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ホームレス支援がやっと動きだしましたが、混乱もあるようです。現場で活動している北畠拓也さんのnoteがとてもよく整理されています。こちら広めていただくのがよいかもしれません。官民、複数の窓口があり、一つがうまくいかなくても次があることを広められたと思います。
⇒note.com/ddsharinnouta/…
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バイデンの大統領就任式で、若き詩人アマンダ・ゴーマンが自作を朗読した。本当に素晴らしかった。こうした場で詩が読まれるのは伝統的なことだが、この困難な時期に詩が、これほどのちからを持つことに改めて驚かされた。アメリカは困難も大きい。だが、それを潜り抜けてくる言葉もあるのだ。
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美術館は、絵や彫刻を見るために行く場所には違いないが、もう少し、実感を精確に言葉にすると、絵や彫刻などを扉にして、見過ごしていた自分に出会う場のように感じる。稀有な作品だと思って出かけても、真に心動かされるとき人は、美に遭遇しているだけでなく、自己とも出会い直しているのだと思う。
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「布マスク」が届いたが、私はどこにも寄付しない。寄付するなら、ちゃんと機能するマスクを買って、しかるべきところに送る。今、目撃している愚かさを忘れないために書棚に入れておく。
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もうかつて「火種」だった場所の営業時間を短縮しても感染は収まらない。老人ホームへの広がりは文字通り「市中感染」の合図だからだ。ホーム側は細心の注意を払っていたはずで、責められてはならない。けっして責められるようなことがあってはならない。原因は国の無策にある。
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「自衛」という言葉が本当に危険、かつ残酷なのは、世の中には、さまざまな理由で「自衛」できない人たちが多くいるからだ。そして、あることが切っ掛けで、自分や自分の大切な人たちもまた「自衛できない」人になる可能性は十分にある。ある時期私は、「自衛」できない家族ともに暮らした。
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この動画はとても大切。とくに管理職の人に見てほしい。リモートワークはいつでもサボれる、という人は、仕事の本質を見失っている。働く人の多くは、もっと責任感をもって、あるいは、強く持ちすぎるくらいもって仕事に臨んでいる。私たちはむしろ「休み方」を学ばねばならないのだ。 twitter.com/bbcnewsjapan/s…
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よく覚えておこう。移動と旅との区別もつかない発言を。この方は、科学には詳しいのかもしれない。しかし、人間とは何かをあまり考えてこなかったのかもしれない。 twitter.com/news24ntv/stat…
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書物や芸術に多くふれながら、優劣を評価するのに忙しく、愛することを知らない日々が、どれほど貧しいかは、書物や芸術を「己れ」に置き換ればよく分かるだろう。評価の眼はいつも比較して見ているが、愛の眼はそのものを見る。評価の声は、いつも時代的で冷たいが、愛の言葉は古びることがない。
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何かを愛するとは、ある存在をそのままの姿で受容することだ。ある側面を「好む」ことではない。「好き嫌い」と「愛」との差はここにある。愛読するとは、その作品を高く評価することではない。評価と愛はまったく違う。自己評価などしなくてよい。己れは、真の意味でただ愛するほかない存在なのだ。
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本を熟読する理由が、作者の考えをよく理解するためだけだとしたら、実にもったいない。読むとは、書き手さえも気が付かない何かを発見することだからだ。そして、書くとは、意識だけでだけなく、今という時と、心の奥にあるもののはたらきに支えられながら言葉を生むことにほかならないからだ。
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私が書いた言葉を
あなたの胸の熱で
溶かして下さい
文字の姿が消えて
語り得ない
意味だけが残るように
私が語った言葉を
あなたの胸で
抱きしめてください
音の姿が消えて
耳には聞こえない
響きだけが残るように
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誰かを驚かせるような文章は書かなくてもよい。だが、どんなに小さくても自分を驚かせる言葉をつむぐのがよい。自分を納得させる言葉ではなく。自分の書いた文章の、最初の、最も熱き読者は自分ではないか。私は、こんなことも大切に思っていたのかと、己れの眼を開く言葉を、密かに世に生むのがよい。
