エリザ(@elizabeth_munh)さんの人気ツイート(リツイート順)

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お昼のTIPS。 第二次大戦中、コカ・コーラ社は戦争への全面協力を申し出、ロビー活動を繰り広げてコカ・コーラを『軍需品』のリストに捩じ込んだ 「兵士がいかな極地にいようと、激戦地にいようと、5セントでコーラを販売する事を約束する」 と力強く宣言。アメリカ軍はコカ・コーラ社に好感を持つ
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1852年、7年に渡るアイルランドのジャガイモ飢饉がようやく終わった。 この間、膨大な数のアイルランド人が飢餓に倒れ、食べていく見込みのない人たちは家族連れでアメリカに渡るけど、移住熱は貧困なイギリス人にも飛び火する。 アリス・アイヴァーズもそうした家庭に生まれた一人だった。
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一般に地震のない国として知られるイギリスだけど、一切ない訳ではない。特にテューダー朝時代、1580年に起きた地震は最大の被害を出し、グレート・アースクエイクと言われてる。震度は2にも達し、死者は二人出た。城も崩れたし教会の煙突も落ちている。当時の清教徒たちは地震を神の裁きと畏れたとか
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イギリスの一兆円外食産業はカレー。 日本人の国民食たるカレーだけど、カレー好きならイギリス人も負けてない。寧ろカレー好きを日本人に伝播したのがイギリス人。10月にはカレーウィークもイギリスにはある。2001年には外務大臣がカレーを本物のイギリスの郷土料理と称した。
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『2ペニーの二日酔い』と聞くと安酒を煽って身を持ち崩す人を想像するでしょう。しかしこれは酒の名前ではなく、宿の名前だった。 ヴィクトリア朝時代、豊かなロンドンを目指して地方から人口が殺到。過密状態のロンドンはホームレスで溢れた。彼らは野良犬のように野宿し、冬は凍える寒さに晒される
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ネル・グウィンは17世紀のイギリス王、チャールズ2世の寵姫(ロイヤル・ミストレス)の1人で、そしてその中でも最も有名な女性。 彼女はスラムの生まれで、父親は物心ついた頃にはすでに他界し、母親は売春宿で働いてどうにか娘を養うくらいに貧しかった。ネル自身も幼い頃から給仕するなどして働く。
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1650年代、イギリスに初めてコーヒーが紹介された。 当時、コーヒーはイスラム圏と付き合いのあったヴェネツィアくらいしか飲まれておらず、口当たりもあまりよくなかったので悪魔の飲み物ではないかと当初思われていたものの、頭痛や痛風、皮膚病に効くとされて受け入れられる。
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1932年、イギリス首相スタンリー・ボールドウィンは議会で「未来への恐怖」と呼ばれる演説をした。 「爆撃機はいつでもやって来ます。そして、それを防ぐ事は出来ないでしょう」 誰もが諦念と恐怖と共に聞き入る中、それを苦々しく聞く男がいた。 「舐められたものだ」
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これを改善したのがガスコンロ。つまみを捻ってガスの出力をいじれば火加減は思いのまま、すぐに望みの火力も出る。 この発明者がアレクシス・ブノワ・ソワイエ。イギリスの料理人で、また、食史に巨大な一歩を記した戦うシェフ。 その生涯は波瀾万丈だった。
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「中世人は水が汚染されているから代わりにビールを飲んでいた」 わたしも数年前までは信じてた神話だけど、これは事実ではない。正しくは19世紀中頃のロンドン市民の話で、例によって近代は中世よりはるかに汚く、テムズ川の水を飲めばほぼ確実に死んだ。 twitter.com/elizabeth_munh…
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1940年6月、迫り来るドイツ軍にフランスは敗退し、イギリス陸軍は包囲殲滅の瀬戸際でダンケルクから撤退に成功する。 これはダンケルクの奇跡と呼ばれ、イギリスの士気を高めたものの、連れて帰ってきたのは兵士だけで、全ての重装備は放棄せざるを得なかった。
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早すぎた発明は時を経て再発明される事がある。1662年、フランスの哲学者パスカルはパリ市民の日常の足として、乗合馬車を提案した。 「料金さえ払えば誰でも使う事のできる公共のキャリッジだ。定刻がくれば乗客ゼロでも出発し、毎日決まったコースを走る」
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不思議な絵画、マネ、『フォリー・ベルジェールのバー』。 一見、舞台を背負ったバーメイドに見えるけど、少しすると、背景が鏡である事に気づく。 しかし鏡だと気づくと今度は中央の女性の鏡像の位置関係に疑問を覚える。斜め右? 一緒に描かれてる紳士はどこ?
