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「ことばの変化のすべてがよいとは限らない」。日本語学者の方がそうコメントした記事を読みました。「思えれる」(「思える」でなく)のような可能表現を取り上げ、「意味も分からない」「変な表現」とのこと。でも、これは可能の意味を明確にしたいという心理から現れた形と考えられます。
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金田一春彦は変化を肯定的に捉えました。〈静岡県の掛川では『読める』を『読めれる』と言い、『見られる』を『見れれる』と言っている。そう言わないと、しっかりと可能の気分が出ないと思っているらしい。〔略〕これはもう防げないことだと私は思います〉(『DENIM』1993.1)。この意見に賛成です。
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「○○ということばは誤用だ/誤用でないという両説がある」と言われることがあります。でも、両説ある時点で、すでに「必ずしも誤用とは言えない」わけです。ある子どもを「ダメな子だ」と言う人がいて、一方で「いや、いい所もある」という人がいれば、その子は必ずしもダメな子でないのと同様です。
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「この日本語は誤用」という認定と「この子はダメな子」という認定には共通するものがあります。客観的に「ダメな子」がいるわけでなく、単にレッテルにすぎない。同様に「誤用」も結局は一面の事実にすぎず、そのことばが通用する集団では「正用」となる。辞書が誤用を断言しにくいのはそのためです。
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2020年も今日で最後になりました。今年もNHK「紅白歌合戦」を見ながら、興味深いことばがないか、リアルタイムで用例を採集しつつ、ツイッターでご紹介したいと思います。よくも悪くも凝り性な私ですが、番組を楽しむことを第一に、あくまでゆるくことば集めをするつもりです。
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「紅白歌合戦」は海外でも放送され、いろいろな国と地域の人が見ています。香港では民主化を求める若者たちが自由を拘束されていますが、今年の「紅白」が見られないことを残念がっている人もいます。年末に「紅白」を楽しめることは、まだしもありがたいことだと、つくづく思います。
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1曲目のKing & Prince「I promise」は今月出た新曲とのこと。〈震えてる画面越しの〉というフレーズから、遠くの恋人とSkypeやZoomでコミュニケーションしている様子が浮かびます。コロナ禍とは関係ないのかもしれませんが、しっくり来る歌詞です。ポップスにもコロナが影響して不思議はありません。
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Foorin「パプリカ」は子どもの歌のようですが、歌詞が比喩に満ちていて難しい。たとえば、〈夏が来る 影が立つ〉はどういう状況でしょうか。人影が立っているわけではなさそう。この直後に一番星を見つける描写があるので、夕方で長く伸びた影が、塀などに映って立ったように見えたのでしょう。
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山内惠介「恋する街角」の〈惚れたね ほの字だね〉の「ほの字」は「惚れた」ということですが、こういう言い方はけっこう古く、江戸時代からあります。ほかには、たとえば「すの字」で「好き者」を、「との字」で遊郭に「泊まる」ことを表しました。
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Hey! Say! JUMP「明日へのYELL」で〈今はまだ見えなくても 必ず辿り着く〉。「辿」は常用漢字にない字だけれど、ルビなしで使っていますね。歌詞の字幕では、こんなふうにときどき難しい字が出てきます。しんにょうの点は、1点でも2点でもかまいません。
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SixTONES「Imitation Rain」は英語の多い歌詞ですが、〈時代(とき)を振り返る〉というルビが拾えました。この歌では〈いつかはたどり着くよ〉と、「たどる」はひらがな書きになっています。直前の2曲と表記が違うわけです。
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坂本冬美「ブッダのように私は死んだ」は、どういう状況を歌った歌だろうと思いましたが、〈この世から出て行くわ/魂が悟ったよ〉とあるように、歌の主人公は、文字どおり亡くなった(殺められた?)模様。「骨までしゃぶる」「イカせる」「捨てる」に二重の意味が込められているのでしょう。
