永田泰大(ほぼ日)(@1101_nagata)さんの人気ツイート(リツイート順)

とことん考えてもうやるしかないと十分に納得できたら、あとは自分が頼りだ。真剣に自分を頼りにしよう。よしわかったと納得できたら、頼られた方は力を発揮するものだ。逃げ道を断って選択肢を潰して最悪のことまで考えて、自分を頼りにしよう。きっとなんとかしてくれるよ、何しろ自分のことだから。
外出自粛や在宅勤務は、いろんな境目をちょっとずつ曖昧にする。仕事と休み、平日と週末、公と私、昼と夜、三度の食事‥‥。きっとそれはこれまで経験したことのない負荷になっているから、上手に自分を甘やかしたほうがいいのだろうと思う。今日は天気も曖昧で、午前中は嵐だったのにいまはこんな空。
同じく「カメラマン座談会Numberのスポーツグラフィック」より、第7回「浅田真央だけを照らした光」をどうぞ。 いや、やっぱり、真央ちゃんのいい写真がついたツイートのほうがわかりやすいかなと思って。 1101.com/n/s/number1000…
あなたが多忙なのは重々承知だが後々のことを考えると今のうちに少しでも進めておくべきではないか必要なら締切と会議を設定するぞでも無理なら無理と言え、と敏腕進行役からたいへん真っ当な二択を迫られ、正しさと厳しさの狭間で揺れながら自分が返した回答は「わかる。」だった。答えになってない。
うまく説明できないときほど、ぜんぶのことを無理やり説明の中に詰め込んでしまって、結果的にわかりづらいものになってしまう。少なく短く言うことは、何かを切り捨てることだから、ある種の責任が伴う。厳しい言い方をすれば、ぜんぶ言う、ぜんぶ詰める、ぜんぶ乗せるは、責任の回避でもあると思う。
小学校の公開授業を見学に行った。国語の授業で題材は宮沢賢治の『やまなし』。先生が「どう感じましたか?」と生徒に訊き、それっぽい感想が次々に発表されるなか、背の高い男の子が困ったように言った「全体的に、わけがわからない」という感想がとても好きだった。先生も笑ってそれを黒板に書いた。
ほぼ日の会議室には、ソーシャルディスタンスを保つため、ところどころの席にどせいさんのぬいぐるみが置いてあるんですけど、帰り際に会議室をふとのぞいたりすると、こんな感じで独特の気配を発していてドキッとします。さすがの存在感だ、どせいさん。
リーチマイケル主将は「30分よろこんだら、次に向かって準備を」と。さすがキャプテン。 #mitazo
白状するが、スポーツを観る時ぼくはとんでもなく都合のいい最高過ぎる結果を夢見て願う。何もかもうまくいけば不可能じゃない展開を本気で祈る。それは叶わない。知ってる。が、ごく稀に叶った時は、歓喜で頭が真っ白になる。それがスポーツだ。ていうか、夢を重ねないスポーツに意味なんてあるのか。
ゲームについて書いたものへの感想は、とてもありがたく読んでいるものの、ひとつひとつはお返事していないのですが、これはびっくりしました。17年前に読んだものの影響で今年初プレイ。ぼくが言うのも変ですがありがとうございます。そして今も続く『FFXI』というゲームの強さにしみじみ感動します。 twitter.com/yagio_ffxi/sta…
書くことについて向上心のある若い人たちと話して楽しかった。数字とかコツとかではなく「どうやって書くのか」「なぜそうしたのか」という根本的なことを、愚直に知りたがる姿勢がとてもよかった。質問する力と、聞く力と、バカモンと言われる力がある若い人はどんどん伸びる。それはもう、保証する。
任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた『岩田さん』は、発売から3ヵ月目に入りました。おかげさまでたくさんの人に届いています。この本からはじまる読み物も準備していますので、おたのしみに。 #岩田さん
