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「国語学者は一般的に言葉の正誤を言いたがりません」との岩佐さんのご指摘。これは「言いたがらない」というより、言いようがないのです。何しろ「正誤」の客観的な基準がないから。客観性を欠いた調査研究は、当然評価は低くなります。自分が主観で研究していると「言いたがる」研究者はいません。
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「違う」は動詞であって形容詞ではありませんが、それを「形容詞としてとらえ」てできた「違くて」「違かった」などは、明らかに形容詞と同じ活用なので、分類するならば形容詞です。活用形の揃わない自立語の例はあります。「大きな」は「大きだ」とは言いませんが、形容動詞とする説があります。
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新聞社の入社試験で「違うかった」と書いた人がいれば、私も当然、疑問符をつけます。それは、日常の話しことばと、改まった書きことばのスイッチングがうまくできていないからです。決して「間違った日本語を使っているから」ではありません。入社後、そこはアドバイスするのが望ましいでしょう。
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私たちの日常言語は、報道の文章とは大きく異なっています。もっと言えば、私たちは教師や校閲者の口出しを受けずに話す権利があります。その中で、仲間内でよく通じることばが生き残ります。作詞家がそのことばをすくい取って作品にするのも自由です。それらは「間違ったことば」ではないのです。
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毎日校閲・岩佐さんの論。「違くて」を校閲者として「認めがたい」のは当然で、高い職業意識の表れです。報道に「違くて」とあったら大変。一方、若者同士で「違くて」と言うのは、認めがたいも何も、現実の話しことばです。批判の範囲をそこまで広げるのは無理です。〔続く〕mainichi-kotoba.jp/blog-20200502
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「重用」「重複」の読みの調査にご協力ありがとうございます。おかげさまで有意義な結果が出ました。それぞれリンクしておきます。
・重用
twitter.com/IIMA_Hiroaki/s…
・重複
twitter.com/IIMA_Hiroaki/s…
〔解説続く〕
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こちらもお教えください。次の文の「重複」をどう読むのが、ご自分にとって自然ですか。
「データの一部が【重複】していたので削除した」
(1) じゅうふく
(2) ちょうふく
これまた、どちらの読みも辞書にあり、正誤を問うのではありません。
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お教えください。次の文の「重用」をどう読むのが、ご自分にとって自然ですか。
「社長は自分の腹心の部下を【重用】している」
(1) じゅうよう
(2) ちょうよう
ちなみに、辞書には両方あり、正誤を問うのではありません。
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「ほぼ日手帳2020」のためのインタビューを受け、手書き文字のこと、フォントのこと、用例採集のこと、そして「疑問や悩みを解消する辞書」について、たっぷり語りました。どうぞお楽しみください。▽「書く」ってなんだ? 1101.com/store/techo/ja…
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〔「自粛要請」の違和感は〕重い負担を伴う自粛を、言葉だけで簡単に要請する「軽さ」にあります。〔略〕自分の「なりわい」の行く末や個人の権利に関わる「重い」事柄が、要請の一言で左右されることを「軽すぎる」と感じるのでしょう。▽(耕論)飯間浩明・朝日新聞デジタル asahi.com/articles/DA3S1…
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補足すると、「十分・充分」について、個人個人がそれぞれ違うニュアンスを感じて、自分なりの意味づけをして使い分けるのは自由だと思います。それを否定するつもりはありません。でも、一般に明確な意味の区別は存在しないのに、区別があるかのように説明するのは問題があります。
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「力を十分に発揮する」の「十分」は10割という意味から「不足がない」意味になった。一方の「充分」は当て字で、意味は「十分」と同等と考えていいでしょう。2つの書き方があると〈三十分ないし、十分間でも充分です〉(大岡昇平「事件」)のような場合に書き分けられて、とても便利です。
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「ちょっとした優越感」の要素、ごもっともですので、リンクしておきます。その他の場合もあることもご指摘の通りだと思います。
twitter.com/sakomakoharu/s…
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その後、「北海道アンドウニ丼アンド温泉で優勝せぇへん?」などと、例が増えてきている感触があります。2016年に「優勝」が三省堂「今年の新語」に投稿されたのもなるほど。2017年からの卑猥な意味はとりあえずスルーして、現在では「みんなの笑顔今日も優勝でした」などと盛んに使われます。
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たとえば、「アヒージョと白ワインで優勝しまくってる」という例は、「最高の料理で大いに満足を感じている」といったほどの意味ですね。2014年には、すでにこういう用法がいくつか観察されます。
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もともと、SNSの大喜利で「○○したやつが優勝」とお題を出して競わせるタイプのものがあった。これはべつに1位を判定する人はいないわけで、自分が優勝と思えば優勝なんですね。そういうところから、「最高」「大満足」という意味が出てきたのではないかと推測します。
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読書案内。踏切の一つ一つにも名前があります。しかも珍名も多くて「馬鹿曲(ばかまがり)踏切」「レコード館踏切」「洗濯場踏切」さらには「爆発踏切」など、ワケの分からんものも。その由来を調べると、知られざる歴史が見えてきます。▽ゆかいな珍名踏切 今尾恵介著 yomiuri.co.jp/culture/book/r…