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「分かる」とは何らかの意味で「変わる」ことだといったのは歴史家・阿部謹也の師である上原専祿だった。あることが本当に「分かった」か否かを確かめるには、自分のなかで、何かがか「変わった」か否かを確かめればよい、というのだろう。本当のことだろうが、なかなか厳粛なことだとも思う。
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8月6日になりました。皆さん、おはようございます。今日は、広島で亡くなられたすべての人たちに祈りを捧げつつ、一日を過ごしたいと思います。皆さんも、もしよろしければ原民喜の『夏の花』、あるいは彼の詩集を開き、彼に言葉を託した亡き者たちの声に耳を傾けていただけたらと思います。
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人前で話す機会がある人は、見てみるとよいと思います。天才の誕生の秘密が、じつに素朴なところにあることが分かります。素晴らしい人は、いろんなところにいる。 twitter.com/brutjapan/stat…
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教皇フランシスコが教皇庁で行ったメッセージでハンナ・アーレントの『人間の条件』の一節を引用した。「人間は死なねばならない。だが、死ぬために生まれたのではない。(何かを)始めるために生まれたのだ」。こうした日がくるような気がしていた。romereports.com/en/2020/12/21/…
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コロナ経験者の言葉、大事なことが書いてあった。「体調が悪い中、どうでもいいような連絡が会社から入った時に、今回は軽症で済んだものの、人生いつなにが起きてどうなるかわからない、なによりも自分を大事にする事が大切だと悟りました。」news.yahoo.co.jp/articles/ccb0d…
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内村鑑三の『代表的日本人』で語られるリーダーにあるまじき性質は、①公私混同②弱者を見過ごすこと③待てないこと④ケチなこと、そして⑤正義とは何かを知らないことだ。大盤振る舞いする必要はない。むしろ質素であることは必要だ。しかし、物心両面におけるケチはだめだ。
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学ぶとは、自分に何かできるのかを発見していく道程だが、その道を歩くには「できない」と感じる日々を過ごさねばならない。別ないい方をすれば、真に「できない」と感じることができれば、人は、時のちからに助けられて「できる」ようになっていく。「できない」とは「できる」始まりなのである。
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科学者がここで沈黙したら、今まで何を言ってきたのか分からなくなる。そして、こうした発言自体が、これまで、いかに科学を軽んじていたかを象徴している。 twitter.com/tv_asahi_news/…
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「これくらいはできて当たり前」「出来ない方がおかしい」。そんな空気が流れている場所は少なくない。だが本当にそうだろうか。あるとき、「こんなこともできなくなる。それが当たり前」。それが私たちの現実なのではあるまいか。「できる人たちだけがここにいる」。そんな空気は耐えがたく感じる。
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どんな場所であれ、自分を評価してくれる人を探すのは、ほどほどにした方がよい。評価の眼はいずれ、違う人を見るようになる。「よい人材」が、数年後にはまったく顧みられなくなるのが現代ではないのか。人を愛し、仕事を愛せればそこに、評価とは別な、本当の価値と重み、そして意味を見出すだろう。
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「(ほんとうに自分がやりたいこと、なすべきことにささげようという)決心をするとき、人のこころには『もうよけいなことをしている暇はない。なるべく自分にとって本質的なことをやろう』いう思いが満ちあふれていることであろう。」神谷美恵子『こころの旅』にある一節だが、本当だと思った。
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何らかの成果を出さねば優れた人にも、すごい人にもなれないだろう。しかし人は、存在しているだけで貴く、また尊いのではないだろうか。現代社会は「とうとさ」を見失った。この実感を取り戻さないかぎり、人間の価値はいつも比較のなかでのみ決定されることになる。貴さとは唯一性の異名でもある。