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Kis-My-Ft2「We never give up!」は〈転んだだけ強くなれる!〉と、失敗を恐れずに幸せをつかみに行くという歌。失敗も逆境も無駄にならない、というメッセージを込めた歌としては、Hey!Say!JUMPの「Your Song」〈失敗は足掻(あが)いた証〉などがありますね。
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さだまさし「奇跡」に〈僕は神様でないから 本当の愛は多分知らない〉と、愛を知らないようなことを歌うのは一種の反語法ですね。その直後に〈けれどあなたを想う心なら 神様に負けない〉と、最初に言ったことよりむしろ強いメッセージを投げかける。さだまさしさんのことばの魔術です。
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鈴木雅之「夢で逢えたら」は、ロマンチックな曲調で酔わせますが、あなたに会う方法が夢を見るしかないというのだから、とても悲しい歌とも言えます。〈あなたに逢えるまで 眠り続けたい〉なんて、絶望的な状態かもしれない。それを絶望的に捉えず、美しい曲にしたのが大瀧詠一さんの魔法です。
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NiziU「Make you happy」の〈完全Sweetなメロディー〉は面白い例です。「完全にSweet」でなく「に」が落ちている。「現状では難しい」を「現状難しい」のように助詞を省いて副詞的に使うようになることばは時々現れますが、「完全」もそのひとつなのでしょうか。
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瑛人「香水」に〈横にいられると思い出す〉とありますが、この「られる」は、「君の横にいることができる」の意味ではなく、「そこに立たれると困る」のような迷惑の受け身なのでしょうね。「求めてないのに、昔の恋人の君に横にいられてしまう」という困惑、複雑な気持ちを表現しているのでしょう。
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Perfume「Time Warp」で〈全てがほら ショーウィンドウにある〉という歌詞に注目しました。show sindowは、カタカナではいろいろに書かれます。新聞なら「ショーウインドー」です。ほかの歌では「ショウウィンドウ」もあって、一定しません。辞書の見出しを決めるときに悩むことばのひとつです。
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BABYMETAL「イジメ、ダメ、ゼッタイ」はイジメを傍観するのをやめ、〈君を守る〉ことを決めた、友人と思われる人の歌。内容は真剣だけど、イジメとキツネでリズムを揃えたりして、リズムの上では遊び心があります。タイトルも薬物乱用防止の標語を踏まえていますね。
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JUJU「やさしさで溢れるように」の〈あなたを包むすべてが やさしさで溢れるように〉と同趣の歌詞を、先ほど、さだまさしさんも歌っていますね。〈大きな夢になりたい あなたを包んであげたい〉。同系統でもうひとつ思いつくのは、このあと歌われるユーミンの「守ってあげたい」です。
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嵐「カイト」は「NHK2020ソング」なのですが、昨年歌った時とは状況が一変し、コロナ禍に苦しむ人々を勇気づける演出で歌われました。〈風が吹けば 歌が流れる 口ずさもう 彼方へ向けて〉。歌というのは文脈でメッセージがずいぶん変わるものです。
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LiSA「紅蓮華」は〈泥だらけの走馬灯に酔う こわばる心〉のように、「鬼滅の刃」を見てないと難解な歌詞が出てきます。私は「過去の汚れた記憶が走馬灯のように巡るのだろう」と解釈しましたが、作品では、走馬灯を見るシーンがよく出てくるようですね。
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Official髭男dism「I LOVE...」の〈見えない物を見て笑う君の事を 分かれない僕が居る〉という語法は興味深いです。「分かる」という五段活用動詞を可能形にすると「分かれる」だから、理論上は問題ない。でも、実際には「分かることができる」を「分かれる」と言うのは珍しい例といえるでしょう。
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YOASOBI「夜に駆ける」で〈ありきたりな喜びきっと二人なら見つけられる〉と使われている「ありきたり」は、一般的には平凡でつまらない、というマイナスイメージを伴ったことばです。でも、ここでは「喜び」の修飾語です。平凡だけど大切、というプラスイメージを込めて使っていると考えられます。