戦前期には土佐出身の物理学者寺田寅彦が調査にあたっており、著作内で魚に影響を与え、音や光として現れること、山脈が断層によって途切れて湾が生まれたことや南海地震との関連性から「地震に伴う地鳴りや地殻現象」と考察している。(青空文庫でも読めるよ。怪異考:aozora.gr.jp/cards/000042/c…
寝ようと思ったのに久々に「『はだしのゲン』の強さランキング」が目に入って笑いが止まらなくなっている。他の強さ議論だと笑うような話じゃないのになんではだしのゲンの強さ議論だけこんなに面白いんだ。
冬場の北国の陽が暮れる速さは異常だ。感覚としてではなく実際に速いから恐ろしい。4時半にはもう真っ暗である。この間まで四国や西日本をうろついていたせいで輪をかけてそう感じる。雪、灰色の空、鉛色の海、明けない夜、短い昼、それが10月頃から4月頃まで、北国の冬は半年間も続く…。
こういう谷底から山の斜面沿い、尾根伝いまで家が点々とある三次元的な空間構成と風景を「四国性空間」と呼んでいる。四国性空間はいいぞ。
農家のお母さんっぽいお地蔵さんに逢った。冬枯れゆく南会津の農村を見守る姿がお地蔵さんらしい。日本の農村風景とお地蔵さんの相性が良さは異常。
ここは雪国。道路から水が噴き出る町。
道の真ん中や側溝に沿って水が噴き出す。これは雪を溶かすためのもので、南東北や北陸地方など湿った雪が大量に降りやすく、かつ寒さが比較的マシな土地での雪対策として非常に有効なのだ。こうするだけで勝手に雪が溶けていく。降雪量センサーなどで水の勢いもチョロチョロ…からびゅっびゅまで自在。
(またこの人、山奥の古民家に住んでるおばあちゃんに昔話聞いてる…)
とある雪の山村。一際大きな屋根の家に惹かれて訪ねると、小柄なおばあさんがお茶に招いてくれた。大正3年築の家は1棟なのに14畳くらいの部屋が10以上ある。「2階も見てくなんしょ」と座敷の扉が開かれると洋館のような立派な階段が現れるなんて誰が想像できる…(扉開いた瞬間脳に火花散ったぞ)
「正月になったら子供たちと孫いっぱい帰って来る」と言ってお婆さんは顔を綻ばせた。…私はよく考えている。高度成長期以降の核家族世代がシニア化する昨今、こういう「田舎の婆ちゃんの家」に帰省する経験がない人が増えていくだろう。つまり夏冬の帰省に伴う物語や風景はそろそろ「時代劇」化する。
ほんの少し前盛んに使われていた「限界集落」や「過疎化」という言葉は死語になりつつある。なぜならそんな土地が限界を超えて「消滅」する段階へ突入したからだ。村落が消滅することは単純にそこで暮らす人が消えるだけでない。そこで育った人、そこから出ていった人もやがて消えることも意味する。
訳聞くの怖すぎるんだが。
観光地の古い大型ホテルとかドライブインの売店って骨董品レベルのおもちゃ残ってたりするよね…(ここだけ1998年)
朝ドラで「隣の釧路空港」までの距離が約120キロなことを知ったらしい通行人が「同じ北海道でなんでそんなすぐ隣に空港あるの?ズルくない?」と言ってるのが耳に入って「…羽田空港と成田空港、新潟空港と佐渡空港の直線距離はどっちも約70キロ。そういうことだよ」って内心思ってる。
現代、社会も人間も他人に求める「普通」のレベルが高すぎなんだよ…。
背景に東北新幹線が映ったのでコラしてみたけど違和感ないなこれ…。
ただの登録位置ミスなんだろうけどこんな山の中に葬儀場があったら怖すぎるんよ…。特殊な葬送儀礼してそう。
⠀ ⠀ ⠀   終 制作・著作 ━━━━━  ⓃⒽⓀ
シイタケ→加熱しないと消化不良起こす ベニテングタケ→可愛いし美味しいけど幻覚見たり吐いたりする ヒトヨタケ→美味しいけど酒と一緒に食べると超悪酔いする アンズタケ→美味しいけど土壌によって重金属中毒になる ドクツルタケ→美味しいけど1週間後内臓ズタズタに破壊されて死ぬ キノコ怖い
山陰に勝てるわけないだろ!!!
…名古屋が完全に雪国と化してるんだが。
東海道新幹線に乗ったと思ったら東北新幹線だった説(川の名前も「庄内」って書いてるしこれは東北なんだ…東海じゃないんだ…東海地方でこんな雪が降るわけが…ああ゛)
Q.だから「もさもさ降る」ってどういう状態やねん A.これ(名古屋駅構内入線前停車中に撮影)
これ本当にそう。史上初レベルの大雪に見舞われた高知へ駆けつけた四国好き北海道民が見たものは、家やお店の前に雪だるまがあり、親子連れや老若男女が雪遊びに興じ、雪かきに金属スコップを駆使する高知県民の姿であった。雪を純粋に楽しむ北国の子供のような心の世界がそこにあった。落涙不可避。
いつからだろう。雪を憎く思うようになったのは。子供の頃は暖冬の時に大人が「雪降らねで大してあずまし(北海道弁で「雪が降らなくてとても助かる」)等言うのを聞くと「雪のない冬があってたまるか」と内心怒ったものだ。だが大人になるにつれ雪で遊ばなくなり、ついには愛憎半ばするものになった。