児玉美月|Mizuki Kodama(@tal0408mi)さんの人気ツイート(いいね順)

星取りの『あの娘は知らない』の井上評で「同性に告白したことを未だに揶揄される主人公がどうしてその土地に留まっているか分からない 」とあるが、なぜ差別を受ける側がいつも(時間や労力をかけて)「出て行く側」にならなければいけないのか、わたしには分からない。 kinenote.com/main/feature/r…
ついに『窮鼠はチーズの夢を見る』の試写状が届いたけど、回収されてしまうから写真に残して永遠に大切にしよう…。水城せとなの世界が行定監督によってどう化けるかが楽しみで仕方ない。
「たかがエンタメ」「たかが映画」「たかが娯楽」、何か言うたびにこういった言葉でつねに問題を矮小化されてしまう。冷笑的に軽視できるのは、表現の暴力性に深く傷つけられたこともなく、誤った表象によって生を脅かされる属性でもなく、そうした他者への想像性がない自己を顧みることもないからだ。 twitter.com/hirochi13desu/…
GagaOOlala 『#BLBrokenFantasy 』 タイBL産業のドキュメンタリー映画。タイで起きているBLの流行がいかに実社会を変える力を持っているかはもちろんのこと、出演俳優が被る弊害や製作現場における同性愛嫌悪の現状など否定的な側面についても言及されている貴重な映像作品。 gagaoolala.com/en/videos/1707…
日本の新作映画に関する性加害の記事。「映画に罪はない」という言葉が免罪符のように機能し続けてしまう内は変わらない。 (記事中にも「被害者は名前を見ただけでフラッシュバックする」とあるように、監督名を伏せて顔写真が載っているサムネイルも落として投稿します) bunshun.jp/articles/-/525…
12/16公開『そばかす』 Aセクシュアル/Aロマンティックをひとつの主題に持つ映画。三浦透子演ずる主人公がゲイの同僚や同性の友達など様々な人と関わりながら人生を模索してゆく。劇中「シンデレラ」を現代的に語り直す挿話に象徴されるように、男女が出逢うと恋が始まる物語の定石が打ち壊される。
7/14公開『CLOSE/クロース』 お互いにただ大好きでずっと一緒にいたいだけとふたりきりの城で特別な親密さを築いていた少年ふたりが、ひとたび外の社会にさらされた瞬間に、付き合っているのかそうじゃないのかと二者択一の尋問を受けてしまう暴力性。「適切な近さ」を求める社会が起こす悲劇を描く。
今を生きる女性達のリアル的な感じで公開されたら称賛されそうな邦画の試写みたけど、結婚する/しないの自由があることを一本の映画を使ってまで声高に主張しなければいけない現状に辟易したし、制度自体に問題がありすぎてそもそもする/しないの次元ではなさすぎると思ってしまって全然ダメだった…
「フェミニズム的なテーマを前面に押し出していないから素晴らしい」というような論調は問題が根深く、「フェミニズム的なテーマを前面に押し出していて素晴らしい」とも言っていかなければいけないと思う。前者は作家に対してフェミニズムを描くには「配慮」が必要だと抑圧することにもなりかねない。
『女子的生活』で、みきがトランスジェンダーに関して丁寧に説明してあげることを「初回特典サービス」と表現するのがやっぱり良い。わからないことを聞く権利はあっても、教えてもらうのは当たり前じゃないという意識は大事。みきがレズビアン設定で一緒に住む後藤と恋愛に発展しないのも好きだった。
異性愛映画に対しては「異性愛映画であることを超えて/にとどまらず〜」と言わないのに、「LGBT映画」に対しては「LGBT映画であることを超えて/にとどまらず〜」と言われるのは、マジョリティに受け入れられることを前提としている上に、明らかにそれを下位の概念に陥れてる謂であって賛同できない。
紋切り型な悲劇で描かれるトランスジェンダー女性を演じるシスヘテロ男性の偽善や欺瞞が次第に暴かれていき、表象を簒奪して脚光を浴びるマジョリティとその影で虐げられるマイノリティが舞台装置を利用して最終的に対面するという大変辛辣な韓国映画『Lost to shame』、日本でも公開してほしかった。
