問題と捉えられているが、国際的に人権とは一人ひとりに与えられた権利であると同時に、国に課せられた義務と理解されている。」(谷口洋幸・文、『クィア・スタディーズをひらく 2 結婚, 家族, 労働』晃洋書房、P37)
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「「努力は夢中には勝てない」という名言があります。勉強については内からのやる気を感じたことがなくても、なにか好きなことをやっている時には、内からのやる気を感じたことがあるのではないでしょうか。」(外山美樹『勉強する気はなぜ起こらないのか』ちくまプリマー新書、P36)
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「人間らしい善意はだれにでもあり、全体として断罪される可能性の高い集団にも、善意の人はいる。境界線は集団を越えて引かれるのだ。したがって、いっぽうは天使で、もういっぽうは悪魔だった、などという単純化はつつしむべきだ」(ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧 新版』みすず書房、P144)
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澁澤龍彦と丸山(美輪)明宏。 (参照:『新文芸読本 澁澤龍彦』河出書房新社、P146)
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「人間にとって、無知は避けられない。それは自然な状態だ。世界はあまりに複雑で、およそ個人の理解を超える。無知は腹立たしいものかもしれないが、問題は無知そのものではない。無知を認識しないがゆえに、厄介な状況に陥ることだ。」(土方奈美訳『知ってるつもり 無知の科学』早川書房、P375)
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「差別には、同化と排除の二つがあります。一つは「自分たちと同じようになれ」。もう一つは、「同じようになれないなら、どこかへ行け」というものです。いずれも社会環境を定数と見なすアプローチで、多様性を阻害するという意味では同じです」(熊谷晋一郎・文『わたしの身体はままならない』P35)
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10月25日は、画家パブロ・ピカソの誕生日。 「皆が絵画を理解したがる。そのくせ、鳥の唄を理解したがりはしないのだ。人は夜とか、花とか、あたりにあるものを理解しようともしないで愛するではないか? ところが絵画については理解したいと欲する。」(ピカソ・文、岡本太郎『青春ピカソ』P44)
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「迷信の多くは間違った知識,いい加減な観察,「BはAの後に起こった. よってAはBの原因である」という論法によるものである. 観察しない人にかぎって迷信深い.」(ナイチンゲール著、助川尚子訳『看護覚え書 決定版』医学書院、P202)
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「言語というものは、有限な語彙と文法規則をつかって無限に多様な文を生み出すことができる奇跡的な想像力を持った道具であり、人間だけが駆使できるものです」(沼野充義・文、『ことばの危機』集英社新書、P114) amzn.to/3XsS2jZ
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「ものを表現する者にとって、何事にしても最高のものを知っておくことは決して損にはならない。大切なのは、贅沢をしていてもどの程度それを客観化できるか否かだ。贅沢だけを追い求めるようになると、まずロクな人間にはならない。」(高田渡『バーボン・ストリート・ブルース』ちくま文庫、P131)
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「自然を収奪し、第三世界を収奪し、汗水たらしてまじめに働く者がバカを見るような世の中が、長続きするはずはない……とのべたとて、必ずしも妄言ではなかろう。「国際協力」は自分の足元を見ることからはじめるべきである。」(中村哲『アフガニスタンの診療所から』ちくま文庫、P196)
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「生命の危機を感じたとき、特に暴力被害などを受けたときには、迎合反応が起きることがあります。迎合とは、加害者からさらなる加害行為を受けないようにするために、加害者の要求に応え、加害者の意に沿うような行動や発言をすることです」(花丘ちぐさ・文『なぜ私は凍りついたのか』春秋社、P55)
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「無邪気な冷笑家は、世界よりも冷笑そのものを愛している。世界を守る代わりに、自分を守っているのだ。わたしは、世界をもっと愛している人びとに興味がある。そして、その日ごとに話題ごとに異なる、そうした人たちの語りに興味がある。」(『それを、真の名で呼ぶならば』岩波書店、P80)
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「川へ飛びこんだ人で、助かった人はそう多くはない。両岸から火焰と熱風と黒煙が川面を吹きなぐり、水面から首だけ出していた人は、一瞬に髪を焼かれて死んだ。」(早乙女勝元『東京大空襲ー昭和20年3月10日の記録ー』岩波新書、P152)
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「他人の書いた文章に好き嫌いのある人なら、文章を書くということに縁がある、と私は申しました。なぜなら、本当に立派な文章が書けるようになる日まで、この縁を生かして、作家でもよい、学者でもよい、自分の好きな文体の所有者の文章を徹底的に真似ればよいからです。」(『日本語の技術』P18)
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「見え透いた下心で手にできる教養など、たかが知れています。「読むこと」の世界は、ほんとうにオソロシイ世界で、何かを読めば読むほど、知れば知るほど、自分の知らない世界の巨大さ深遠さに愕然とする。そういうものです。」(浦久俊彦『リベラルアーツ』インターナショナル新書、P189)
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「じつは孤独というのは、自由自在にふるまえ、無理しない自分にもどれる場所であり、そこからまた社会に打って出ていく「陣地」になるのです。これは赤ちゃんの成長を頭に描けば、すぐに理解できると思います。」(武長脩行『「友だちいない」は"恥ずかしい"のか』平凡社新書、P75)
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「無学な人びとと同じくらい、高い教育を受けた人びとのあいだにも無知は見られる。ときとして、個人的な経験を深く受け入れるのに教育が妨げになることもある。一方、教育の不足は、個人の経験に限界をもたらすことがある。」(野中邦子訳『アート・スピリット』国書刊行会、P98)
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「一般に、差別する側はほとんどつねにその差別に関して無意識である。しかし差別される側にとっては、その無意識こそ、こちらでは強烈に意識せざるをえない壁であり、胸もとにつきつけられた刃であり、恐ろしいリアリティーである。」(坂口ふみ『〈個〉の誕生』岩波現代文庫、P6)
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「何か言うと「お前のは感情論だよ」という。感情論というとまるで悪いことででもあるように言う。しかしその人が理性の人であるならば、感情というものはどうして悪いのかということを、それこそ理性的に証明して貰いたい。」(福田恆存『人間の生き方、ものの考え方』文藝春秋、P44)
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11月10日は、詩人・長田弘の誕生日。 「現実生活の友人はその人が生きているということが前提ですが、本は死んだ人すべてのなかから、自由に自分で、友人を見つけることができる。何千年もの昔に友人を求めることもできる。読むとは、そうした友人と遊ぶということです。」(『読書からはじまる』P17)
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「忍耐をほめるな。忍耐それ自体は美徳なんかではない。我慢するためだけの我慢は、しない。それなら自分のやりたいようにやる。我慢してはならぬこと、我慢する必要のないことを我慢しない。よい状況をつくるために我慢する。それが当然のこと、それだけの話だ。」(『99歳一日一言』岩波新書、P82)