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ムカデはその獰猛さと攻撃性から武士に好まれ、『前進しかできない』と信じられた事から日本では家紋や兜の前立てにも使われた昆虫。 ところがヨーロッパだと昆虫それ自体の人気が乏しく、紋章への採用例は稀で、いいとこ蜜蜂くらい。勤勉の象徴。
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コーラの他のアメリカ魂の話もひとつ。 1920年から1933年まで、アメリカは壮大な社会実験となる禁酒法が施行されてた。文字通り、一切の酒を飲んではならぬという法律ね そうは言っても飲みたい人は飲みたいから却って密造酒が出回り、ギャングの資金源に酒はなってしまう。しかし市場から酒は消えた
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1940年の末、RAFに最新鋭の航空機が就役する。木造機だった。 全金属機が当たり前の時代、空軍関係者がひそひそと不安げに囁く中、一人の男が楽しげにその飛行を見守っていた。 「さぁ、皆をあっと言わせてくれ」
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クリスマスは禁止! モテないアラサーの心の叫びではない。17世紀のごく短い間、イギリスではクリスマスは禁止だった。それはモテない男たちの恨みのためではなく、寧ろガチガチに真面目で熱心な人達が引き起こした理想主義と論理性の結実だった 「大体キリスト教と12月25日に何の関係があるんだ?」
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イングランド北部、ハートリプールにはとある伝説がある。 ナポレオン戦争の最中、難破してここに流れ着いたフランス軍艦には猿が飼われてて、水兵たちの慰みとして水兵服がその猿には着せられていた。 猿一匹を残して全滅した船をハートリプールの人達は発見する。
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お昼のTIPS。 メシマズ大国イギリスだけど、音楽不毛の地でもあり、歴史に名を残すレベルの独自の音楽家には長年恵まれなかった。ヘンデルは帰化人で、もとはドイツ人ね。エルガーやホルストでようやくって感じ。 同様に絵画でも不毛の地で、中々自国を代表する画家が出なかった。
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アーサー王物語の決定版となる『アーサー王の死』を書いたトマス・マロリーとはいかなる人物なのか? この特定作業の最中、有力人物として浮上した騎士のパーソナリティが明らかになると、イギリス中が困惑した。 マロリーは客観的に見てろくでなしの犯罪者で、騎士の名に値しなかった。
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モード・エレン・ブルースは20世紀をほぼ生きた女性。 労働者階級に生まれた彼女は一般的な家事メイドに最初就き、何事も無ければやがて伴侶を得て、普通のお嫁さんとして一生を送るはずの普通の女性だった。 しかし彼女を取り巻く環境は時代の大波によって激変する。
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制海権を保持する国は一見、どこからでも敵に攻め掛かれるように見える。しかしその実上陸作戦を出来るところはとても限られた。何故なら浅瀬に向かって攻め寄せても船が接岸できず、満足な荷下ろしができない。 そこでイギリス軍は考えた 「港を移動させよう」 かくして前代未聞の計画が持ち上がる
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騎士道物語を一つ。 ウィリアム・マーシャルは12世紀、地方の吹けば飛ぶような男爵の四男として生まれた。 彼が生まれた頃、イギリスは内乱状態で、マーシャルは追い詰められた彼の父がいっときの休戦を要求する際の人質として敵軍に送られる。
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第一次大戦中、イギリスが困ったことが一つある。前線に兵士は欲しい。ひかし生産力は維持どころか増産が求められた。 穴埋めに女性労働力が使われ、砲弾の生産は元より、農家や即席の農場にも女性が派遣される。26万人の『女性陸軍』の戦場は畑だった。 しかし女性ではどうにもならないところも。
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ローストビーフと共にイギリスとは切っても切れない関係の料理、それがヨークシャープディング。 比較的簡単な料理で、小麦粉、卵、牛乳を混ぜた生地をオーブンの中に入れて高温で膨らませる。