早坂隆(@dig_nonfiction)さんの人気ツイート(新しい順)

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【ジョーク】  日本人と中国人がバーで飲んでいた。二人は「どちらが大きなウソをつけるか」で勝負することにした。中国人が言った。 「ではまず、私からでいいかな?」 「どうぞ」  中国人が話し始めた。 「ある日、北京に住む一人の中国人紳士が…」  日本人が言った。 「まいった。君の勝ちだ」
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横浜の阪東橋駅近くに建つ「平和祈念碑」は、1945年5月29日に行われた「横浜大空襲」の犠牲者を弔うもの。同空襲では実に8000〜1万人もの方々が亡くなったとされる。甚大な被害だったにもかかわらず、認知度は低い。しかも、この空襲は焼夷弾に関するデータ収集のための実験的な攻撃であった。 合掌。
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【ジョーク】  中国人が日本人に言った。 「自分の意見を絶対に正しいと思っている人間は愚かだ」  それを聞いた日本人が尋ねた。 「なるほど。だが、あなたのその意見は本当に正しいのだろうか?」  中国人は言った。 「もちろん、絶対に正しい」
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【ジョーク】  ある富豪が言った。 「もしも青いキリンを見せてくれたら莫大な賞金を出そう」  イギリス人は徹底的に議論した。  ドイツ人は文献を調べた。  アメリカ人は軍を世界中に派遣して探した。  日本人は新種の研究を重ねて青いキリンをつくった。  中国人は青いペンキを買いに行った。
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美しい海が広がるパラオ。だが、この地は中川州男大佐の「サクラサクラ」の打電と共に、1万人以上の日本兵が散華した場所でもある。島には約2600柱ものご遺骨が残されたまま。彼らは今も日本から迎えが来ることを待っている。戦後70年を過ぎてから、遺骨収集に関する報道が減っているのが心配。
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太平洋の楽園・パラオには、日本統治時代の影響から現地語に日本語が混在しています。「ヨロシク」「ダイジョウブ」「デンワ(電話)」などなど。不思議なのはビールを飲むことを「ツカレナオス(疲れ治す)」と言うこと。なぜこのような表現が定着したのか。わかる人がいたら教えてください。
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北朝鮮による拉致問題。その被害者の中には一人のルーマニア人女性も含まれています。彼女の名前はドイナ・ブンベアさん。画家だったブンベアさんは、1978年にイタリアで拉致され、1997年に平壌で病没したとされています。母親のペトラさんも怒りと哀しみを抱えたまま2014年に死去。合掌。
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ルーマニアには2年ほど暮らしていましたが、基本的に親日的な国です。日本と言えば「ハイテク」「優秀」といったイメージが強く、私も「クルマを修理してほしい」「パソコンを直してくれ」といった依頼をよく受けました。「できない」と断ると「おまえ本当は中国人だろう?」。楽しい思い出です。
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千鳥ケ淵戦没者墓苑を参拝。堂内には先の大戦において海外で戦没した方々のご遺骨、36万柱以上が納められている。この地に安置されているのは、主に身元不明などの理由で遺族に引き渡すことができなかったご遺骨。参拝者はいつも少ない。多くの方々に知っていただきたい場所です。合掌。
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小3の娘が急に高熱を出したため、帰省先の夜間救急で2017年最後の夜を過ごす。薄暗い待合室で娘は「お父さん、年末年始は久しぶりにゆっくりするぞって言ってたのにゴメンね」と口にしたが、その言葉を聞いた父は『思い出深い素晴らしい年越しになった』と思っている。
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【ジョーク】  金正恩が側近に怒鳴った。 「私の腕時計が盗まれた!すぐに犯人を探し出せ!」  数時間後、側近が言った。 「10人の容疑者を捕まえましたが、全員が自白したので、10人とも処刑しました!」  それを聞いた金正恩は言った。 「ああ、それはもういいんだ。腕時計は机の中にあったから」
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1948年12月23日は、所謂「A級戦犯」とされた方々が処刑された日。下記の写真は、東條英機らが刑の執行直前に飲んだワインの瓶の実物。東京裁判の教誨師・花山信勝が住職を務めた金沢市の宗林寺に保管されている。かつては飲み残しがあったらしいが、今は蒸発してカラである。産地はカリフォルニア。