レズビアン映画『Deux(原題)』こと『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』が、4月8日(金)公開とのことで情報解禁されました。 deux-movie.com twitter.com/tal0408mi/stat…
7/15公開『戦争と女の顔』 「戦争は女の顔をしていない」を原案としたロシアの戦争映画であり、トラウマを巡って結ばれうる元兵士の女ふたりによるクィア映画。女の顔に戦争の惨さが刻印され、血と生の物語が赤と緑のミザンセーヌに仮託された絵画のような照明と色彩は『燃ゆる女の肖像』も想わせる。
12/4から映画を学ぶ学生が主催する「ジェンダー・ギャップ映画祭」(@nua_eigasai2021)が開催されます。『はちどり』『RBG 最強の85才』『ハンナ・アーレント』など世界の女性を描く映画が上映予定。これからを担う学生自身が選出した作品群から問題意識が垣間見えてきます。 ☞nichigei-eigasai.com
性的マイノリティを描く作品を、「これはファンタジー」「これはリアル」みたいに、単純な二項対立のみに基づいてそれごとジャッジし切ってしまう身振りそのものがまず苦手。ひとつの作品には想像的な部分と現実的な部分が不可分に混在しているし、フィクションはもっと複雑なものとしてあると思う。
『映画評論家への逆襲』で『ミッドナイトスワン』が「泣かすためのマイノリティの便利使いでしかない」「無自覚な差別のオンパレード」と評されていたけど、その後に続く「でもそんな批評を誰も書いていない」の一文を読んで、自分一人は非力でも何度でも同じ事を言ったり書いたりすべきだと反省した。
📚寄稿📚 『ELLE』にて"レズビアン映画"特集記事の文章と選定を担当しました。今年公開の新作映画から、数々観てきたなかで今言及したい旧作まで選んでいます。ほぼ劇場か配信で鑑賞できる映画ばかりなので、良質な作品探しのガイドにもぜひご一読いただければ嬉しいです。 elle.com/jp/culture/mov…
送り手が「この映画のクィアネスには触れないでほしい」とし、作り手が「クィアの話ではない」という日本映画『怪物』が、国際映画祭の場で「クィア」と冠された賞を受賞するのはあまりにも皮肉だとおもう。彼らにとって「不名誉」であるはずのこの看板を、どう掲げていくのだろう。 twitter.com/tal0408mi/stat…
宇多丸さんの『燃ゆる女の肖像』評の「性描写が消費されないバランスを保っている」というのは本当にレズビアン映画にとって由々しき問題で、『キャロル』公開時に朝の情報番組でとある俳優が「『アデル、ブルーは熱い色』って映画がすごいんだよ~」と嬉々として話し始めたことを未だに忘れてない。
何度も同じこと言うけど、映画において登場人物の非規範的なセクシュアリティ自体やそれに関わる部分を「ネタバレ」とすることについては、もっとセンシティヴに考えるべきだと思う。その「ネタバレ」=「驚き」や「快楽」は、異性愛主義社会を前提として成り立っているギミックにほかならないから。
何度も呟いてるけど韓国映画で最も推したいのは女性監督チョン・ジュリの『私の少女』('14)。まさに声なき者に声を与えてくれた映画で、地味ながら社会的価値は計り知れず。ただでさえ製作の困難なマイノリティである女性の人権問題を主題にした本作を後押ししたイ・チャンドンの存在も有り難い。
テレビに出ている俳優の女性を見て、老いただの老けただのを話題にしてトレンド入りしているのが、本当に嫌だなと思う。
これだけ日本で政治家の性的マイノリティに対する許されない発言が跋扈しているなかで、人を救い、癒し、励ますために(も)あるはずの娯楽や芸術が傷つける側に立ってはいけない。世に出て批判が起きたらそのとき無言で訂正すればいい、受け手に責任を転嫁する謝罪をすればいい、ではない。
日本の映画業界、映画を撮るべきではない人間に大きな予算のかかった映画を撮らせてしまっている問題についてもっと深刻に考えて