601
このままいけば国民の個人情報は全て政府に握られ、その政府はアメリカの言いなりに増税し軍事費に注ぎ込み、アメリカの戦争に「我が国の存立危機事態だ」という閣議決定だけで参加し、国民の財産も命もアメリカに捧げ、それでも「何がいけないの?」という国民に支えられて滅亡の道を歩むのだろう。
602
「何が正しいかは一概に言えない」「正しさは人それぞれ」「正しくあろうとすることが一番危険」などと嘯いているうちに、「正しさ」が何であるかが本当に分からなくなってしまって、次々起こる問題にまともな解決策を見いだせなくなってしまった哀れな国。
603
日本人が「近代」を身に着けなければならないというのはイデオロギーで言っているはなく、日本が世界に追いつけなくなってしまうからだ。その差はもうだいぶ開いてしまっている。
604
学校には行かなくてもよい。しかし、学ばなければならないし、考えなければならない。そして、周囲に流されない、人の言いなりにならない自分にならなければならない。
605
現代はあまりにもシニシズムに侵され過ぎていると思う。平和など誰も望んでいない、力こそ正義、人間の良心など偽善、他人はすべて敵、信じられるのは金のみ等々。しかし、本当にそうなんだろうか。皆本気でそう思っているのだろうか。
606
大江健三郎が直接・間接に訴えてきたのは、生産性のない人間をどうやって殺すかを考えるような人間に陥らないためにどうすればよいか、ということだったと思う。大江はハーマン・カーンを「グロテスクだ」と言ったけれど、その伝で言うならば成田悠輔もまさに「グロテスク」なのだ。
607
この前、ある生徒と話をしていて「別にやりたい仕事があるわけではないのだけれど、金持ちにはなりたい」と言うのを聞いて、ああこれはそのまま今の日本だなと思った。将来を模索する高校生ならそれでいいだろうが、社会全体が金にしか目的がなくなったら、結局その金も手にすることはできないだろう。
608
我々一般市民が「国際政治学」を学ぶ理由は、世界の人間社会がどちらに向かおうとしているかを知るためであって、訳の分からない理屈で政権の擁護を聞くためではない。
609
今さら論ってもどうしようもないのだけれど、全ては金、金、金という世の中、どうにかならないのだろうか。ああ、牛丼も金をかき集める手段に過ぎなかったわけだ。
610
国籍、年齢、性別、学歴、職業、年収、身長、体重、容姿でしか人を判断できないというのはなんと貧困で不自由な精神だろうか。そういったものをすべて剥ぎ取って、個人として尊重し、尊敬し、敬愛するところから本当の人間関係が生まれるのに。
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原発の是非とか、防衛費の額とか、政策的意見の違いならそれぞれに合理的な理由はあるし、議論することは可能だろうけど、相手がカルトじゃどうしようもない。
612
統一教会問題の解決(教団の解散と政治家との完全分離)ができなければ、日本の政治を先へ進めることはできないだろう。日本の政治にとっても、自民党(その他関係のある党)にとっても、ここは正念場だと思う。
613
統一教会をはじめ宗教団体は合法非合法を超越した論理で多額の金を動かすことができ、人的資源も豊富なので、票源・資金源として政治家にとってこれほど有用な組織はない。しかしそれは宗教団体が金で政治を買っているということであり、民主主義に対する破壊行為と言わざるを得ない。
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東工大の女子枠というのは、能力もないのに女子だから入学させるという制度ではなく、能力がありながら女子が理系に進むことをためらわせる風潮を打破するための制度だろう。だいたい一般入試そのものがそれほど正確に能力を判別しているわけでもない。
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ああいうことを言う人は、自分はいつまでも健康で、いくらでも稼げる能力があり、誰にも頼らずに生きていける自信があるのだろうが、それは一時的な錯覚に過ぎなかったということに気づくのが、そうしたものをすべて失ったときまで来ないとするならば、ずいぶん愚鈍な人間だと思う。
616
多くの日本人は日常的に自己抑圧的に生きているから、中身が何であれ「はっきりものを言う」ことに対して喝采してしまう傾向があるように思う。はっきりものを言うことは必要なことなのだけれど、問題はその中身であって、ただ姿勢や態度だけに惹かれるのは危険である。
617
アベノミクス、コロナ、統一教会はそれぞれ問題の性質は異なるが、政府の問題解決能力の欠如が露呈したということでは共通している。もはやお手上げ状態で今後もさらに迷走が深まることは確実なのに、国葬だけはしっかりやるらしい。
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改めて、日本には「公」がないのだと思う。全ては「私」なのだ。回転寿司のバカも、同性愛者は見るのも嫌だという官僚も、自分たちの外には「公」があることを知らない。公には公の論理があり、公の規範があり、個人はそれに従わなければならない。公の中では自分は世界の中心ではないのだ。
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なるほど確かに日本では善意や良心はもっぱら個人の感覚や感情任せであって、仏教の慈悲、儒教の仁、キリスト教の愛のように言語化され、普遍的な行動規範となることがないから、立場の中で容易にかき消されてしまうのだろう。
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ぼく自身は、人間にとって自由は命の次に大事なものだと思っているから、リベラリストの看板を下ろすつもりはない。
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日本の元首相の国葬なのだから、世界の首脳は万難を排してもこぞって参列すると本気で思っていたのかな。
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日本人はどうして大人になれないのだろう。
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プーチンの精神に問題があるとかないとか議論になっているけれど、誰でも精神や身体に異常が生じることはあるわけで、国の政治指導者にそういう事態が起きても国全体が誤らないためにも、権力の集中・独裁を避けようとしてきたのが近代国家の知恵なのだ。
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無能な政治家たちによる馬鹿げた政策が国を衰退させていくということ。これが自分の国の出来事でないならば、他山の石として貴重な教訓となるのだが。
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機動隊とデモ隊との衝突を見ても、中核派の学生(?)はそんなに暴力的に反抗しているとは見えず、機動隊の方はやたらと無駄な動きが多くて、どうにも暴動鎮圧を演出しているようにしか見えない。何もかもがこういう調子なのだ。