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【ジョーク】  平壌の街角で、一人の酔っ払いが叫んだ。 「金正恩は大嘘つきの大バカ野郎だ!」  すると男はたちまち警察官に取り押さえられてしまった。男が怒鳴った。 「俺が何をしたっていうんだよ!」  警察官が答えた。 「国家機密漏洩罪だ」
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【ジョーク】  日本人と中国人が殴り合いの喧嘩をしていた。駆け付けた警察官に対し、中国人がこう叫んだ。 「とにかく、ひどい話なんですよ!」  警察官が聞いた。 「いったい何が喧嘩の原因なんだ?」  中国人が答えた。 「この日本人が私に殴り返してきたのが喧嘩の原因です」
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古来、厳島は「神の島」「御神体」とされ、田畑の耕作が固く禁じられてきました。土に農具を入れることが忌避されたためです。そんな島の貴重な産業として発展したのが宮島彫り。ちなみに、神と忌みの関係から、島には今も墓地がありません。島民は対岸の墓地まで行きます。日本はやはり面白い国です。
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【ジョーク】 日本人という民族はまったくどうかしている。 ベースボールでアメリカに勝ち、 ラグビーで南アフリカに勝ち、 スキーのジャンプでフィンランド人に勝つ。 以下は、イギリス人の切なる願いである。 「どうか日本人がクリケットの存在に気づきませんように」
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東京駅の駅前が綺麗になっていてビックリ。今日から広場として全面共用開始らしいです。首都の中央駅に相応しい空間となって嬉しい。
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「シベリア抑留」は広く知られるが、実は「モンゴル抑留」もあった。終戦後、1万人以上もの日本人が満洲からモンゴルに不法に連行され、過酷な生活環境の中で1500~3000人が絶命。現在、ウランバートル郊外には日本人抑留者慰霊施設が建立されている。(取材日2012.9)
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以前にウランバートルを訪れた際、とあるモンゴル人のご自宅で日本の大相撲中継を一緒にテレビ観戦したことがあった。そのモンゴル人はこう言った。「相撲を愛する日本人とモンゴル人はまさに兄弟」。今頃、その彼も心を痛めているだろう。親日派の多いモンゴル。両国の国民感情の悪化は避けたい。
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イスラエル取材時にお会いすることができたクララ・シュバルツベルグさん。戦時中、大連に滞在していたクララさんは、樋口季一郎のビザによって救出された多くのユダヤ難民を目撃した。「日本人はあまりヒグチのことを知らない?日本人は学校で何を習っているのですか?」(取材日2009.10)
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「日本人によるユダヤ難民救出」と言えば杉原千畝が有名ですが、樋口季一郎のことも知ってほしいと思います。樋口は杉原より2年も前にユダヤ難民へのビザ発給に尽力した陸軍軍人。その後、占守島の戦いを指揮し、北海道をソ連による分割から守った人物でもあります。
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このたび鎌倉市議会が小辻節三の顕彰を行いました。小辻は杉原千畝と並び、ユダヤ難民の保護のために尽力した人物。難民の日本での滞在日数を延長した小辻は「命のビザをつないだ男」と言われます。杉原の功績はもちろん素晴らしいものですが、他にも奔走した者たちがいたことを忘れてはいけません。
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今日は「勤労感謝の日」ですが、本来は「新嘗祭」。稲の収穫を祝い、翌年の豊作を祈願する日で、宮中恒例祭典の中でも最も重要なものとして位置付けられています。しかし、戦後、GHQの占領政策により「勤労感謝の日」という名に。私は「新嘗祭」に戻したほうが良いと思っています。
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「占守島の戦い」は終戦後の昭和20年8月17日から始まった戦闘。千島列島の占守島に不法侵攻してきたソ連軍を日本軍が食い止めた戦いです。ソ連軍はそのまま南下して北海道の北半分を占領する計画でした。占守島で戦った方々のおかげで、日本は「分断国家」にならずに済んだのです。
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千島列島の占守島などで見つかった元日本兵の御遺骨18体が、日本に帰されることになりました。戦後72年が経ち、ようやく祖国に帰れるわけです。しかし、いまだ海外には110万柱以上もの戦没者の御遺骨が残されていると言われています。遺骨収集事業は国にとって極めて重要な課題の一つです。