朝、久々に母から着信があり、どきっとしながら出ると「誕生日おめでとう」と。電話を代わった父が何歳になったかと訊くので「50歳」と答えると「はははは!」とすごく面白そうに笑った。そうだろうなあ、ぼくもおかしい。母から欲しいものがあるかと一応訊かれ「なんにも要らない」とうれしく答えた。
糸井重里が岩田聡さんについて書いた9月18日の原稿です。糸井の毎日の原稿はアーカイブが残らないので画像で。「岩田さんの残してくれたことばが、現実の仕事に役立つと思えるのは、語られているのが『だれでも、やればできるはずの』姿勢や態度のことだからなのだ」 #岩田さん
小谷野栄一選手のインタビュー、第2回。寮の部屋から出られないほどだった小谷野選手が打席に立ったきっかけは。当時日ハム二軍コーチだった福良さんの言葉が胸に残ります。ちなみに、ほぼ日は平日午前11時更新、土日祝日午前9時更新です。 1101.com/koyano/2018-07…
できないことをとことん見つめて、できない理由やできない範囲をじぶんなりにしっかりと実感したら、それはもうできることと変わらないのではないかと思うようになった。年齢を重ねた人がたくさんのことをわかっているのは、知識や経験の量の蓄積だけではなく、そういう掛け算が作用するからだと思う。
行きたいけどなかなか行けない領域があるとき、やりたいけどどうしてもできないものがあるとき、自分の力でそれをつかむにはかなりの努力とタイミングと運が必要だけど、「そこへ連れて行ってくれる人と知り合う」ことは意外に難しくない。間にその一人が入ってくれるだけで、ぱっと道が開けたりする。
何かを相談されるとき、本当に迷っていて判断してほしいというときと、判断材料のひとつにしたいというときと、相談したという事実が求められているときがある。気を遣うとか裏を読むというようなことではなく、そもそも相談にはそういう性質があると、相談される側が知っておいた方がいいのだと思う。
たくさんの人が、自分の中の「サッカーの基準」を更新した大会なんじゃないかと思う。おもしろいサッカーの試合って、本当におもしろい。いまからブラジル対ベルギー戦が楽しみでならない。 #mitazo
たくさんのゲーム好きの人に読んでもらいたかったので、古巣の後輩に同時掲載を相談したら、あっという間に話がまとまりました。関係者のみなさま、ありがとうございました。 twitter.com/Sora_Sakurai/s…
花粉症でよくはなをかむため少々高価だが柔らかいティッシュをたくさんつかっている人に提言したい。ティッシュを2枚重ねてはなをかむ場合、柔らかティッシュと普通のティッシュを1枚ずつ重ねて鼻に当たる側を柔らかティッシュにすれば気持ちよいうえもったいなくないのだ。以上で提言を終わります。
うまいとはいえないクセのある表現が、その妙なクセのまま安定して表現され続ければ、いつかそれは特別な個性になる。お手本通りにきれいにならないなら、くり返してくり返して、その不安定なものをとても安定した不安定なものにすれば、もちろん簡単じゃないけど、きっと誰かを魅了するだろうと思う。
チャンスを逃した人は、チャンスを逃したことを、おそらくほとんどの場合で知ることがない。あなたは先ほどチャンスを逃しましたよ、なんて誰も教えてくれないからね。あぁ、もったいない‥‥とこっそりどこかでつぶやかれているのは、残念だとすら思ってないぼくやあなたかもしれない。
今夜のスポーツニュースでスノーボードハーフパイプを観ているとき、きっと家族はあなたに問いかけるでしょう。そんなときはこの呪文を教えてあげてください。 るかはともだち。 かいしゅうはおとうと。 #mitazo
見栄を張るというのは強く大きく見せるわかりやすい見栄の他に「謙虚に見せる」とか「知らない振りをする」とか「普通っぽくする」というダウンサイジングの見栄もあって、それはそれで物事をややこしくする。強く言いたいことは強く言う。できていることを誇る。できればどんな見栄も張らずにいたい。